38 変態ハニートラップ

 変態は増殖し感染するものなのかもしれない。


 そう思ったことには明確な理由と根拠がある。


 なにせ俺の唯一の幼馴染であり変態砂漠に放り込まれた俺にとっての唯一のオアシスであった詩が変態ズ(俺はイリアとひなちゃんをまとめてこう呼ぶことにした)と楽しく変態トークを愉しんでいるのだ。


 由々しき事態なんて言葉を悠長に使っている余裕すらない。

 もはや緊急事態だ。


「詩ちゃんはバイブ派?」

「私は振動が嫌いだから普通だよ」

「詩さんはいつも何回くらいするんですか?」

「ええと、疲れちゃうから二、三回かなぁ」

「えー、私なんて毎日十回はしちゃいますよー」


 こんな具合だ。

 どうせまた思わせぶりなことを言っているだけだろうと余裕をかましていたが、さっきから変態ズの指がうねうねと動いている。


 詩よ、幼馴染として俺は悲しいぞ。

 お前が必死に俺を変態にならないように奮闘してくれていても、肝心のお前が変態になってしまったのでは本末転倒ではないか。


「おにい、お茶運ぶの手伝って―」

「はいはい」


 ううむ。今のところこの家で正気を保っているのは俺と柚葉だけ、か。

 しかし柚葉も時間の問題。こいつは俺ではなく変態派閥に属しているのだ。


「おにいさっさとして。客人を待たすとかありえないから」


 客人だと?リビングにいるのは変人ばかりだぞ?


「柚葉ちゃん、あなたもこっちに来てお話しましょう」

「はーい、今いきまーす」


 女子会が始まってしまった。

 こうなると唯一の男である俺は居場所がない。


 いや、元々こいつらのサークルに俺の居場所なんてものはない。

 俺は参加と同時に変態の供物になってしまう。


 まるでライオンの群れに迷い込んだシマウマだ。


「志門君、あなたも来ない?」

「いい、女子同士で好きにしててくれ」

「あら、ソファがびしょびしょになっても構わない?」

「何する気だ!」


 おうちの中で水遊びでも始めるのかな?とかとぼけてみたけど限界だ。

 会話がどんどんエスカレートしていく。


「柚葉ちゃん、最初の時は痛かった?」

「うーん、痛気持ちいいって感じでしたよ。慣れたらすごく快感ですし」

「ゆずってすごいよねー。なんかすっごい体勢でも平気な顔してるし」

「やめてよひなちゃん、あれ結構恥ずかしいんだよー」


 台所で会話を盗み聞きしてしまった俺はショックで膝から崩れ落ちそうだった。


 柚葉のやつ、処女じゃないだと?

 あ、相手は誰だ?ていうかそんな暇あったか?


 も、もしかして俺が知らないうちに部屋に男を連れ込んでいてそれで……

 お、お兄ちゃんより先にするなんて許さない!


「おい柚葉、お前いつからそんな不良になったんだ」

「何言ってんのおにい、私はダイエットのためにやってんのよ」

「ダイエットだと!?た、確かに激しい運動ではあるが……いや、中学生にはまだ早い!」

「うっさい部屋行ってろ!今時中学生でもみんなやってんよ!」

「がーん……」


 柚葉が変態の不良になってしまった。

 

 両親が家を出る時に「司、柚葉をちゃんと守るんだぞ」と言ったことをなぜか今思い出してしまい泣きそうになる。


 父さん母さんすまない、俺は柚葉を守ってやれなかったよ……


「せんせーもしかして、エッチなこと考えてます―?」

「な、何を言うお前らがいかがわしい話ばかりしてるから」

「ヨガの話、ですよ?」

「よ、が?」


 まーたひっかけられたようだ。

 結局柚葉は健康のためにヨガに通っていたというだけの話。

 最初は痛かったんだって。うんうん、痛いよねきっと。


 ……いやいや。


「おい、それなら詩の話はなんだよ?バイブがどうこうって」

「ゲームの話よ。最近のゲームってバイブ機能がすごくてびっくりしちゃうから嫌いなのよ」

「あ、そう……」


 またしても。俺は脳内で彼女たちの会話を変態、いや変換してしまっていただけだった。


 ……にしても紛らわしいだろ!


「お前ら会話に主語とかつけろよ」

「あーやだやだ、ちょっと小説書いてるからって日本語の説教する人っているよね。司が普段から変なことばっかり考えてるのがいけないんでしょ?」


 詩と柚葉は軽蔑するような目で俺を睨む。

 イリアとひなちゃんはしてやったりの顔で俺を見てニヤリ。


 ……やっぱり俺に居場所はないようだ。


「もう寝るよ……ごゆっくりどうぞ」


 打ちのめされた俺は完全にメンタルブレイク。

 部屋に戻って一人でベッドに寝そべって動画を見ることにした。


 はぁ……なんで詩や柚葉もあんな変態と楽しく仲良くやれるんだ?

 悪い奴らではないと思うけど、でも重度の変態だぞ?


 四六時中あんなのと会話してたら頭おかしくなるって。


「志門君、ちょっといい?」


 塞ぎこんでいると、部屋にイリアが訪ねてきた。


「なんだよ」

「志門君、今からみんなでファミレスに行こうって話してるんだけどあなたもいかない?」

「いいよ別に。女子ばっかだし気まずい」

「じゃあみんなでお風呂に入るけど一緒にどう?」

「もっとダメだろ!」


 誘ってくれたのは嬉しかったけど、これ以上あいつらの中にいて正気を保てる自信がないので俺は一人で家に残ることにした。


 やがて、四人が出かけていく音がしたので下に降りるとリビングは綺麗に片付けられていた。

 

 しかし彼女たちが座っていたソファを見ると一枚のパンツが落ちていた。

 

『これ使っていいわよ♡』


 ……イリアだな。

 

 俺はもちろんこのパンツを何かの為に使用したりはしない。

 ただ、自宅のリビングに女性下着が転がっているというのは見逃せるものでもない。


 そう、だからそれだけの理由で、俺はそのパンツを部屋に持ち帰った。


 決して、このパンツが少し温かくて脱ぎたてっぽくてしかもいつものと違って黒の色っぽいやつだから思わず持って帰ってしまったわけではない。


 ……しかし今は誰も家にいない。

 となれば、俺が今自室で何をしようと誰も知るはずがない。


 これは困った。

 いや、全くもってイリアのパンツになんて興味もないはずなのに、誰もいないという理由だけでつい羽目を外しそうな気持ちになってしまう。


 うーむ。なぜ黒の下着はそそるのだろう。

 白だって、無垢な感じがしていいはずなのに、黒い下着のこの独特のエロさは一体どこからくるのだ?


 ……嗅いでみたらどんな香りがする、のだ?

 いやいや興味ではない。ただの好奇心だ。


 あー、やばい。これ、あいつらが帰ってくるまでもたない。


 俺はそのパンツをベッドの上に置いた。

 そして何故か知らないが、とりあえず拝んでみた。


 しかしパンツの精霊が登場するわけもなく、ただ俺のベッドに黒い女性用パンツが置かれているという実にシュールな絵になってしまった。


 ……いや、俺も家を出よう。


 そうしないと本当俺も変態として後戻りできないところに行ってしまう。


 そう思って、俺はパンツはそのままに家の外へ飛び出した。


 そしてあてもなく夜道を一人でぶらぶら。

 一時間くらい、途中コンビニで立ち読みなんかをはさみながら時間を潰していたが、やはりやることもなく家に帰る。


 すると柚葉が家に帰ってきていた。

 みんなはもう解散したようだ。


「おにい、どこいってたのよ」

「いや、ちょっとコンビニに」

「ふーん、部屋にパンツ放置して?」

「……へ?」


 柚葉の手には、リビングで拾って部屋に持ち帰った黒のパンツが握られている。


「お、お前部屋に入ったのか?」

「お土産買ってきたから渡そうと思って。でも、まさかこんなものを部屋に持ち込んでるなんてね」

「ち、違う……誤解だ」

「これ、私がイリアお姉ちゃんからもらったやつなんだけど何が誤解なのか説明してもらえるかしら?」

「……はへ?」


 よく見ると、使っていいわよというメッセージは書かれているのではなく貼られていた。


 そしてそれは俺に向けてではなく柚葉に向けてとのことだった、そうで。それを勘違いした俺は、てっきり俺が使うためにイリアが落としていったのだと思い込んでいたのであーる。


「い、いやいやこんなもんリビングに置きっぱなしにするから」

「妹の下着を部屋に持ち帰った言い訳はそれでいいかしら」

「ち、違うんだー!」


 今日はなにもかも、変態たちの思わせぶりに嵌められた。

 紛らわしい言葉をいちいち変態な解釈に捉えてしまうのは、きっと俺のせいではない。

 だから俺は悪くない、悪いのはあの変態たちだ。


 そんなことを考えながら、俺は部屋の前の廊下にしばらく正座させられている。


 柚葉は部屋に戻る。

 しかしそれを見て足を崩そうとすると柚葉が出てきて説教される。


 くそっ、女の勘なのか?それともこの廊下にカメラでもつけているというのか。


 そんなこんなで時間だけが過ぎて、俺の足の感覚がなくなってきた頃に柚葉がようやく風呂へ。


 助かったと思いながら、痺れる足をゆっくり崩そうとしたその時、変態が急襲。


「あはは、先生ったら正座させられてるーかわいー♪」


 なぜか柚葉の部屋から出てきたのはひなちゃん。


「な、なんでいるんだ!?」

「えー、私はゆずと遊んでただけですよー」

「く、くるな!」

「せーんせっ、あーそびーましょっ♡」

「わー!」


 這いつくばりながら逃げ惑う俺だが、足が動かず敢えなく捕獲される。

 そして俺のあまりの大声に柚葉がタオルを巻いて風呂場から飛び出して来る。


 ただ、柚葉が来た時にはひなちゃんがまた俺に馬乗りになっていた場面だった。


「おにい、死ね」


 柚葉はそう言い残して風呂に戻った。

 そのあと、俺はひなちゃんに弄ばれた。


 結論から言えば貞操は死守したが、幾度となくパンツの波に溺れ、溺死しそうになったわけで。


 柚葉が出てくるまでの間、動けない俺を散々と遊び尽くしたひなちゃんは、満足そうに帰っていったとさ。


 ……死ぬ。

 こんな生活続けてたら近い将来ストレスで俺は倒れると確信した。


 


 

 

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