25 何に勝利をしたら勝ち組なのか教えてほしい

 桐島イリアと志門司はデキている。


 この噂は家庭内のみならず学校中にもすぐに広まることとなる。


 昨日、柚葉から「変態と付き合ったのおにい?」(セリフは一部脳内補正をかけています)と言われた時は目が飛び出そうだった。


 すぐに否定したうえで噂の出所を聞くと、桐島イリア本人から柚葉に「志門君に好きって言われちゃった」という内容のラインが送られていたことが判明。


 すぐにこれは間違いだと否定したうえで、本人にラインで「あの月が綺麗は本当に見たままだから勘違いするな」と送ったのに、翌朝の学校では既に何人もの生徒が俺たちの噂を聞きつけていた。


「おい、あの冷血の魔女がついに彼氏作ったらしいぞ」

「まじか。いいなぁその男。勝ち組じゃん」

「それがさ。クラスの志門てやつらしい。あいつ、どうやって近づいたんだ?」


 こんな会話をしながら、皆がずっと俺の方を見ている。

 ちなみにもう一人の主役、桐島は何事もなかったかのように席について本を読んでいる。


 柚葉は中学生だし、この噂を流したのは間違いなく桐島本人しかいない。 

 どういうつもりかと聞いてやりたくなったところで今度は詩が俺のところにやってくる。


「司、やったじゃん!桐島さんについに告白したんだね」

「するわけないだろ。あいつの流したデマだ」

「えー。でも今朝本人が私に『好きって言われちゃった』とか言って喜んでたよ」

「あいつの話を信じるな。俺を信じてくれ」


 くそ。どうしてあの時本当に月が綺麗だったのだ。

 ふざけるな。


 俺は偉人が余計な翻訳をしたことのせいで変態の彼氏などという汚名を背負わされることになるのか?

 何もロマンなんてない。千円札が嫌いになってきた。あ、今は違うのか。


 早く訂正させたいという一心で、休み時間に桐島のところに行こうとすると奴は逃げる。


 俺が席を立つとすぐにどこかに行ってしまう。そして俺が諦めて席につくとまた戻ってくる。


 試しに昼休みに昼飯を食べに行ったふりをして全速力で教室に引き返してみたが、やはり桐島はいなかった。


 あからさまに奴は逃げ惑う。

 そして放課後、ようやくその尻尾を捕まえた。


「おい、どういうことだこれは」

「あ、司」

「勝手に呼び方変えるな」

「え、でも私たち付き合ってるんでしょ?」


 と。平然な顔で話す桐島と俺は今、読書部の部室にいる。


「付き合ってない。昨日のは本当に月を褒めただけだと言っただろ」

「本当に?」

「ああ」

「私の裸も見たのに?」

「あれだって事故だろ」

「私のパンツ何枚も持ってるのに?」

「一方的に渡されただけだ」

「じゃあ、この話全部ばらまいてもいいの?」

「うっ、それは……」


 しまった。俺は変態に弱味を握られ過ぎていた。


 実際交渉のテーブルにつく際には自分がいかに有利な状況を作れるかが重要だと、昨日見た映画で言っていたではないか。


 俺はどうしてこう丸腰でこの用意周到な変態と対峙してしまったのか、今はそればかりを後悔する。


「パンツ食べて裸見てパンツ隠し持ってるのに私と付き合ってなかったらそれこそ志門君、捕まるわよ」

「全部お前のせいだろう。俺は被害者だ」

「じゃあ精神被害を受けたというあなたの主張と性被害を受けた私の主張を法廷で争いましょう。どっちが勝つでしょうか?」

「ぐっ……」


 不利だ。俺が圧倒的不利である。

 クソ、真の男女平等社会というやつは一体いつ訪れる?


「私がダブルスコアであなたに勝つから争っても無駄よ」

「そんな投票制みたいな裁判あるか!」

「じゃあ学級裁判にしましょうか。あーあ、あなたの変態度合いが全校に知れ渡るなんて少し残念だわ」

「お、脅しても俺は屈しないぞ」

「じゃあ落としてあげる」

「へ?」


 一瞬の出来事だった。

 

 俺は桐島にキスをされた。


「ッ!?」

「ん……」

「……ぶはっ!な、何してんだよ!」


 慌てて彼女を引き離したが、桐島は俺を離そうとはしない。


「何ってキスよ」

「そうじゃなくて、いきなりキスするな」

「いきなりじゃなかったらいいの?」

「そ、それはだな……」


 いかん。さっきのキスが強烈すぎて頭が働かない。

 というより俺のファーストキスが奪われてしまった。


「おい、俺初めてだったんだぞ」

「奇遇ね、私もよ」

「し、知るかそんなの」

「でも、ドキッとしたでしょ?」

「……し、知らん!」


 俺は桐島の肩をトンっと押して距離をとった。

 そして部室から出ようとするとなぜかドアが開かない。


「あ、あれ……?」

「鍵、ぶっ壊しといたから」

「何やってんの!?」

「それより、続きしない?」


 変態が開き直って俺に迫ってくる。

 もはや貞操の危機だ。


 しかし、人間極限までピンチになると逆に冷静になったりするもので。

 なぜかこんな状況なのに今日の噂の出所について考えが及んだ。


 てっきり目の前で俺に迫ってくる銀髪変態美女かと思っていたがこいつにはそもそも噂を流す友人がいない。


 だからおそらく違う。

 逆に、学校でインフルエンサー的な立場であり、且つ桐島から情報を仕入れることのできる人物と言えば……


「あ、詩か!」

「な、なによ急に」

「噂、流したの詩だろ」

「さぁ。私は彼女に『この噂を五人以上に広めないとあなたは不幸になるわ』といっただけよ」

「それのせいで俺が不幸になってんだけど!」


 不幸の手紙ならぬ不幸な嘘であったというだけの話だった。


「詩のやつ……」

「それより、さっきの続きしましょ」

「しない。続かない」

「え、やっぱりキスよりパンツ被る方がいいの?変態」

「どっちも嫌なの!」


 この後。鍵が壊された扉を開けることに必死になりつつ迫りくる変態を交わす作業は困難を極め結局最後はドアを蹴り破る羽目になり、先生にそれはそれはこっぴどく、俺だけが怒られましたとさ。


 

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