01 幼馴染。そして
幼馴染の定義とはいつも曖昧なものであると思っているがそれでも彼女は俺の幼馴染だと断言できる。
なぜなら生まれた日も場所も同じで幼稚園から高校に至るまでずっと同じクラスで家も隣。
近所というだけで、ここまで一緒になるものかと神様の悪戯を疑いたくなるほどに、彼女と俺は同じ時を歩んできた。
これが幼馴染でないなら何が幼馴染なのか。
それほどに彼女は幼馴染なのだ。
そんな彼女とは一度も恋愛関係になったことはない。
なぜか。と訊かれると答えに困るが、幼馴染だから好きにならないといけないなんてルールは、ラブコメにだって存在しないだろう。
まぁ強いて言えばだが、人間としてのレベルが違いすぎてそんな対象にならないのだ。
勉強という面においては桐島イリアに及ばないもののいつも上位、スポーツ万能でコミュ力お化け、おまけにショートカットの美人と続く彼女はほぼ完璧。
大きな目と少し幼い顔立ちに均整のとれた胸、童顔な彼女にぴったりなフォルムは多くの男を虜にする。と同時にその明るい性格は多くの女子からも好まれて、学年の人気者としての地位を不動とする彼女を知らないものは、これまたいない。
認知度、という面においては桐島イリアと同等であると言えるが、その受け入れられ方はあまりに対照的である。
桐島のみならず、俺ともあまりに対照的である彼女に対して劣等感なんてものはない。
それは徐々に薄れたというより最初からなかった。
詩に負けて悔しい、と言う感情よりも詩が近くにいてくれる安心感というものが端から勝ってしまう。
それほど彼女は頼れる幼馴染なのだ。
そんな彼女と俺は今、放課後の教室で二人きり。
定期的にこうして勉強を教えてもらっているわけだが、この辺りはさすが幼馴染の特権、いや彼女に好意を寄せる男子たちや彼女に近づきたがる女子たちからすればそれはもはや職権濫用である。
「司、またボーッとしてる。今日はもう帰る?」
「え、ああごめん。ちょっと考え事を」
「あれれ、もしかして恋愛の悩み?」
「ち、違うって」
司。なんて俺のことを呼ぶのは彼女だけ。
それは何も幼馴染だからという話ではない。
俺は高校に入って間も無い頃に少しやらかした。
いいカッコしようとしたつもりも、優等生ぶるつもりもなかったのだが、いらぬ正義感で大切な高校生活での俺の立ち位置というものを失ってしまったのだ。
正義はいつの時代も嫌われるもの、なんてカッコいいことを言うつもりはない。
ただ、嫌われたのだ。
だから俺の
しかしこうして平々凡々と高校生活を送りぼっち気取りでいられるのも詩がいたから、である。
それは詩がいる時点でぼっちではない、という意味ではなく、彼女のおかげで辛いはずの高校生活も明るくあれる、という感謝の意である。
そんな彼女のことをもう少しだけ語らせてもらう。
詩は生粋の女子だ。
別にカマトトぶることもなく恋愛話や流行にもめざとい彼女はいつも友人達となんでもない話で盛り上がっている。
もちろん俺も、詩とは色んな話をする。
スポーツのことからアニメのこと、クラスの誰それと誰それが付き合っているなんてどうでもいい情報まで、大体彼女の方が俺に教えてくれるばかりではあるが。
それでも彼女と互いの恋愛話をした記憶はない。
そう、今日のこんな会話すら目新しい、いや真新しいと言うべきか。
だから詩に彼氏がいたことがあるのかも俺は知らない。
ただ、ずっと見ていた限りではいなかったと、そう思っている。
「なーんか怪しいなぁ。ねぇ司、何があったのか教えてよ」
「……なぁ詩、女子ってノーパンで過ごしたくなる日ってあるのか?」
「……いきなりセクハラ?」
「ち、違うって」
目を細めて軽蔑するように俺を睨む詩だが、まぁこんなことで怒ったりはしない。
はぁ、っとため息をついた後に一言「司はノーパン女子がお好み?」なんていって戯ける。
ちなみに俺がこんな訳の分からない質問をする羽目になった元凶である桐島イリアは、俺にスカートの中のあられもない部分を見られたというのに、落ち着いた様子でスカートを押さえながら滑らかな足取りでそのままどこかに行ってしまった。
一体なんだったのだろう。
あの学年トップの秀才で、男嫌いどころか人間嫌いと有名な桐島がなぜ、学校でパンツを穿いていなかったのか。
この回想すらも、冷静に考えれば少し変態ぽい気がするのだが、事実なのだから仕方ない。
なぜノーパンか、俺はそれが気になって仕方がない。
ありていに言えば興奮はした。
もちろん、女子の裸を生で見るのは初めてで、一瞬とはいえその光景は脳裏に焼き付いている。
ただ、それ以上に気持ちが悪かった。
得体の知れないものを見たような、そんな奇妙な感覚が俺から離れない。
あれはチラリズムでも、ラッキースケベでもない。
露出だ。
「詩、桐島イリアってどんなやつなんだ?」
「何よ、司って桐島さんのこと好きなの?」
「なんでそうなる……」
「だって、急にあの子の名前が出てくるの変だし」
疑いの目を向けられる。
とは言っても疑われる理由もないのだが。
「たまたま、さっきすれ違ったから気になっただけだよ。それにほら、なんか物騒な噂多いだろ彼女」
「ああ、あんなのでっち上げだと思うよ。だって別に普通だもん。喧嘩してるのとか見たことないし。どこの誰か知らないけどフラれた男子が腹いせに変なこと言いふらしたんでしょ」
そんなものか、と思ったのはなんとなく詩の話す内容になるほどな点があったからだ。
たしかに彼女が他の誰かと喧嘩をしているところを見たことがない。単純に対応が悪いだけだ。
フラれたやつの話は証拠もないわけだし。
ただ。普通という言葉に少し違和感を覚えた。
普通の女子高生とは、いや高校生に限らず普通の女性は果たして公共の場で下着を装着しないものなのだろうか?
もちろん否、それが普通であればこの国の貞操観念は乱れに乱れ、毎日誰かが男女関係についての裁判を行っていることだろう。
最もこれを推奨し世間の普通にすれば、草食男子蔓延る昨今の少子化問題という側面においては荒療治ではあるが有効かもしれない。しかし、そんなアブノーマルな政策により生まれる明るい日本の未来など俺は見たくもないが。
「普通かどうかは知らないけど、それにしても誰に対してもあんな態度だとおかしいとは思うだろ」
「やっぱり気になるんだ、桐島さんのこと」
「だから、気になるというか違和感があるだけだって。お前は話したことないのか?」
「あるよ、でも一年生の頃は、かな。最初の頃はすごく明るいイメージあったんだけどいつのまにかあんな感じにね。話しかけても反応ないし、みんな気味悪がってって感じかな」
「なるほど、ねぇ」
桐島イリアについてこの後も詩にあれこれ訊いてはみたが、結局核心に至るまでのことはわからなかった。
勉強会を終えた後、詩は用事があると言うので教室の前で彼女と別れた。
そのまま静かな放課後の廊下を歩いて一人で帰ろうとしていると、女子トイレから人が出てきた。
桐島イリアだ。
またしても、彼女と遭遇した。
果たしてこれは偶然か?などと考えていたその時、彼女がカバンから何かを出したのが見えた。
そして次の瞬間、
「んがっ!?」
何かを口に詰められた。
無理矢理、口の奥に何かを入れられて息ができない。
すぐに俺は意識が遠くなって、フラッとその場に倒れ込んだ。
その薄れゆく意識の中で、最後に見上げた光景は、ぼんやりとだが覚えている。
やはり彼女は
穿いていなかった。
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