36 横にも後ろにも、放課後もずっと変態はそばにいる

 恋とはなんぞやと誰かに訊けば、きっと様々な答えが返ってくるだろうがきっと共通して一つのテーマが浮かび上がってくるに違いない。


 誰かを好きになること。


 この絶対命題があってこその恋だと、さすがに恋をしたことのない俺でもそれくらいは理解している。


 じゃあ俺が桐島イリアにきゅんとしてしまい、彼女を可愛いと思ってしまい少しだけムラムラとしてしまっているこの気持ちは恋なのだろうか。


 好き。と明確に思わなくとも誰かにときめいたら恋。

 可愛いと、素敵だと思ったら恋だというのならそれはあまりに世間に溢れかえっている。


 だから俺はまだ恋していない。

 そう、彼女に俺は恋などしてはいないと言い聞かせながら今、俺は再び桐島パンツを手に取っている。


 ……なぜだろうか。最近桐島の事を考えると自然にこのパンツを取り出してしまう。


 もはや変態に頭を犯されて、俺まで変態に成り下がったというのか。

 それともパンツで窒息死しかけた俺は脳に酸素が足りていないのだろうか。


 ……はぁ、なんであいつって美人なんだよ。

 というよりなんで美人なのに変態なんだよ。


 ふざけんなよ、美人で普通におしとやかな女子なら文句ないのに。

 いや、普通の女の子だったらとっくにどこかのイケメンと付き合ってて俺なんかとは関わることもなかったか。


 ……あほらし。桐島の事を考えて眠れない夜を過ごすなんて不毛だ。

 よし、寝よう。


 俺はパンツをそっと引き出しに隠してから電気を消す。

 正座の後遺症が足に少し残るまま、俺はベッドで横になる。


 少しして、意識がぼんやりとしてくる。

 ああ、今日くらいはいい夢を見せてくれ。



 目が覚めた時、俺は夢の中にいた。

 この言い方は非常に矛盾をはらむ言い方ではあるが、夢の中で意識を取り戻すという明晰夢を見たというわけだ。


 なぜここが夢だとわかるかって?

 そりゃあだって、俺の隣で桐島が眠っているからだ。


 あいつは帰ったのだ。

 それに玄関の鍵は、しばらくしてから確認しに行ったけどちゃんとかかっていた。

 だからあいつが俺の横にいるわけが……


「いや夢じゃないよ絶対!」

「ん……おはようツカサ、どうしたの朝から?」

「いやいやお前どうやって侵入したんだ!?」

「え、あの後柚葉ちゃんの部屋に行ってから戻って来ただけよ」

「なーる」


 つまりはこうだ。

 俺をキュンキュンさせておいたあと、部屋を出た彼女は帰宅せずに家にとどまっていたというだけの話。


 なるほどそれなら施錠なんて意味ねえや。だって既に侵入してたんだもんな。


 ……いやいや。


「だからって俺の部屋で寝るなよ」

「それより、もう少しこのまま話したいな」

「ピロートーク感出すな!」

「え、イッたら煙草ふかしてそのまま寝たい人なの?女子の敵ね」

「知るか!」


 知るか、の一言だ。

 なんだよそのヤリチン野郎は。まぁそんな奴ドラマとかでよく見るけど。女子がピロートーク好きだとかは何かの記事で読んだことあるけど。


「とにかく早く起きろ。柚葉が来る」

「あら、柚葉ちゃんに言われてここに来たのだから大丈夫。もうとっくに事後だと彼女は理解しているわ」

「理解じゃねえ誤解だよそれは!」

「でも、状況証拠というものがあるから裁判になれば私の勝ちよ」

「それでも俺はやってない」

「痴漢を?」

「何もかもだよ!」


 清廉潔白の童貞だよ俺は!


「じゃあ気を取り直して学校に行きましょうか」

「……二度とするなよ」

「寝てる時にキスしたのは謝るわよ」

「二度とするな!」


 勝手に俺の唇は変態に何度も奪われていた模様。

 しかしファーストキスもこいつだし、もう事実かどうかもわからないので確かめようとはしなかった。


 柚葉は気を利かせてか、朝食を置いて先に家を出ていた。

 ご丁寧に置手紙には『おにい、おめでとう♥』と書かれていたので完全に誤解されている。


 しかも炊飯器を開けると赤飯が入っている。

 もう気の利きすぎる妹でお兄ちゃん困っちゃう。ほーんと、立派に成長してくれて兄として嬉しいよ……


「ねえツカサ」

「なんだよ」

「イリアって呼んでよ」

「イリ、ア」

「はい……」

「急に乙女っぽい顔すんな」

「なによ、可愛いでしょ?」

「……知らん」


 実際のところ可愛かった。

 ちょっと照れ臭かったので俺は赤飯を無駄に二杯も食べてしまった。


 お腹がパンパンになったところで二人で家を出る。

 こうして同じ屋根の下から学校に通うというのは非常に違和感を覚える。


 詩とだってこんなことした記憶はないぞ。


「それより、あなたタムッチ先生のことどうするつもりなの?」

「んー、彼女が柚葉の親友というのが一番ネックだ。それに共作の漫画の件でも週末に二人で出版社に行く話になってるし」

「ふむふむ、つまりは彼女と縁を切る術がないと」

「今のところ思いつかない」


 こうして登校している時はそれでも平和なのだとも付け加える。

 何せ彼女は中学生だから、学校がある間の時間はいわば聖域というわけだ。


 はぁ。休日の方が憂鬱ってのも変な話だけど。


「じゃあ、さっきから私たちの後ろをつけている女子高生はきっとタムッチ先生じゃないわよね」

「女子高生?あの子は柚葉の同級生だ。それに中学はもう登校時間を過ぎてる」

「ふーん。それならあの見覚えのある大きなおっぱいもきっと見間違いなのね。私の眼力も落ちたものだわ」

「お前の眼力は知らんけど」

「でも、既に後ろ三メートルの距離まで迫っている爆乳ロリっ子なんてタムッチ先生のわけないわよね」

「ああ、さすがに……なんだと?」


 振り返ると変態がいた。

 横に変態がいるのに後ろにもいた。


 これほどの恐怖があるだろうか。

 電柱の影からじっと俺を見つめるロリっ子は、その胸元のロケットが電柱からはっきりとはみ出している。


 ……ひなちゃんだ。


「な、何してるんだ!?」

「あはは、おはようございます先生!それに変態先輩もおはようございます」


 てへへっと可愛く登場した時、彼女のけしからん胸がぽよよんと弾む。

 しかし俺の心は沈む。


「い、いやいや学校は?」

「えー、私高校生ですよー。今から一緒の学校に行くんだから」

「ああ、そういうこと……ってなるか!どういうこと!?」


 え、柚葉は確かひなちゃんの事を同級生って言ってたような……

 いや、そんなことは一言も言ってない?


「ま、待て待てそれならどうやって柚葉と仲良くなったんだ?」

「えー、そんなの去年まで中学の先輩後輩だったんだから当然ですよ」

「ああ、それはそうか。い、いやでも親友って言ってたじゃんか」

「歳の差一つくらいで先輩後輩を区別をつけないといけないなんて前時代的な発想は持ち合わせてませんよ」


 ひなちゃんは高校一年生だった。

 というか同窓生だった。


 え、一年生にいたの?


「だから一緒に登校しようと思ってたのに家から二人で出てきたのでびっくりしました!」

「……学校では頼むから何もしないでくれ」

「えー、私も読書部に入ろうかなって思ってるんですけど」

「部長として入部拒否だ!」


 桐島と二人きりはいやだなぁ、誰か入部してこないかなぁとかいつも考えていたけど、さすがに変態がもう一匹追加されるのだけは防がなければならない。


 さもなくばあの部室がただの変態の巣窟になってしまう。


「え、いいじゃない彼女も入部させてあげたら」

「桐島、お前裏切るのか」

「イリアと呼んでくれないと裏切る」

「……イリア、あいつは危険だ」

「やーん、名前で呼ばれるの興奮する~!」

「おーい」


 話にならないほどの変態にストーキングされて、話がろくにできない変態と登校した今日。

 最悪のスタートを切ったかに思えたがまだ序の口。


 二匹の変態に怯えながら過ごした日中はそれでもなんとかなった。

 それでも放課後、部室に行くと


「あー、二人仲良く来るとかずるいです—」


 ひなちゃんがいた。


「おい、ここは部室だ。出ていけ」

「あら、私が許可したのよ」

「なに!?」

 

 変態が裏切って変態の味方についた。

 おい、聞いてないぞ。


「お前、なんてことを」

「だって部員増えたら予算あがるって先生が」

「結局金かよ!いいだろ部費くらい!」

「ダメよ、うちってお小遣い少ないもの」

「部費を私的利用しないでください!」


 こいつもしかして、ゲームとかも部費で買ってないよな?

 いやいや、そんな使いこみがバレたら部長の俺がまずいことに……あっ、だから俺を部長にしたのかこいつ。


「おのれイリアめ……」

「やぁん、もっと呼んで呼んで!」

「ちょっと二人でいちゃつかないでください!私も私も!」

「だぁー!二人とも帰れー!」


 読書部は今日、音を立てて崩壊した。

 変態たちが暴れて机をぶっ壊し、本棚は倒れ俺も倒れた。


 そして並び立つ竜虎の如くそびえる二匹の変態によって部室は占領された。


 まだまだ放課後は続く。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る