02 同級生のパンツ

「告白の瞬間、意識を失って……目が覚めたら縛られてて、そのまま放置されたんだ!」

「彼女に睨まれて「臭い」って一言。傷つくよあれは……」


 桐島イリアにアタックし、そして散っていった先駆者達の言葉をなぜか思い出していた。

 そう、彼女に告白した奴らは皆、ただフラれるとは少し違うショッキングな対応を受けていた。

 最も俺は、そんな彼らの悲痛な叫びを教室の隅で盗み聞いただけだから、信憑性というところまでは保証しかねるが。


 まぁあれだけ冷たい態度の彼女に突撃するのだからそれなりの報いは覚悟しておくべきだ。因果応報、とは少し違うかもしれないが当然の帰結である。


 ただ、俺はそもそも告白なんてしていない。

 そんな気持ちすらもってはいなかった。

 ノーパンだと言うことを、偶然視認しただけだ。


 だというのに突然彼女に襲撃された。

 突然何かを口に突っ込まれて意識を奪われた。

 これも何かの因果だというのであれば随分と横暴な神の采配である。


 目が覚めると俺は誰もいない空き教室の椅子に座っていた。縛られてはいない。

 そして目の前には、もちろんというべきか桐島イリアの姿が見える。


「……ん、ここ、どこ?」

「あら、お目覚めなのね。ふふっ、いい顔してる」


 クスクスと笑う彼女の声なんて久しぶりに聞いた気がする。

 ほとんど聞きなれない彼女の声は澄んでいて、とても綺麗で女性らしい。

 話し方は少しキツめなお嬢様と言ったところ。さすが帰国子女だなんて例えは少しずれている気もするが、まぁそんな感じだ。


「あの、さっきは何を」

「ごめんなさい、つい興奮してしまって」

「興奮?」

「ええ、とても」


 色々と言いたいことがあるのだが、まず彼女自身について諸々とツッコみたい点がある。


 なぜ彼女は指を咥えて物欲しそうに俺を見ている?

 何かほしい、のか……


それにだ、さっきからずっとクネクネしているのはなぜなのだ?漏れそう、なのか……


 あと一つ、左手はどうしてスカートの中に突っ込まれている?いじっている、のか……


「あの、桐島、さん?」

「なによ、ちょっと興奮がエスカレートしててパンツを弄ってたら穿いてない事実に気づいて照れてるだけのいたいけな女子をそんな目で視姦しないで」

「はい?」


 なんだこいつ、随分とペラペラ喋るじゃあないか。

 まるでクラシックのコンサートだと思って入った会場がヘビメタのライブ会場だったくらい、それくらい俺には衝撃的。もはや心胆寒からしめると言っていいほどの状況だった。


「ねぇ、志門君」

「は、はい?」


 この学校で詩以外の女子生徒に久しぶりに名前を呼ばれた。

 ただそれだけなのだが、この状況もあってか俺は酷く動揺する。

 そもそも彼女が俺の名前を知っていたのは疑問だが、しかし俺だって話をしたことのない彼女の名前を知っているのだからお互い様というべきか。クラスメイトの名前を把握していたとしてなんら不思議は、ない。


「私、志門君に、その……もらってほしいの」

「……もらう?」


 彼女から唐突に発せられた、もらうとは一体。こんな不可思議な状況下で俺は初めて話す女子から何をもらうというのだ。


 もらう。真っすぐにその言葉を捉えるなら何かを献上される、贈られるということなのだろう。

 しかし彼女から渡されるべきものなど俺にはない。

 仮にあったとしても俺はそれを知らない。それに、彼女は両手とも手ぶらだ。

 むしろ手ブラでもするかのように今度は胸の前で腕を絡ませる。上手く言ったつもりは、ない。


 うん、では何をもらってほしいのだ?


 もう少し言葉を変えて捧げる、なんて解釈にすればどうだ。

 捧げる、俺に差し出すもの。それは……何も物に限定する話ではない。


 何かをどうにかする権利とか。いや、だとしたら何を?

 彼女自身?とは考えすぎか。いやはや、この状況ならないなんてこともない。


 パンツが云々と語る彼女が俺に身を委ねるなんてエッチな可能性も多分に考えていいはず。

 

 まさか……いや、そんなまさかだ。


「志門君」

「は、はい」

「はぅぅっ!」

「……!?」

「ご、ごめんなさいつい」


 急に陸に打ち上げられた魚のようにビクンとする彼女は、その後息を荒くしながら顔を朱に染める。

 まるで何時間も温泉に浸かりのぼせたのかと思うほどに彼女は熱気を帯び、触ってもいないのにその体温が高くなっていることが伝わる。


 いや、さっきの反応はなんだ?

 俺の声に反応してイッたみたいなあの反応、不可解すぎるだろ。


「あの」

「あぅっ!……失礼」

「……」


 もしかして、いやもしかしなくともこの人はやばい人、なのか?

 まぁ、そもそもいきなりクラスメイトを気絶させる時点で相当やばい人だと思うが、しかし今言っているのはそういうやばいではない。


 暴力的な、という意味ではなくむしろ変質者的なそれは犯罪行為で例えれば殺人や強盗を犯す類の人ではなく露出や痴漢で捕まるタイプの人という意味でのヤバさだ。


 うん、とにかく変だこの人。

 知らない人から物をもらったらダメ、という小さい頃の誰からとも知らない教えがなぜか今頭をよぎった。


「志門君、私」

「あ、あの桐島さん……ちょっと俺用事が」

「ま、待って。だったらこれだけもらってくれる?」

「え?」


 差し出されたのは一枚の布。

 ヒラヒラと舞うそれは三角で、白くそして穴が空いている。


 そう。


 パンツだ。


「い、いやいやなんだよこれ?」

「あら?もしかしてパンツ知らない?」

「知ってるよ!そう言う意味じゃなくて」

「もらって、くれる?」


 まるで初恋の相手にラブレターを渡すような、そんなテンションと表情で、学校始まって以来の秀才にして孤高の美女、桐島イリアが俺に贈り物をする。


 ただし、それはパンツだ。


 うん、なんだこれ。


「いやいや、もらえないって」

「もしかしてパンツの使い方、知らない?」

「知ってるよ!」

「じゃあ言ってみて」

「穿くもの、だろ」

「不正解、嗅ぐものよ」

「お前の方が間違ってるよ!」


 なんてツッコみを入れてしまったが、彼女はケタケタと愉しげに笑う。


「あはは、志門君面白いわ。ねぇ、さっき私が口に突っ込んだパンツ、もらって」

「い、いやだから……んん?」


 口に突っ込まれたものの正体は何か。その答はあっけなく発表された。


 今、目の前に差し出されたパンツこそ、俺の息を止めた物体Xだったのだ。


「パンツ突っ込んだの?」

「え、パンツ以外何かある?」

「いやお前の選択肢どうなってんの!?」


 俺はこんなもので危うく窒息死しかけた、と言うのか?なんだよ、パンツを喉に詰まらせて死亡って。その事実に死にたくなるよ、いやその時は既に死んでるんだけど。


「びっくりした?」

「……どういうつもりだ?」


 どういうつもり。これを言った瞬間にこんな訊き方は間違いだと気づく。

 そもそもそんな質問は常識のある人間が突然変なことをした時に使うもの。

 初めて言葉を交わした瞬間からおかしな人間に対してこんなことを訊いたところで


「匂い、嗅いで欲しかったのよ」


 などというおかしな回答がくるに決まっていた。

 ああ、俺の頭までおかしくなりそうだ……


「じゃあこれ、確かに渡したから」

「あ、ちょっ」


 変態は去った。駆け足で、軽やかに速やかに。


 そして俺はどこかも知らない空き教室に、同級生女子のパンツと共に残された。


 ……今も彼女はやはり、ノーパンだったのだろうか。

 色々と考えることが多すぎて、考えることを放棄した俺の頭の中はそんなことでいっぱいだった。


 そして俺のポケットは、彼女のパンツでパンパンだった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る