24 あなたの変態係数はおいくつですか?

 先に言い訳しておくが、俺は変態に欲情などしていない。


 しかしだ、間違いだらけとはいえ裸を見てしまい、あまつさえ美人でタイプな容姿を持つ同級生から好きだと好意を向けられてもなお修行僧のように眉一つ動かさず澄ましていられる人間などこの世にいないと俺は断言する。


 むしろ今の心象は、護摩行で炎の前に座り熱さに顔を歪めながら手を合わせる某プロ野球選手の表情のように荒れている。


 さて。今はどこに向かっているかという話だが、配慮に富んだ素晴らしい幼なじみの献身的な行動により夕方の駅前で変態とマッチングすることを勝手に決められたため、重い足を必死に前に向けているところだ。


 なぜこうなったかは詩しか知らないところだが、しかしまぁ自分を好きだという変態美女同級生との待ち合わせは改めて考えると多方面からの緊張をもたらす。


 ドキドキ。ソワソワ。ワクワク。


 こんな前向きな感情もあるにはあるが


 ゾクゾク、ガクガク、ブルブル。


 と怯える自分もいる。


 何を怖がる必要があるのだと言いたげな諸君に言いたい。

 俺は変態が怖いのではない。


 むしろその変態を好きになってしまわないかという自分自身が怖いのだ。


 吊り橋効果という便利な現象が世の中には存在するが、実際吊り橋のような不安定な場所で同級生のパンツを見た時、果たして俺は正常でいられるだろうかと、今から不安で仕方ないのである。


「志門君、こっちよ」


 考え事をしていたらうっかり駅前について変態に見つかってしまった。

 

「……詩になんて言われてるんだ?」

「え?青川さんは来ないの?」

「あ、あの野郎……」

「ふぅん。気を回してくれたんだ。いい幼なじみを持ったわね」

「今言われると嫌味にしか聞こえんわ」


 なんでもかんでも詩の言うことを信用する俺も俺だ。

 あいつは俺の不利益になるようなことは今まで何一つしなかったし、むしろ自分を犠牲にしてでも俺の為にと尽くしてくれたわけで。


 そんな甲斐甲斐しい幼なじみの言葉をどうして疑えようか。

 多分、そんな日は来ないだろう。何度だまされたとしてもだ。


「さてと。せっかくだからお買い物にでも行く?」

「何かほしいものでもあるのか?」

「あなたの愛」

「なんか重いわ!」

「じゃああなたのDNAだけでも」

「急にメンヘラ化するな!」

「ああん!貶して貶して!」

「……」


 思わず「死ね」と言いかけたが飲み込んだ。

 いや、その言葉に躊躇したわけではなく、それをいったら桐島が昇天しちゃうんじゃないかと思ってやめただけだ。


 罵倒罵声は日々の活力。これが変態の矜持だとかなんとか。


 ドエムもここまで拗らせたらブラック企業で働く素質として社会の何かに貢献できるのではないか。

 

 かの作品で登場する携帯型心理診断鎮圧執行システムのような、それもサイコパスではなくドエムを察知して捕獲してくれるド○ネーターみたいな、それこそドエムネーターとかいう機械売ってないかな……


「ちなみに私の犯罪係数はゼロよ」

「地の文を読むな!ていうかそれ逆に危ないやつだからな!」


 多分だけどお前のそれ、測れてないだけだと思うぞ。パンツも穿かれてないわけだし。


「とにかく。買い物って言っても目的ないんじゃどこに行けばいいか」

「指輪を買ってもらいたいけど」

「だから重いわ!もうそのキャラいいって」

「間違えたわ指サックよ。イボ付きの」

「どう間違えるんだよ。ていうかあれ使う時あるのか?」

「ええ。毎晩」

「訊くんじゃなかった……」


 あのイボはそういう用途でも使える、のか?


 ……一応今後の為に覚えておいてやる。


「まぁ百均でも買えるしそれはいいとして。できれば家電量販店に行きたいわ」

「テレビでも買うのか?」

「あなたを隠し撮りしたデータがいっぱいだからUSBを買いたいのよ」

「堂々と盗み撮りを自白するな」

「もちろん柚葉ちゃんのもあるわよ」

「家を撮ってたのか!?」

「家も、と言ってほしいわね」

「ひどくなったわ!」


 結局桐島は「冗談よ」と言って誤魔化したが、真相はわからずじまいだ。


 まぁ携帯を見せろとも言えず、結局言われた通りに家電量販店に行くと彼女はすぐにゲームコーナーへと向かっていく。


「ゲームするんだな」

「そうね。ギャルゲーばかりだけど」

「へぇ。女子でもやるんだなそういうの」

「あなたみたいな立ち絵もなさそうな存在感の薄いヒロインを攻略したくなるのよね」

「失礼な上に性別まで変えるな!」

「性別は変えられるわ、今の時代」

「そういう話じゃない!」


 だいたい立ち絵のないヒロインとか攻略対象に入ってないだろ!


「ええと、これとか面白そう。あ、これも」

「どうでもいいことだけどお前、小遣い多いよな。うちなんて月一万円とかだから」

「それじゃ指名料と交通費がでないわ」

「風俗か!」


 言うまでもないが、店内で大きく風俗と叫んでしまい、さらに相手が女子だったこともあって俺は周りの客や店員から変態を見るような目で見られてしまう。


 ああくそっ、この街で変態扱いされるのがこいつではなく俺になってしまう……


 結局女子がギャルゲーを買うところに付き合わされて、街で一番大きな量販店で変態扱いされてしまった俺はいいことなんてなにもなく店を出る。


「はぁ……お前といると最悪だよ。俺まで変態だと思われてしまう」

「私まで変態みたいに言わないで穢らわしい」

「男だったらぶん殴ってたぞ!」

「ということは志門君はフェミニストなのね。うん、そう言うところも月が綺麗ね」

「普通に好きって言えよ」

「じゃあ好き、大好き」

「……」


 墓穴を掘ってしまった。


 こいつ、、普通一回告白したからって開き直ってそんなに好き好き言うものか?

 

 こう、もっと、なんだ。じっと草葉の陰で待ち構えてだな、俺の返事をいじらしく待つ、とかできないのか?


「電柱の影からあなたの登下校を見守るのがお好み?」

「怖すぎるだろ!ていうか心を読むな!」

「でも見守るのはありかも。うん、明日からそうする」

「やめてよ怖いからさ……」


 変態が本格的なストーカーになってしまいそうになる夜道で、ふと空を見上げた桐島が「月が綺麗ね」と言う。


「もういいからそれは」

「ほんとのことよ。ほら見て」

「ん?ああ……たしかにほんとだ」


 見上げると空には綺麗な月が。

 俺は、その綺麗な月を見てたまたまその感想を述べただけ。


 ただ、本当にそれだけのことで


「月、綺麗だな」


 と言った。


 ただ、そのあと隣で桐島は一言


「オーケーでいいのね」


 と言った。


 意味がよくわからないまま解散して帰宅した頃にようやくその意味を理解して焦る。


 え、俺があいつに告白したみたいになってるじゃん!?


 焦って訂正しようと桐島に電話。だが出ない。


 急いでラインを送る。既読にならない。


 これは本格的にまずいよなと一人玄関であたふたしていると、柚葉が音を立てて二階から降りてきて俺に向かって言う。


「おにい、イリアお姉ちゃんと付き合ったんだって?」

 


 

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