31 変態がバーベキューに参加するそうです
ついに、俺は禁忌に足を踏み込みそうになっている。
先刻。あの変態を可愛いと、ちょっといいじゃないと思ってしまった。
帰ってしばらくしてもその胸の高鳴りは治らず、何故か俺は今、桐島のパンツをベッドの下から出して手に取っている。
……誰も見ていない。
ということは嗅いだとしてもこれは完全犯罪。
ゴクッ……
いや、冷静になれ。
一度向こう側に行ってしまったら二度と戻ってはこれない、そんな気がする。
でも、一度くらいなら誰でも経験あることなんじゃないか?
も、もちろん童貞の俺には知る由もないがきっと世間の大人たちはこんなことより酷いことをたくさんしているはずだ。
だから一度くらいは……
「おにい、ちょっといい?」
「だーっ!ダメダメちょっと待って!」
慌ててパンツを引き出しの中に入れていると柚葉がまた勝手に部屋に入ってきた。
「……なに慌ててんのおにい」
「い、いやなんでも……それよりどうした?」
「イリアお姉ちゃんからもらったお土産の魚介を使ってね、明日バーベキューしないかって話に詩お姉ちゃんと話してて。誘ってみてくれない?」
「バーベキュー?」
バーベキュー。BBQと書くのが正解なのかもしれないがこれは言わずもがなアウトドアイベントの王道である。
リア充男女が休日に海辺で開催してパリピなことをしているイメージを勝手に俺は持っている。だから正直こういうのは好きじゃない。
それにメンツは実の妹に幼馴染に変態。
このラインナップで食事することがどれだけリスキーで疲れるかは先日身をもって知ったばかりだ。
だから気が進まない。
「なぁ。別にお土産なんだし家でおいしくいただいたらいいんじゃないか?」
「でもひなちゃんにはもう声かけちゃったし。詩お姉ちゃんもいいって言ってるんだからやろうよ」
「ま、まぁ……ってひなちゃんとは誰ぞ?」
「私の親友の高宮ひなたちゃんよ。何回も家来てるでしょ?」
でしょ、とは言うけど柚葉の友人はあまりに数が多いので正直誰が誰だか一切把握していない。
それに陰キャラ路線の俺が陽キャラ軍団の中学生女子たちと顔を合わせるなんて地獄でしかなく、彼女が友人を連れてきている時はずっと部屋から出ることもない。
で、結局友達とやらがくるの?めっちゃ気まずいじゃんか。
「桐島には声かけておくから女子だけでやれよ。俺は遠慮する」
「まじノリ悪いおにいキモいんだけど。いいからさっさとイリアお姉ちゃん誘えや」
結果は言うまでもなく。俺は柚葉に脅されて桐島に電話。そして二つ返事で変態は了解した。
最後の方で「私のアワビも―――」とか言っていたので強制的に電話を終わらせたが、結局明日桐島はバーベキューに参加することになった。
もちろん俺も、だ。
柚葉は俺が参加しないことを許さない。もし来なかったら家を追い出すとまで言われたので明日はバーベキューをすることになった。
最も、明日は朝から出版社に行って原稿を渡す仕事があるのと、翌日はタムッチ先生との食事も控えているため準備もろもろは彼女たちに任せることにした。
柚葉が部屋を出て行ってから一息ついていると、引き出しの中からはみ出した白い布に目がいく。
そういえば俺、さっき桐島のパンツを嗅ごうとしてたんだっけ……
い、いや正確にはどうしようかと迷っていただけで、決して嗅ごうとしていて妹に邪魔されたとかそんなんじゃないぞ。
うん、でも柚葉が来なかったらヤバかったかも。
だって、桐島の奴が今日はちょっとだけ可愛かったんだし。
……いや、あれは演技だ。
あいつが先生たちに演技して部費をだまし取っていたのを見たじゃないか。
俺は騙されない。
だから嗅がない。
あいつのパンツには……興味なんてない!
◇
翌朝。俺は原稿をもって出版社に行く準備をしている。
昨日は結局桐島パンツを再びベッドの下に封印してから就寝した。
目覚めた時には冷静になっていて、どうして昨日あんなことをしようと思っていたのかと自己嫌悪に陥ったりもしたけど、人間誰しも一時の気の迷いはあるものだとして昨日の自分を正当化したところが今である。
ふう。
久しぶりの出版社への訪問とあって少し緊張する。
スーツなど持っていないので、自前のジャケットを羽織ってから家を出る。
そして電車に乗ること一時間。
都市部に出てからオフィス街を歩いて出版社に到着する。
「おはようございます」
事務所に顔を出すと、慌ただしそうに社員の人たちが編集作業に追われていた。
そして俺の姿を見て、ひとりの男性が俺の方に来てくれる。
「ツカサ先生お疲れ様。アポイントなんてめずらしいけどどうしたの?」
「いえ、ちょっと見てもらいたいものがあって」
俺の担当者である大崎さんは、現在入社二年目の二十四歳で弟のように俺の事を可愛がってくれている。
俺の作品を特別賞に推薦してくれたのも彼とのことで、まだ若いのに社内でも信頼を勝ち取っているエリート編集者の彼に認めてもらっている俺は本当に恵まれている。
早速彼と会議室に入って、タムッチ先生が書いた原稿を出す。
「これ。実はあのタムッチ先生と共作で作ってまして」
「おお。すごいじゃんか見せて見せて」
大崎さんがじっくりと。その原稿を読みながら静かに目を凝らしている。
この時間がいつも緊張する。
どんな反応をされるんだろうとビクビクしていたが、案外その答えは早かった。
「いいじゃんこれ。早速上にあげてみるよ」
「え、ほんとですか?」
「うん。このヒロインの子のエロさとか俺好きだなー。でも、部屋でノーパンだなんて大胆な発想はどこから沸いてくるんだよ」
大崎さんが、ちょうどヒロインが部屋でパンツを穿いていないことが発覚するシーンのところを指さしながら笑う。
俺は思わず「実体験です」と言いかけてやめた。
高校生が一体何をしてるんだと思われるだろうし、そんな奴が周りにいると思われるのも恥ずかしいからである。
あっさりと企画が通ったので、帰って早速タムッチ先生に報告しようと急いで電車に飛び乗った。
よかった。という気持ちと、明日これで堂々とタムッチ先生に会えるという期待感で電車に揺られながら俺の心は弾んでいた。
しかし、家に戻ると一気にテンションが下がる。
玄関の前で変態に遭遇したからだ。
「あら、どこかに行ってたの?」
というのはもちろん桐島。
今日は私服姿で、手には大きな紙袋を下げている。
「ああ。出版社に原稿をな。ちょっとタムッチ先生に連絡するから」
「へぇ。仕事してるんだ。で、明日早速その先生と会うの?」
「な、なんで知ってるんだ?お前まさか」
「勘よ。女の勘。まさか本当とはね」
桐島はクスリと笑う。
本当に勘なのか?どっかで盗み聞きしてただろ絶対。
「三人目のヒロインの登場というわけね」
「よくわからんけどお前は入れるなよ」
「私がメインでしょ。他は噛ませ」
「言い方最悪だな!」
とまぁ。玄関先でいつもの通りやり取りをしていると柚葉が出てきた。
「あ、イリアお姉ちゃん!早かったね、入って入って」
妹は、実の兄におかえりの一言もないまま変態だけを家に招いていた。
寂しいを通り越してお兄ちゃんはもう情けないよ……
「今日はバーベキューね。楽しみだわ」
玄関で靴を脱ぎながら、桐島は俺の方を見ながらそう話すと
「今日は逃がさないから」
と続けてリビングに向かっていった。
……どこまで本気なんだあいつは?
しかしまぁ、昨日は不意打ちで惑わされたがあの様子を見ている限り、今日も桐島は安定して変態だ。
俺も取り乱すことはないだろう。
準備をしてから庭で早速火をおこすということだったので、俺は先にタムッチ先生にメールをした。
するとすぐに返事が来て『よかった!じゃあ明日はお願いしますね♪』と実にほっこりする普通のメールが届いた。
それに返事を入れてから、柚葉に呼ばれて部屋を出ると詩と桐島がリビングで話をしていた。
談笑といった雰囲気。とても楽しそうだけど何の話してるんだ?
「あ、司。今日はよろしくね」
「ああ。やけに楽しそうだな。なんかあったのか?」
「だってイリアちゃんのお父さんと司がエロゲー談義で盛り上がってたって話聞いておかしくってさ」
「……いやいや違うよ!?」
桐島は随分と着色した形で先日の桐島家訪問についてを詩に語っていた。
母にメロメロで、父とエロゲー談義で盛り上がって、終いには桐島の部屋で人に言えないことまでしたような感じになっていた。
「おいお前、嘘つくなよ」
「嘘じゃないわよ。だってパンツトークでみんなで盛り上がって」
「言わんでいい!」
なんかもう無茶苦茶だった。
詩の中では俺が変態すぎて桐島がそれに寛容な精神で付き合ってくれているという構図が出来上がっていた。
最悪だよ。うっかりパンツ嗅がなくてよかった。
「じゃあみんな外いこー。もうすぐひなちゃんもくるし」
柚葉が声をかけて詩がまず外に出て行った。
追いかけるように俺も立ち上がると、桐島が袖をクイッと引っ張ってくる。
「なんだよ、早く行かないと」
「今日は可愛い女子が三人いるわね」
「柚葉の友達が来たら三人だな」
「あら、詩ちゃんは可愛いと思うわよ私」
「お前を除外したんだよ!」
一体何の話だよ。
「それが言いくて呼び止めたのか?」
「いいえ。もっと大事なことよ」
「……」
また。告白でもされるのかと少し覚悟はしたが大丈夫。
不覚にも昨日の夜道での告白には少し心を揺さぶられたが今は我が家。
しかも詩や柚葉がいるわけでなんの問題もない。
「どうした、早く言えよ」
「女が三人集まると
「だからなんなのその話!?」
全く持って意味不明だった。
くだらない話を聞かされてから庭に出て、俺は女子三人とバーベキューの準備を始めた。
すると、柚葉のお友達という女子が一人、我が家にやってきた。
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