17 お礼の品
俺が変態から解放されたのは夜の八時過ぎ。
一体朝からそんな時間まで何をしていたのだと思うだろうが、それは俺自身同じ感想である。
ランチを終えた後、彼女と再び買い物をするために店へ。
今度は俺のパンツを買うなどと言い出して、結局何枚かボクサーパンツを買わされた。
その目的は不明。最も存在自体が意味不明な彼女の意図など、考えるだけ無駄なので深追いはしない。
そしてカラオケ。
これもひどかった。
何か歌うわけでもなくひたすらパンツの匂いとは何が魅力的かについて語られて数時間が過ぎた。
パンツの匂いオフ会などというものがもしこの日本のどこかに存在するのだとすれば、ぜひ彼女を推薦したい。
多分、いや絶対に彼女はそのサークルの姫になれるだろう。それくらい緻密で繊細でどうでもいい情報ばかりだった。
やれやれと思いながらカラオケを出たら、今度はゲームセンター。
ここでも彼女はエロいフィギュアばかりを狙って、取れるまで散々課金し続けること一時間。見かねた店員が落としやすいところに景品を置いてくれたことでようやく彼女は獲物を獲得できたというわけで。
それをもって満足そうに帰路につく彼女は、家の手前の交差点で「私はこっちだから」と言ってさっさと帰っていった。
もう小遣いも体力もすっからかん。しばらく外出はしたくない。
という感想までを添えてダイジェストで休日の午後の様子をお届けしたが、しかし問題がまた発生したのである。
彼女が買ったパンツを、俺が持って帰ってしまった。
俺もうっかりしていたが、彼女もしっかりとぼけたに違いない。
あいつが意味もなくパンツを受け取り忘れるとは到底思わないからだ。
などと推論を立てたところで、俺の部屋にある桐島パンツが一気に八枚に増えたことだけは変えようのない事実だからさて困った。
正確には彼女はまだ未装着のため、桐島の買ったパンツが五枚追加されたという方が正しいがそれでも異性の下着がこう何枚も俺の部屋に集結してくることを冷静に受け止めてはいけないと感じている。
「おにい、それお土産?もしかしてドーナツとか」
と、柚葉が帰った時に行ったことでその事実に気づいたのだが、もちろん紙袋の中身はドーナツではなくパンツ。
穴があいているという共通点以外かすりもしないそれを彼女に見られたら俺は二度と口をきいてはもらえないだろう。
いっそのこと柚葉へのお土産ということにして渡そうかなどと考えたりもしたが、どこの世界に同級生と買い物に行って妹の為にパンツを大量に購入してくる男子高校生がいるものか。
考えるまでもなくその案は却下。自室に持ち帰り収納場所を探すことになる。
「はぁ……」
「どうしたんですか?今日はデートだったんでしょ」
というのはタムッチ先生。
画面の向こうから可愛い声で俺に問う。
「デートじゃないですよ。あんな自己満足なものは」
「そんなに自虐的にならなくても相手は案外楽しんでたかもですよ」
と言われて訂正したかったがやめた。
うん、自己満足という言葉を使った俺が悪い。
言いたかったのは桐島の自己満足という意味であってもちろん彼女は楽しんでいたのだから俺が彼女に対して気に病むことなんて何一つないわけで。
「でも、女子って本当にお出かけが好きなんですね。俺はウィンドウショッピングなんて退屈過ぎて早く帰りたくなりますよ」
「まぁねー、でも一緒にいる相手が楽しくないと、女子だって帰りたくなるものです。だから今日のデートは大成功ってことじゃないですか」
タムッチ先生はそう話して笑う。
しかし実際桐島の奴は楽しそうにしていたから、そう言った意味では大失敗であると言える。
俺と買い物に行っても楽しくない、退屈、だから二度と行きたくない。
そんな感情を彼女が抱いてくれていれば俺はあの変態の呪縛からあっさり解放されたというのに。楽しませてどうする。
いや、俺が何かするまでもなく彼女は勝手に楽しんでいたわけで。
だから俺はどうすることもできなかったのだ。
「それより、あの紙袋はなんですか?」
と言われて振り向くと、カメラに映る位置にさっき買ったパンツの入った紙袋が置かれていた。
これはとんだ大失態だ。
「え、ええと大したものじゃないですよ」
「でも、あの袋って女性下着の」
「あー、たまたま彼女が持ってた袋を借りただけです!」
「なぁんだ、そうなんですね」
ああ、危なかった。
うっかりミスで持ち帰った下着によって変態にされるところだった。
当然すぐにそれを机の下に隠してから、今度は真面目に打ち合わせに入る。
実はこんな風に時間を無駄遣いしているが、タムッチ先生との共作の下書きを来週出版社に持っていくことになっている。
まぁ、俺はシナリオだけで絵を書くのは彼女だから、仕事の比率としては彼女の方が忙しいわけだが。
もちろん彼女は顔出しNGなので、俺のところに郵送された原稿をタムッチ先生の代わりに俺が持っていく流れである。
「今日中には仕上げて、週明け郵送で送りますね」
「ええ、楽しみですね」
「はい、ツカサ先生のおかげでいいものが書けました。何かお礼させてください」
とタムッチ先生。
お礼、とは言われても実際感謝しなければいけないのは俺の方だし、それにまだこの企画が通るかどうかはわからない。
俺の拙い脚本のせいで足を引っ張る可能性だってある。だから二つ返事で「お願いします」とも言えないわけで。
「いいですよそんなの」
「ダメですよ。仕事だからこそちゃんとしないと。あ、よかったら企画通ったらご飯でも行きませんか?」
「え?でも先生は顔出しNGなんじゃ」
「基本的には、です。仲のいい友人や仕事仲間にまで伏せてはいませんよ。むしろ今まで失礼しましたという気持ちです」
そう言われて。
あまり遠慮をしすぎるのも日本人の悪い癖かもなどと都合のいい解釈を引っ張り出した俺は素直に好意に甘えることにした。
「じゃあ、来週の結果次第ですがお願いします。とは言ってもタムッチ先生の漫画なら問題無いと思うし」
「最強タッグ誕生!って大きく書いてもらわないとですね」
とかいう話で唐突に、タムッチ先生と会う約束ができた。
パソコンの電源を落とした後で、俺は小さく「よっしゃ」と独り言。
そりゃそうだ。タムッチ先生と直接会えるなんて業界の人でも一部だけ。
しかも噂ではあるが素顔は超可愛いと名高いタムッチ先生だ。
どんな人だろうというワクワクと、何かいけないことをしているようなドキドキで俺の胸はいっぱいだ。
あー、早く来週来ないかなぁ。
「おにい、ちょっといい?」
浮かれていると、部屋の外から柚葉の声。
なんだろうと油断して出てみると
「このパンツ、誰の?」
と鬼の形相で俺を見る柚葉。
手には一枚のパンツ。
「え……こ、これは?」
見覚えはある。
桐島に渡された三枚のパンツと同じものだ。
し、しかしあの三枚は俺のベッドの下にある。
それに新入りたちはまだ袋の中、未開封だ。
だとしたらこれは……
「どこに落ちていた?」
「ポストに入ってた。なんか文字書いてるし」
「……オーマイガー」
なぜなのか。ラインを交換した意味は一体どこにいった?
「おにい、変な女にちょっかい出した?」
「……それは桐島のだ」
はっきりと。
きっぱりと言ってやった。
柚葉の中での桐島株が大暴落しようとも、いやむしろ紙屑になってしまえと強く願い言い放った。
はずなのだが
「何言ってんのおにい、あの人がそんなことするわけないじゃん。嘘つくならもっとマシなのにして」
「い、いやほんとだって!あいつ以外そんな」
「おにい、あんまりしつこいと怒るわよ?」
「……すみません、でした」
全く信用されなかった。
どうやら俺の可愛い妹は、実の兄より変態を信用するそうだ。
うん、美人って得だよね。あはは……
「おにい、これちゃんと自分で処分しなさいよ」
と柚葉。
ポイっとパンツを俺に渡してから怒った様子で部屋に戻る。
一体どういうつもりだと、そのパンツに書かれた文字を見ると
『今日は楽しかったからお礼に一枚』
と添えられていた。
もちろんこの後交換したばかりのラインで変態にクレームをつけたのは言うまでもなく。
しかし変態は俺の訴えに耳を傾けることもなく、ただひたすらパンツの画像をこれみよがしに送り続けてくる。
俺はそれを消す。
そしてまたパンツが画面を埋める。
いや、なんの攻防戦してるんだこれ。
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