第14話 砂上の追跡者

 東の言葉に、嫌そうな顔をする運転手。

 しかし、拳銃の存在に気づいたらしく、すぐさま頷いた。

 迷いなく頷いたのは、やはり仕事よりも自分の命を優先させたからだろう。


 誰でも、自分の命の方が大切だろう。当たり前の反応ではある。


 そして、ゆっくりと、しかし、すぐに最高速度で突っ走るトラック。

 だが、目的地が定まっていない今、

 メモリとの距離を詰めることができているのかと言われれば、怪しいところであった。


 運転手は迷いなくトラックを進ませる。

 のだが、行先が分かっているわけではない。当然、知らないのだ。

 分からない事を東に聞くことで、殺されてしまうのではないか、という恐怖から、自己判断で動いているわけである。その判断が、後に自分の命を落とす結果になってしまうのだが――。


 ただ――運転手は、自分を犠牲にして、メモリを助けたと言えるかもしれない。


 運転手の暴走走行は、メモリが向かった先とは、まったくの真逆であった。


 もしも、まだ上司との電話が繋がっていれば、すぐに指摘されたとは思うが。


 だが、既に切ってしまっている。指摘など、誰もしてくれない……。

 東は、自分からメモリとの距離を開けていることに、まったく気づくことがない。


 のん気に鼻歌を歌いながら、窓の外を眺める。

 この鼻歌も、決定的な失敗に気づくまでのことである。



 およそ、三時間。

 そこで、東は自分の間違いに気づく。

 それも、自力で気づいたのではない。

 上司からかかってきた電話によって、気づかされたのである。


 取り返すのは難しい失敗。

 東自身も、その失敗は自分のせいなのだ、と分かってはいるのだけど……理不尽にも東は、その苛立ちを運転手にぶつけてしまっていた。


 現状を理解するために、一度トラックを止め、外に出る二人。

 そして、東が威嚇のつもりで撃った弾丸は、運悪く真っ直ぐに運転手の眉間を撃ち抜く。

 そのまま眉間を掘り、向こう側へ突き抜ける。


 一瞬のこと過ぎて、運転手も自分が死んだことに気づくのが少し遅かった。


 一秒にも満たない時間の後――、黒目がぐるりと回り、白目になる。

 ばたりと後ろに倒れる運転手からはもう、生命力がなくなっていた。


 すると、東が「あ、」と声を出す。


 間違って殺してしまった。

 その程度の軽い気持ちが全面に押し出されている声だ。 


 さて――どうするか、と、東はすぐに切り替える。


 一度、街の外に出てしまったので、助けを呼んだところですぐに来るとは思えない。


 そもそも、人が全然いない。

 それに、メモリを追うという目的がある今、

 のん気に人を待つなんてこと、東にはできそうもなかった。


 なので、今ある選択肢の中から決めるしかない。

 というか、一つしかないが――。


 それは、東がトラックを運転する、ということだ。

 ただ、免許など持っていない。

 知識も経験もまったくのゼロ。右も左も分からない、初心者以下で、素人以下だ。


 そういうことなのだが――、しかし。


「……でも、他に方法はないよなあ。

 ――ちっ、こんなことならこいつを殺さなければ良かったよ。いや、殺そうと思って殺したわけじゃないから、こんな言い方はおかしいかもしれないけどさ――」


 と、言い訳をしながら、仕方ないな、と、肩をすくめ、東は運転席へ。


 助手席とは違う光景に、少し戸惑う。

 それもあるが、それ以上に、色々なものが目の前にあって、わけが分からない。


 ハンドルはさすがに分かる。しかし、レバーとか、スイッチとか――もう意味が分からない。

 どうすればいいのか、まったく分からない。

 いや、ごちゃごちゃと考えていても仕方ない。ここはテキトーに、勘で、やるしかないのだ。


 動かすにはどうすればいいのか――まず、エンジンがかからないのだが……、


 そのレベルで躓いている。

 というか、いつの間にエンジンを切ったのだ? 

 そんな疑問があるのだが――今は、どうでもいいか。


 まあ、普通に考えれば死んだ運転手なのだろうと思う。

 なら――、

 なんとなく、東は地面に転がっている死体に、意識を向ける。降りて、手を開かせる。

 すると、鍵を握り締めていることに気づく。……なんの鍵なのだろうか。


 家? か。いや、しかし――試してみる価値はある。


 運転席に戻り、ふと目に入った穴に、取ってきた鍵を挿す。


 すると、エンジンがかかった。豪快な音を立て――、

 人間で言うなら――やっと、心臓が動いたような感覚。

 同じような現象が、トラックの中でも起こっている。


 なんとか起動した。

 ――ふぅ、と東が安堵の息を吐く。


 動けばこっちのものだ。

 思いながら、東は慣れない手つきでハンドルを握る。


「確か、これを踏むんだったな。

 しかし、こうして見てみると、俺じゃない誰かが運転しているのを思い出してみても、案外やっていることってのは簡単で、誰でもできるようなものなんだなあ――」


 言いながら、力強くアクセルペダルを踏む。

 遠慮なく、爆発的に加速するトラックは、メモリとは反対の方向へ進み――、しかし、すぐに慣れたのか、方向が真逆になるように半回転して、

 なんとか、メモリが去っていった方向に進むようになった。


 今のは練習だ。

 しばらくすれば、自由自在に使いこなせるだろう。


 遅れを取り戻すように、トラックが進む。


 やっと、仕事を始められそうだった。


 ―― ――


 しばらくすると、運転に慣れてきた。


 運転は長時間にもなる――。


 そのため、少なからず精神が削られていき、

 集中力もだんだんと切れてくる。運転も、無意識に蛇行運転になる。


 まあ、いま進んでいる道は、砂漠にある道路だ。

 障害物はなく、他に走っている車もいない。

 人だって、まったくいない。なので、多少のミスをしたところで、大丈夫だろう。


 視界に広がる砂上を見つめる。


 東は、上司の言葉を思い出した――。


 メモリが向かった場所は、『澱切』という名の街らしい。

 東もその街は、知っていた。


 知り過ぎているくらいに、知っている。

 その街に行くのは、あまり気が進まない。


 できれば行きたくない。

 子供のようなわがままを、実際に口に出してしまいたくなる。

 しかし、さっきも言った通りに、これは仕事だ。文句を言える立場ではない。


 上司に言ったところで、

「はい、行かなくていいですよ」と言われるわけがない。

 結局、粘ったところで意見は却下される……どう足掻いたところで、行かなくてはならないのだ。交渉など、するだけ無駄である。


 行くしかないのならば、前向きに考えよう。

 早く帰ることだけを考えればいい。


 そう考えていると、街が見えてきた。


 それにしても、長かった――と思う。

 東も真剣に追いかけていたのだが、一度ついた大きな差を埋めるのは容易ではない。

 メモリとの到着の差に、一日に近い違いがあっても、仕方のないことである。


 なので、街に着いたところで、メモリを捜し出せるのか、という不安はある。

 まあ、まずは『澱切』に入ることを考えるべきか――と意識を切り替えた。


 とりあえず、今、左右に乱れているこのハンドルを、どうにかして抑えなければいけない。


 やることは山積みである。一つずつ、片づけていこう。


 だからまずは――、



 目の前に見えている、澱切へ続く門。


 そこに体当たりをしようとしているこの状況――さて、どうしようか。



 東は冷静に、


「いや、このまま突っ込んでしまおう。

 こんなことで門が破壊できるわけもねえが……まあ、やるだけやってみるか」


 そう呟き、ハンドルから手を離す。

 その時、離した手が少し当たったのか、ハンドルが不意に、ずれてしまう……。ハンドルが激しく動き、同じように、トラックもまた揺さぶられる。

 門に突っ込むはずだった軌道が変わり、隣の小屋に突っ込んでしまう――。


 さすがに、東もこれには予想外と言うしかない。

 衝撃に備えて、体を小さく丸める。


 そのおかげで、衝撃と轟音には耐えることができた。


 思わず瞑ってしまった目を、開ける。

 視界の先は、瓦礫の山になっていた。


 どうやら、警備員の小屋を破壊してしまったらしい。


 そして――気づく。

 東だったからこそ、気づけたのかもしれない。


 人を、轢いた。殺した。下敷きにして、絶命させている。


 事故だ。事故であるけれど――ここで、

「これは事故です」と言って、済むとは思えない。

 怒りを蓄えているのだろう。轢き殺したのとは別の警備員が、こちらを睨んでいる。


 東にはそう見えているが、果たして――、

 いや、見えている景色は、間違いではない。


 これは、下手に言い訳をしない方がいいだろう。

 だからと言って、相手よりも下手に出るのもあまり良くはない。


 前提として、それは自分が嫌だった。

 東は反省の色なしで、扉に手をかける。


 話し合いで解決するはずがない。

 話し合いで無理ならば、必然的に、争うことになる。

 殺し合いだ。


 東は、だが、それでも――、それでもいいと思っていた。

 逆に、そっちの方が分かりやすい。


 だから、東は「ふっ」と笑い、

 トラックから外に出て、警備員に言い放つ。


 ここまでくれば、徹底してやる――。


 悪を、徹頭徹尾、演じ切ってやる。



「おい、そこのお前。質問をするな、文句を言うな。

 いいから黙って俺に従え。

 面倒くさいから手短に言う。――この門を、開けろ」

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