43 変態の魅惑

「ひどい顔ね、志門君」

「寝てないんだよ……」

「ひなちゃん?あの子、手ごわいわね」

「ああ。今ならお前がまともに見えるから不思議だよ」


 朝、ひなちゃんが怖くて家を出れない俺の為に柚葉がイリアを呼んでくれた。

 イリアは相変わらず「朝勃ちはもうおさまってるのね残念」とか下ネタを振りまいていたがぜーんぜん可愛いものだ。


 木を隠すなら森、変態をぼかすならそれ以上の変態というわけか、今日は寝不足のせいもあってイリアが可愛く見えていた。


「やっぱり私と同棲する?そうしたら万事解決よ」

「次の問題が発生するだろ」

「恥部の問題?あなたやっぱり病気なのね」

「お前の耳よりはましだ!」


 ああ、いちいちツッコむのもしんどい。

 寝不足はままあることだけど徹夜はさすがにこたえるなぁ。


「授業寝てるから、あとでノート見せてくれ」

「パンツに板書してそのままあげるわよ」

「普通の板書をくれ!」

「え、いつもあげてるのは普通のパンツよ」

「もういい!」


 うーん、こいつは平和な変態なんだけど、でも変態は変態なんだよなぁ。

 やっぱりこういう時は詩に相談しよう。



「……ってわけなんだけどさ」

「なるほどね。それならイリアちゃんと付き合ったらひなちゃんもあきらめるんじゃない?」

「あのさぁ、それも嫌なんだよ」

「なんでよ、さっさと付き合いなさいよ往生際が悪いわね」

「お前も柚葉と同志なのかよ……」

「柚葉?柚葉がどうかした?」

「……なんでもない」


 結局幼馴染に相談しても答えは出ない。

 この際、肉を切らせて骨を断つ覚悟でひなちゃんにビシッと言うべきか。

 いや、あの画像をばらまかれたら俺の骨の方が粉砕骨折だな。


「あー、なんで俺の周りにはまともな女がいないんだー」

「みんなに失礼よ。それこそこの期に及んでイリアちゃんと付き合ってない司の方が変だよ」

「だって変態なんだもん……」


 何度も言うが、変態でないイリアがいる世界線だったなら、俺は迷わずあいつに惚れてアタックして、多分ゴールインだ。


 いや、変態じゃないイリアがそもそも俺を好きになるかはやはり謎だ。

 うーん、俺って変態を呼び集めるフェロモンみたいなのを出しているのか?


「クンクン」

「何自分の袖匂ってんのよ」

「い、いや……なぁ詩、俺の匂いってどんなんだ?」

「知らないわよー、男の子だし汗臭いんじゃない?」

「……お前は正常というわけか」

「?」


 詩への相談は結局空振り。

 普通ならここでもう一人親友キャラとかが出てきて、あれこれアドバイスを送ってくれるのが定石なのだけど登場人物が変態で飽和しているこの物語にはそんな便利キャラはいない。


「いかん、手詰まりだ」


 一人で昼休みに頭を抱えていると、忍び足で変態が寄ってくる。


「ねえねえ志門君」

「なんだイリアか。どうしたんだよ」

「さっか詩ちゃんと相談してた時、正常位がどうのこうの言ってなかった?」

「惜しいけど違う……」


 もう今は変態トークは勘弁してくれ。

 眠すぎて頭が回らんのだ……


「ふぁー、いかん眠たすぎる」

「部室で寝てくれば?」

「ひなちゃんが怖い」

「じゃあ私もいてあげるわよ」

「それが安心だとも思えん……」

「大丈夫、私は寝込みは襲わないわ」

「ほう」

「寝込みに仕込むのよ」

「なんか知らんが怖いわ!」


 このツッコミがもう俺の限界だった。

 意識が朦朧として、そのまま机に突っ伏して眠ってしまった……



「ん……あれ、ここは?」

「おはよう。保健室よ」


 目を開けたらイリアが隣で腰掛けていた。

 どうやら気絶していたようだ。


「いきなり倒れるから心配したわよ」

「心労だな……マジで死ぬよこのままだと」

「ひなちゃんのことは私に任せなさい」

「あなたのことは誰に任せたらいいのか教えてくれ……」

「私?私はあなたに身も心も委ねるわ」

「そんなだから身も心もボロボロなんですって……」


 この変態に悪気はない。

 ただ、自覚のない悪が一番最悪なのだと彼女には少し理解してほしいところだ。


「とにかく、ひなちゃんのことはなんとかするからそっとしておいてくれ……」

「そっとシてくれ?スローなのが好みなのね」

「今そんなことしたら死ぬわ!」


 時計を見たらもう放課後になっているではないか。

 さっさと帰って寝よう。今日こそはなんとか安眠させてほしい。


「帰る。そんで寝る」

「ひなちゃんが来るわよまた」

「今日、業者を呼んでサムターン回し対策はしてもらってる」

「あら、彼女の真打はカム送り解錠よ」

「まだ技もってんのあの子!?」


 ていうか全部犯罪だろ!


「あー、もう無理ゆっくり寝たい……」

「私が部屋で見張りしててあげるから」

「……絶対に何もしないと誓えるのか?」

「ええ、あなたがそうしろと言えば命令に従うわ」

「……じゃあ頼む」


 背に腹は変えられぬという言葉が今の俺にはちょうど合う。

 もう睡眠の為には多少のリスクをとらなければならない時期がきてしまったようだ。


 目には目を、変態には変態を、だ。

 今、ひなちゃんという変態の矛を防ぐためにイリアという変態の盾を使う。

 この結末は見届けない。俺は寝るからだ。



「ただいま……まだひなちゃんは来てないな」

「さて、まずは何からする?」

「寝るの!」


 今日は珍しく柚葉も帰ってきてはいない。


「じゃあ早速だが寝るぞ」

「あら、積極的ね」

「俺が睡眠するだけ!見張りよろしく」

「ええ、任せて」

「……何もするなよ」

「ええ、何もしないわ。安心して眠りなさい」

「……おやすみ」


 イリアを部屋に置いて眠るなんて愚行をよく許したなと思うが、それでも睡魔には勝てない。

 横で俺を見守るように腰かけるイリアの姿がすぐに遠くなる。


 ああ、寝るって最高……



 ……


「あっ」

「おはよう志門君、もう夜中よ」

「ぐっすりだったな。すまん、ずっといてくれてたのか?」

「ええ、あなたの寝顔見てたら飽きなかったわ」

「……何もしてないだろうな」

「もちろん、私は約束を果たす女よ」

「だといいけど」


 イリアはずっと、俺の横にいたようだ。

 ……今日ばかりはこいつに助けられたな。


「ありがとう、一応礼は言っておくよ」

「私は何もしてないもの。礼は不要よ」

「いてくれただけで助かったよ。それで、ひなちゃんは今日は来なかったんだな」

「え、来たわよ」

「え、来たの?じゃあ追い返してくれたんだ」

「いいえ、と言われてたからずっと見てたわ。あなたがあんなことやこんなことされてるのを目の前で見せられるのは……とてもひどい快感で」

「え、え、え!?」


 慌てて布団から飛び出した。

 一応パンツは、穿いてる……


「な、何していったのひなちゃん?」

「冗談よ。少しパンツを拝借していっただけだから」

「ああ、なんだ……え、パンツ?」


 今度は慌てて引き出しを開ける。

 すると俺の下着がごっそりと無くなっていて、代わりにメッセージ入り女性用パンツが一枚置かれていた。


『先生の下着、堪能しちゃいます♪』


「……いやいや止めろよ!」

「だって何もするなって」

「お前が俺に何もするなって意味だよ!」

「あ、そういうことかー、へー」

「うっわ、しらじらしいなぁ」


 あからさまな確信犯だった。

 俺が寝てる間にこの部屋で何があったんだ?


「大丈夫よ、あなたの体には指一本触れさせてないから」

「本当だろうな」

「ええ。その代わりあなたの顔面にひなちゃんのおっぱいが乗っかってたけどそれは不可抗力だから」

「なんだって!?」


 マジか。あの、あのプルンプルンバインバインが俺の顔に……


 え、え、感触とか残ってない?なんで目覚まさないの俺?


「おい、起こせよ!」

「あら、逆ギレはやめてほしいわ」

「お、俺にどんな風にかぶさってたんだそのおっぱいは?」

「ええと、下乳がこう、もふっと」

「くぉー!」


 あー、起きてたかったー!


「ちくしょう、あのおっぱいは……あれは男の夢だぞ」

「でも、ストーカーのIカップより美女のDカップの方がいいでしょ?」

「い、いやまぁ」

「触る?」

「え、いやそれはさすがに……」

「あーあ、今私、ブラ付けてないのになー」

「だ、だめだ……」

「あーあ、今ならシャツの中に手を入れてもいいのになー」

「だ、だ、だめだ……」

「あーあ、今だけ、両手でガシッといってほしい気分なのになー」

「なぁー!!」


 男とはいつまでたってもおっぱいが、大好きなんですお子様だから。


 志門司、高校二年生。心の叫びをを読んでみた。

 

 ……無理だ。俺は今、イリアのおっぱいに手が、手が、伸びている!

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