42 変態が俺を巡って争っています

 学校中が急に騒がしくなったのは、文化祭という一大イベントが近づいてきている証拠だ。


 六月中旬に行われる学校の文化祭は三日間。

 多くの文化部が一年の集大成として様々な催しを企画し披露する場として、学校外からも多くの客が訪れる。


「というわけで私たちも文化祭で何かしましょう」


 と言い出したのはイリア。

 俺はカバンにひなちゃんのデビュー作のコピーを忍ばせたまま、今か今かと反撃の機会をうかがっていたところだったので少し気が抜けた。


「でも、やることなんてないぞ」

「あるわよ、私たちの作品を文化祭で売るのよ」

「なるほど」


 なるほど、こういう話の持っていき方でひなちゃんを追い詰めるというわけか。

 やっぱりイリアは頭がいい。


「じゃあ私と先生で書くのでノーパン先輩は販売員でもやってくださいね」


 ひなちゃんは嫌味っぽく言う。

 ……ここだな。


「ひなちゃん、文化祭の活動だから作品作りは持ち帰るのはなしにしよう。ここで全部作業するってのはどうだい?」


 どうだい、と話す俺はどや顔だったと思う。

 しかし、ひなちゃんはあっさりと「いいですよ」と言った。


 あれ、もっと困ると思ってたのにどういうことだと、イリアを見たが彼女も不思議そうな顔をしている。

 ……大丈夫かな。


「じゃあ早速。ひなちゃん、何か可愛い系の女子を描いてみてくれ」

「はーい」


 ひなちゃんはカバンから筆箱を取り出すと、鉛筆やらなんやら漫画を描くのに使う道具を手際よく並べてから紙の前に。

 そしてサラサラと、あっという間に描かれた女子高生はめっちゃくちゃ……可愛いだと!?


「え、うまっ!」

「当然です、私はプロですから」

「え、でもでもこれは?」


 慌てて彼女のデビュー作のコピーを見せた。

 するとひなちゃんは


「な、なんで先生がもってるんですか!?」

 

 と驚いていた。

 どうやらこれも彼女の作品で間違いない、ようだな。


「私、へたくそだったからめちゃくちゃ練習したんですー。そしたらー、うまくなっちゃいました♪」

「え、ええと、じゃあなんでこの本を見られたらまずかったの?」

「だって処女作って恥ずかしいじゃないですかー」

「ま、まぁそうだけど」

「あ、処女作と処女膜って似て」

「そのネタはもういいよ!」


 敢え無く。ひなちゃんの弱味を使って黙らせよう作戦は散った。

 イリアは「私は何も知らない」と言った顔で窓の外を見て黄昏れていた。


「とにかく、その本は恥ずかしいから見ないでください」


 まぁ、ゴーストライターなんてとんでも推理は外れたわけだが、それでもこれが彼女自身の黒歴史であることに変わりはない。

 弱みにつけ込むなら今だ。


「俺に変態行為をするようならこれ、ばらまくぞ」

「ふーん、じゃあ先生が私のパンツ咥えて昇天してる写真バラまきますね」

「すみません許してください僕が悪かったです」


 瞬殺された。

 すっかり忘れていたが、俺はイリアと違ってひなちゃんに弱味を握られているのだった。


「許しません、土下座して靴舐めて……あ、靴じゃなくてあそこ」

「舐めるのは靴にして!」


 言った瞬間に何を口走っているのだと後悔はしたが、まぁ恥部を舐めろと言われるよりはましだと思い、俺は靴を舐めるという選択を瞬時にとってしまった。


 すると


「ずるいわよひなちゃん、私は志門君に踏まれながら靴舐めたいわ」

「いいえ、私が彼を踏みながら靴舐めさせるのです」

「じゃあ間をとって彼が自分の股間を舐めるというのでどうかしら」

「あ、それ見てみたい!」

「できるか!」


 どんなアクロバティックなウロボロスだよ!


「とにかく、ひなちゃんのこの作品のことは一旦封印するから。で、文化祭の事は本当に何かするのか?」

「そうね、せっかくだからとは思ったけどやっぱり参加する側の方が気楽でいいかもね」

「それなら先輩、私と一緒に告白の泉に参加しませんかー?」

「私、人前は苦手なの」


 イリアはすっぱりと提案を断った。

 まぁ、友人もいないイリアにとっては全校生徒の前で話をするなんて罰ゲームでしかないか。


「私、公衆の面前に出ると露出癖が暴走するのよ」

「よく学校来れるな!」

「だからノーパンで妥協してるの」

「妥協なの!?」

「本音を言えば全裸、いえ靴下のみとか理想ね」

「もう家からでるな!」


 真正の変態なだけであった。


「えー、先輩は今日も穿いてないんですか?」

「そういうあなたは穿いてるの?」

「ええ、先生は脱がすよりズラす派ですから」

「勝手に決めるな!」


 まあズラすシチュは嫌いじゃないけど。

 ……いかん。


「脱線しすぎだ。せっかくの文化祭なんだからどっちにせよ楽しもうよ」

「じゃあ文化祭の当日、私との恋人デートをしましょう」

「あ、そういえばそんな約束あったな」

「待ってください私訊いてませんよ!」


 ひなちゃんが必死に割り込むと、そのおおきな突起物を俺の前で弾ませる。


「先生はおっぱいが好きなんです!貧乳は黙っててください」

「あら、でも昨日私のお粗末なお胸で彼、勃ってたわよ」

「なんですって?」

「待て待てなんでそんなこと言っちゃうかな!?」

「先生、詳しく訊かせてください」

「いやだからね……」


 イリアはどや顔、ひなちゃんはぷんぷん、俺はたじたじ。

 こんな部活風景はしばらく続きそうだ……



「ただいまー」

「おかえりおにい、文化祭もうすぐだね」


 柚葉は去年もうちの文化祭に来ていた。

 とはいっても俺と行動したわけではなく、中学の友達と楽しんでいただけで今年もその予定だろうと勝手に思っていたが。


「おにい、今年は私ひなちゃんと一緒に回るから」


 柚葉がそう言いだした理由は手に取るようにわかる。

 邪魔者は相手しておくからイリアとのデートを愉しめと、彼女の薄笑いはそう語っている。


「それは助かるけど、イリアとは何もないぞ」

「でも、イリアお姉ちゃんはデートだって楽しみにしてたよ」

「まぁ、約束だからな。でも何もない」

「まだそんなこと言ってるんだ。おっぱい触ったくせに」

「あれは不可抗力だ……ってなんでお前が知ってるんだよ!?」

「訊いたから、本人に」


 柚葉はイリアとのやりとりの一片を俺に見せてきた。

 彼女とのトークルームには『志門君にいっぱい揉まれちゃった♥』と書かれていたので俺は膝から崩れ落ちた。


「おにい、いい加減にしないと私怒るからね」

「いや、だから違うんだよ柚葉……」

「今日は晩飯抜きだから。反省しなさい」

「えー」


 正座や体罰は免れたが、代わりに俺の晩飯が抜きになった。

 空腹に枕を涙で濡らしながら、俺は部屋で一人虚しく眠る。


 ……しかし腹が減りすぎて眠れない。

 ちょっとコンビニにでも行こう。


 柚葉に見つからないように忍び足で外に出てコンビニへ。

 夜道は街灯の明かりくらいで何もなく、人も少ない。


 少し怖いが逆に落ち着いたりもする。

 普段騒がしいからこういった静けさは貴重だ。


 コンビニで、いつものように立ち読みをしていると携帯が鳴る。

 もしかして柚葉に見つかったかと慌てて携帯を見ると、イリアからメッセージが入っていた。


『こんな時間にコンビニって不摂生ね』


 ……いやだからGPSどこについてるんだよ!


 俺の行動は変態によって監視されている。

 ということはだ、俺が今からエロ本を買って帰ろうとしているのも筒抜けな可能性もある。

 くそ、イリアのやつ何考えてるんだ。


 結局、カップ麺だけを買って帰宅。

 そしてリビングでお湯を沸かして一人虚しく晩飯に。


 あー、たまにはインスタントもうまいな。

 そんなことを考えていた時にまた連絡が。

 今度は電話だ。


「もしもし」

「志門君、カップ麺なんて体によくないわよ」

「お前、俺の家にカメラでもつけてるのか」

「望遠鏡で覗いてるって可能性も視野に入れておいた方がいいわね」

「こわっ!」

「冗談よ、それより明日なんだけど少し早く学校に来れる?」

「いいけど、何かあるのか?」

「ひ・み・つ」

「……」


 どうせまたくだらないことだろうと、俺は適当に話を続けた。


「そういえばひなちゃんのことなんだけど」

「あの子の話はやめてくれ。家にいる時くらい忘れたい」

「そう、なら言わないわ」

「やけに物分かりがいいじゃないか」


 一体何を言おうとしたのかは知らないが、これもまたどうせくだらないことだろうと話を適当に流した。


「じゃあそろそろ寝るわね」

「ああ、俺も寝るよ」

「ちなみにひなちゃんなんだけど」

「もういいからそれは」

「あなたの家の前にいるわよ」

「……え!?」


 恐る恐るリビングの窓から玄関の方を覗く。

 するとひなちゃんが、何かを持ってそわそわとしているではないか。


 ……あれは、何を持ってるんだ?暗くてよく見えない。

 あっ、目が合った……気がしたが気のせいか。


 いやいや怖いよ。なんでこんな夜に玄関に立ってるんだ?

 早く帰ってくれ。頼む。


 びくびくしながら、俺は祈った。

 しばらくして、もう一度外を見るといなくなっていた。


 よかったー、帰ってくれたー。


 ここでようやく一安心。


 俺はゆっくりと部屋に戻ることにした。


 やれやれ、ほんとひなちゃんのストーカーっぷりには驚かされる。

 勘弁願いたいものだよ


「先生お邪魔してまーす」

「ああ、おつかれひなちゃん……んが!?」


 やっほーと手をふる変態が、俺の部屋にいた。

 なぜだ、なぜいるのだ?鍵は閉めていたはず、なのに。


「私、この手の鍵なら秒で開けれますからね、にひひ」


 クルクルと得意げにマイナスドライバーを回す彼女を見て俺は絶望した。

 

 そして一人で家の外に逃げ出そうとしたところで変態に捕獲される。


「は、離せ!」

「だめー、先生一緒に寝ましょ♪」

「いやだ、離せ!」

「離しませんよー、私、蟹ばさみで最後まで搾り取るのが大好きなタイプなので―」

「冗談はいい加減にしろ」

「今日なら初回特典でー、ナマでおっけーですー♪」

「なっ……いや、やっぱりダメ!」


 一瞬心が揺れたのは見逃してやってほしい。

 俺は大声で叫ぶと柚葉がすぐに来てくれて助かったわけだが、我が家のセキュリティは完全に崩壊したというわけで。


 その夜、変態に怯えながら眠ることができず朝までじっと震えていたのは言うまでもない話。


 ……誰か、助けてくれ。


 

 

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