40 敷地内には変態しかいなかった

 目が覚めたのは深夜のこと。

 俺は確かにリビングのソファで寝ていたはずだ。

 それなのに、気が付けば俺は使っていないはずの両親の部屋で眠っていた。

 

 そして金縛りにあったかのように体が動かない。

 ……一体何があった?


「あ、目が覚めましたか先生」


 聞き覚えのある可愛らしい声と、見覚えのある大きなおっぱいで俺は察した。

 また、彼女に監禁されたのだと。


「ひ、ひなちゃんどうやって入ったの!?」

「夜這いですよー♪あんなカギは御茶の子さいさいです!ちなみに今日は拘束具は使ってません。しびれ薬です!」

「な、なに飲ませてるんだよ!」

「飲ませてませんよ、嗅がせただけです」

「どっちでもいいって!」


 身動きの取れない状態で、ベッドの上に寝かされている。

 完全に変態のいけにえ状態だ。


「ま、まってひなちゃん!明日一緒に打ち合わせ行くから!」

「その前にー、既成事実を作っておかないとですね」

「いやいや意味がわからないって」

「だってー、そうしないと出版社の社員の女子どもが先生に色目使うかもでしょ?だめですよそんなのは。先生は私のものなんですからー」

「だー!イリア、助けてくれー!」


 両親の部屋は俺の部屋の真下。

 だから大声で叫べば聞こえるはずだ。


 そう願って助けを呼ぶと、なぜか携帯電話が鳴る。


「……とってくれ」

「あ、ノーパン先輩からですね。いいですよー」


 ひなちゃんが電話をとってスピーカーにした。

 するとイリアの声が聞こえてくる。


「夜中にうるさいわよ」

「だ、助けてくれ!」

「私、部屋から出るなって言われたから出れないの」

「り、臨機応変に対応しろよその辺は!」

「だって、約束破るのはダメってお母さんに言われてるし」

「育ちの良さをこんな形で見せるな!」

「うーん、ちょっと考えるから。おやすみ」

「お、おーい!」


 電話が切れた。

 俺のライフラインが完全に断たれた瞬間だった。


 ていうかおやすみって、寝る気まんまんじゃねえか!


「残念でしたね、先生」

「待て、このベッドは両親のものだ……そんなところで」

「だからいいんですよー。先生のご両親が営んで先生を育んだ場所で、私と先生も……うふふふ、ちょっと興奮でよだれが出ちゃいます♪」


 ヤンデレってどうしてこういった奇抜な、いや奇怪な発想にたどり着くのだろうか。

 などと冷静に物事を考えてみたがもちろん何も解決はしない。

 もうこの状況で期待できるのは痺れ薬の効果が切れるかイリアが来てくれるかの二択しかない。


 いや、柚葉がいる。あいつにはまた怒られるかもだけど背に腹は代えられない。


「あ、ちなみにゆずは朝まで起きませんよ」

「え、なんで?」

「ふかーく眠れる薬、彼女の部屋に撒いておきましたから」

「なにしてくれてんの!?」


 変態は用意周到である。

 これも俺は何度も経験していたはずのことだったのに、全く経験と反省が活かされていない。


「さて、邪魔者はいなくなったし早速」

「待て待て!そんなことしたら、俺は二度とひなちゃんと口はきかない」

「でも、お仕事がありますよ?」

「大崎さんに相談する。それで全部終わらせる」

「ふーん、でも先生の童貞は私によって奪われるわけですから、ちょうど釣り合ってるくらいですねー」

「俺の童貞にそんな価値ないって!」

「安心してください先生、私は先生がダメ人間になっても養ってあげますよ?それにですね、私はちゃんと穿いてますから」


 イリアとのパンツ攻防戦を経て、穿いていることは安心ではないと悟った俺だがなぜか今、彼女が穿いているという事実に少しだけほっとした。


 じゃなくて。


「く、くるなー」

「失礼しまーす」


 ひなちゃんが、俺に馬乗りになったところで俺は覚悟した。

 今回ばかりはお終いのようだ。


 ああ、こんな形で変態に寝取られるくらいならもっとちゃんとした人生を送っておきたかった。

 

 なんでか知らないけどこんな状況なのに俺のムスコはしっかり元気だし、ほんと救いようのない童貞だよ俺は。


「えへへ」


 咲き誇るような笑顔のひなちゃんが俺に迫る。

 その時


「ダメ―!」


 と言って入ってきたのは柚葉。

 なんと、妹が俺を助けに来てくれた。


「あれ、ゆず寝てないの?」

「さっきの大声で目が覚めた。ひなちゃん、それどういうこと?」

「え、今からお兄さんと「■■■■☆&×〇」するんだけど」

「おいそんなことしようとしてたのか!?」


 とても人前では言えそうもないことをサラッと。

 そんなひなちゃんに柚葉は、涙目で言う。


「ひなちゃん、おにいは……おにいは私のものよ!」

「……へ?」


 普通、こういう時って「私の大切な家族に何をする!」とか「おにいには恋人がいるんだから!(いないけど)」とかいうものじゃないのかな?


 いやいや、柚葉だけのお兄ちゃんだよ俺は。でも、ちょっとその言い方って引っかかるなぁ。


「ゆず、あなたもしかして」

「……いいから、おにいはイリアお姉ちゃんとくっついてもらわないと困るのよ」

「ふーん、ゆずもそうなんだー。あはは、わかったわかった」


 ひなちゃんは俺から降りると、さっさと部屋を出て行った。

 そして、まだ体がしびれて動けない俺のところに柚葉がやってきた。

 ついでに遅れてイリアもきた。いやお前は早く来いよ。


「柚葉、助かったよ」

「おにい、何もされてない?」

「うん、まぁ」

「そっか。よかった」


 おお?柚葉の今の顔、すごく女っぽいというか色っぽい。

 おいおい、急にどうした我が妹よ。


 ふと、体の痺れが取れてきたことに気づく。

 そして体をゆっくりと起こすと、イリアが神妙な面持ちでこっちを見ている。


「どうしたんだよ」

「柚葉ちゃんがあなたに話あるそうよ」

「話?」


 見ると、柚葉がすごくもじもじしている。

 どうした妹よ、お前はそんな弱気で健気な美少女ってタイプじゃないだろ?


「柚葉?」

「おにい、笑わないで聞いてくれる?」

「お、おう」

「あの、その、ええと……」

「???」


 なんだどうした妹よ、まるで今から俺に告白するかのような雰囲気を出すのはやめてくれ。

 ていうかどうして後ろのイリアはそんなに得意げな顔してるんだ。

 おい、どういうことだ……


「わ、私、おにいのこと……」

「ゆ、ゆず、は……」


 俺は悟った。

 腐っても人の恋愛模様を描いて仕事にしている俺だからさすがにこれくらいの雰囲気になればこれから何を言われるかくらい察しが付く。

 

 俺は実の妹に告白される。

 ああ、そうだ。そして実は血が繋がってなかったなんて展開がないことも俺は知っている。

 

 だって、昔柚葉の事が可愛すぎて詩に訊いたら本当の兄妹だと言ってたし間違いない。

 ということは、血のつながった妹に……


「私、おにいのことイリアお姉ちゃんとくっつくためのモブ彼氏にしか見えないから絶対にちゃんとくっついてね!」

「柚葉、お前の気持ちは嬉しいけど……今なんと?」

「だから、私はイリアお姉ちゃんが好きすぎて、相手は絶対モブな彼氏じゃないとダメだって思ってたからおにい以上に空気みたいでふさわしい男がいないって話だけど」

「いや全然意味がわかんないんですけど!!」


 どういうわけか説明しようと、ここでイリアが前に出る。

 つまりはだ、柚葉はイリアが好きすぎてあまり存在感の強い彼氏だと彼女の魅力が半減するから、相手はモブみたいな相手じゃないとダメだというよくわからないこだわりのカプ厨だったという話。


 いや、マジで意味わからないんだけど?


「あ、あの、柚葉さん?」

「おにい、私応援するから絶対にひなちゃんに負けないでね!」

「は、はぁ」

「というわけで妹さんのお墨付きをいただいたから私と続きしましょ」

「帰れー!」


 妹は。美人な先輩が冴えない男と付き合うことに興奮するという特殊な性癖の持ち主だったという話。

 ちなみに俺のことなど眼中になく、私のものといった理由は「だって、私のベストカップリングを成就させるための駒として、おにいは私のものじゃないと嫌だもん」などと人権を完全に無視した発言をされたわけで。


 こうして柚葉は完全に変態の軍門に下った。

 もうこればかりはどうしようもないが、しかし妹とひなちゃんの決別という一つの成果を得られたことで、俺は仕方なくこの事態を飲み込んだのであった。

 

 しかし次の日。


「おはようございます、先生」

「なんでひなちゃんが家にいるんだ……」

「ゆずとあの後ラインしてー、和解したんです。でも寝込みは襲わないって約束したから安心してください」

「し、信用できるわけないだろ」

「あ、そんなこと言うんなら毎日私のパンツを着払いで送りますよ?」

「ひどい嫌がらせだな!」


 こうしてなぜかひなちゃんとの関係は切れなかった。

 そして昨日にあんな惨劇があったというのに俺は、仕事という理由でひなちゃんと二人、出版社へ向かうこととなる。



「知ってます?出版社の休憩室って結構出るらしいですよ?」

「そ、そうなのか?」

「ええ、夜な夜な社員同士がイチャコラと」

「そっちかよ」

「というわけで打ち合わせ終わったら休憩室で食事しましょ」

「その流れで行くわけないだろ!」


 電車の中でもずっとこんな感じ。

 俺はついに変態と同伴して出版社に来てしまった。


 はぁ……とため息を一つ。

 すると隣でひなちゃんが一言。


「安心してください。私は穿いてますから」


 悩んでんのそこじゃねー!と盛大にツッコんだところでひなちゃんはどや顔。

 

 そしてパンツをちらり。

 うむ、穿いていた。白である。


「さて、行きましょう先生」

「……絶対に変なこと言うなよ」

「接待で変なとこ使うなよ?大丈夫ですよ使ってもおしりくらい」

「お前らマジで耳鼻科行け!」


 耳がおかしいのもまた変態の常。

 そんなことを出版社の前で再認識した俺は、不安たっぷりの中、変態を連れて大崎さんのもとへ向かう。

 

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