39 変態と変質者は紙一重

 変態たちによるストレスで禿げてしまいそうな俺は、現状に耐えかねて翌日の放課後、詩に相談に乗ってもらうことにした。


 最も詩もあの変態たちと仲が良いため、相談の内容は慎重に言葉を選ばねばならない。

 

「どうしたの相談なんて珍しいね」

「ああ、ちょっとこのままだと倒れそうなんだよ……」

「どーしたの?あ、わかったーイリアちゃんと喧嘩したんでしょ」

「ぜーんぜんちがう……」


 うーん、まずは詩に俺とイリアの仲について誤解を解くところからか。

 でもなぁ、詩は俺とイリアのことを頼んでもないのにすんごく応援してくれてるんだよなぁ。


「あのさ、そのイリアのことなんだけど」

「なになに、来週彼女の誕生日だから誕プレ何にしようかって相談?」

「誕生日?」

「またまたー、イリアちゃんも楽しみにしてたよ」

「ううむ」


 悩み事を解消しようと詩を呼んだのに、また新たな問題が発生するとはやはりこれも変態の執念が為せる技なのか。


「誕生日はさすがに二人きりの方がいいよねって柚葉と話してたからパーティーは前日にしようと思ってるんだけど何も聞いてないの?」

「昨日柚葉の機嫌が悪かったからな」

「またエッチなことしたんでしょどうせ」


 どうせとはなんだよ。

 まるで日常的に俺がエッチなことをしまくってるような言い方にひどく複雑な心境になりはしたが、まぁそれはいいとしよう。


 それよりなぜ変態がこの世に生まれた日を盛大にお祝いしなければならないのかが問題である。

 

「そうと決まればプレゼント選び、付き合ってあげようか」

「いいよ、俺は何も買うつもりはないし」

「ダメよ、そんなことしたらフラれるでしょ」

「だからそれでいいんだって……」


 どこまでも詩のペースで話が進み、変態を駆逐する相談どころか変態に対して生まれてきてくれてありがとうと感謝の意を表す為のプレゼントを選びに行くという、なんとも不本意な事態になってしまった。


 ちなみに今日は詩に話があるとイリアに伝えて部活は休んだ。

 まぁ、ひなちゃんと二人で変態トークを展開しているに違いないので心配などしてはいないが。


「そういえば、ひなちゃんだっけ?あの子、司にえらく懐いてるけどどういう関係?」

「いや、俺が仕事の……じゃなくて柚葉の先輩でよく家に来てるだけだよ」

「ふーん。でも浮気は絶対ダメよ」

「本命をまず教えてくれ……」


 ちなみにひなちゃんには、詩や柚葉に彼女がタムッチ先生だということは伏せろとされている。


 昨日、馬乗りになった彼女はそう言いながら何度も俺の口の中にパンツを突っ込みまくった。


 ……思い出しただけで寒気がする。パンツって狂気な奴が扱うと凶器になり得るということだ。


「イリアちゃん、ゲームのコントローラーがほしいって言ってたよ」

「あいつは結構オタクだからな。服や時計とかよりそんなの欲しがりそうだよ」

「へぇ、よくわかってるじゃん。司にしてはやるわね」

「あれだけ振り回されたら嫌でも理解するって……」


 結局詩のアドバイスもあって、俺は渋々あの変態の為にゲームのコントローラーを買う羽目になった。

 しかしまぁ最近はコントローラーひとつでも数千円か。安くない。


「さて、買い物は終わったし帰るぞ」

「あ、せっかくなら来週の誕生日デートの為にお店の下調べしておこうよ」

「いやいやデートしないって」

「でも、イリアちゃんは当日のデートの為に新しい服まで買ったって言ってたよ?」

「……聞きたくなかったな」


 なんかそういう話を聞いてしまうと断れなくなってしまうのは、俺がただのお人好しだからだろう。

 しかし誕生日にデートか。まぁこの前の蟹の件もあるわけだし一応そういう意味では世話になってるわけでお返しくらいはよしとしようか。


 結局何から何まで詩に世話を焼かれてイリアの誕生日の為に様々準備を整えた。

 

 当日は一体どうなるのだろうかと、さっき買ったプレゼントの入った紙袋を手に帰宅すると玄関には妹以外の靴がもう一足。


「あはは、せんせ……じゃなくてお兄さんお帰りなさい!」

「……ああ、お前が帰れと言いたいね」


 例の如くひなちゃんだ。

 変態め、塩まいてやろうか。


「なんの用だ?」

「せんせー、明日は何の日か覚えてますー?」

「なにかあったっけ?」

「出版社に一緒に行く日ですよー。大崎さんにも昼一でアポイントとってますよ」

「あ……」


 すっかり忘れていたが、明日は新連載の打ち合わせがあるのだ。

 そしてその連載とはひなちゃんのもう一つの顔であるタムッチ先生と俺が共作で仕上げている作品なのだ。

 

 ちなみに大崎さん曰く、上層部が気に入ってるので今更企画を頓挫させることはできないと言っていた。

 つまり彼女から逃げるという選択肢は断たれている。


「じゃあ明日は現地集合で」

「えー、嫌です私もノーパン先輩みたいに一緒におうちからお出かけしたいです—」

「ダメだ、帰れ」

「ふーん、せっかく打ち合わせがうまくいったらおっぱい触ってもいいよって言おうと思ってたのになー」


 彼女がグッと胸を寄せて近づけてきた。

 まるでそこだけが独立した生き物かのように、彼女の胸はぽよよよんと勢いよく弾み、俺の目は釘付けになってしまう。


「な、なんだと……」

「あれれ、やっぱり興味あります―?」

「……あ、あr……ない!」

「今、あるって言いました?」

「ない!断じてない!」


 あやうくこの場であの山脈に落ちそうになった。


 ひなちゃんの胸は魔物が住んでいると、俺はそう確信している。

 そうでなければあの揺れを目で追うたびにここまで気持ちが昂り精神が乱れ、手が勝手に動き出そうとはしまい。


 そう、俺は多分あの大きな山に巣食う魔物に取り憑かれているのだ。

 だから一瞬でも彼女の提案に心の中で「まじっすか!?」と叫んでしまったのも俺の意思ではないはずだ。


 強烈な精神汚染を受けてしまった俺は気を取り直そうとキッチンに行き飲み物を探す。

 するとまたしてもパンツがあった。

 ……冷蔵庫にマグネットで張り付けてある。


「誰だよこんなことしたのは」


 と言いながらも、今この家にいる人間で変態なのはひなちゃんのみ。

 彼女の仕業に違いないと、パンツはそのままにリビングに戻ると彼女の姿がない。

 代わりに柚葉がいて、さっきひなちゃんは帰ったというではないか。


「ひなちゃんとおにい、随分仲がいいみたいだけど何かあったの?」

「ねぇよ」

「そうだよね、おにいはイリアお姉ちゃん一筋だよね」

「だからそうじゃなくてだな」

「あ、お姉ちゃん部屋に案内しといたから」

「なんだと?」


 一難去ってまた一難。というより変態去ってまた変態。

 ひなちゃんがいなくなってホッと一息となるはずだったのに、また変態がやってくる。

 俺に安息はないのか?


「勝手に部屋にいれるなよ」

「何言ってんのよ、今日は泊まりだって言ってたよ?おにい、あんまり騒がないでね」


 ニヤニヤと、柚葉は嬉しそうにそう言ってから部屋に戻っていった。

 

 ……泊まり?何の話だそれは。

 いやいや、勝手にお泊りされたら困るんですけど。


「ねぇ志門君、歯磨き粉貸して」

「ああ、それなら……っておい!」


 寝間着姿のイリアが当たり前のようにリビングにやってきた。

 おのれ、本当に泊っていくつもりか?


「お前さ、なんでも勝手に決めるな」

「じゃあ改めて相談するわ。泊めて」

「嫌だ」

「からの?」

「別に照れて言ってるわけじゃねえよ!」


 飲み会のノリか!


「えー、でもお父さんには泊まるって言ってきちゃったのに」

「おい、親に変なこと言ってないだろうな」

「ええ、ちゃんとつけさせるからって言ってあるわ」

「誤解されるからそういうのやめろ!」

「五回も?ええと、初めてだからお手柔らかに……」

「一回もしないよ!」


 しかし変態は図々しいわけで。

 勝手に歯磨きを始めて勝手に冷蔵庫を開けて勝手にお茶を飲んでいた。


「このパンツ誰の?」


 と聞かれてなんのことだと思ってイリアを見ると、さっき冷蔵庫に貼られていたパンツを彼女が指でクルクル回していた。


「ああ、多分だけどひなちゃんだよ」

「ひなちゃん?ほんとに?」

「お前じゃないならひなちゃんしかいないだろ」

「ふーん。まぁいいわ、それより」


 イリアが無造作にそのパンツをポケットにしまうと、俺のところにきて


「今日は優しくしてね」


 と耳元でささやく。


 一瞬そのくすぐったさとあまりにエロい声が相まってカッと照れた俺ではあるが、すぐに冷静さを取り戻す。


「いやいや、だから泊まりはダメだって」

「え、本当にいいの?さっきひなちゃん、夜這いするって宣言して帰っていったのに?」

「よよ、夜這い?」


 夜這い。

 もうこの言葉についての説明は省かせてもらう。


 つまりひなちゃんが夜な夜な俺を襲いに家に侵入しようと企てているというだけの話だ。


「そ、そんなこと言っても鍵かけたら大丈夫だろ」

「ストーカー気質の変態を舐めないことね。ちなみに彼女、サムターン回し業界では一目置かれている存在よ」

「そんな業界さっさと滅べ!」


 犯罪集団じゃねえか!


「いやいやだからって」

「この前、私に助けを求めたのは誰かしら?」

「そ、それはだな……」

「それに昨日、散々パンツツッコまれて喜んでたみたいだし」

「あれはひなちゃんが勝手にだな」

「ちょっと嫉妬してます」

「へ?」


 イリアさんは、ちょっとだけ顔をむくっとさせてから俺に思いっきりチューした。


「ん!?」

「……んん」

「ぷはぁ!な、なにしてるんだ!?」

「洗浄」

「い、いきなりキスするなって、い、言った、だろ……」

「あら、ドキドキしてくれてるんだ。ふふっ、嬉しい」

「……」


 もう少しで舌まで絡めそうだった。 

 いや、しかしなんと強烈な感触だ。も、もっかいしたい……じゃなくて。


「じゃあ、泊まるのはいいけど俺はリビングで寝るからな」

「ええ、それでいいわよ」

「部屋から出るなよ、絶対に」

「約束は守るわ」


 こう見えて、案外イリアは義理堅い。

 しかも変態なのに良識が備わっているというよくわからない奴だ。


 俺の部屋に行ったイリアはその後、静かになった。

 どうやら本当に泊りに来ただけのようだ。


 これなら安心だと、俺はリビングのソファの上で眠りにつくことにした。

 

 ……しかし、またキスしてしまったな。

 あいつ、本当に俺のことが好きなのか?だとすれば俺が変態行為をやめろと言えば、もしかしたらやめてくれるのでは?


 ……そうなったらイリアはただの超美人な同級生となるわけで、付き合っても問題はなくなるわけであって。


 いや、あの家族がいるからそう簡単な話ではないけど、それでも……


 眠りにつく前にふと、そんなことを考えていた。

 しかし妄想に近いこんな考えに答えなど出るはずもなく、やがて眠気が襲ってくる。


 そして、まどろみに落ちていくのが何となくわかった。

 ああ、今日も疲れた。せめていい夢を見せてほしい。



 そんなことを考えながら眠りにつく俺は、その時に玄関の鍵がカチャッと開いた音など、聞こえるはずもなかった。

 




 

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