第6話 謎の少女

 すー、すー、と寝息を立てている。

 その寝顔を見ていると、さっきまでこのトラックが襲われていたなんて事実、きれいさっぱりに忘れてしまいそうだ。


 それにしても、中にいたのならば、衝撃で怪我をしてもおかしくはないものだが――、

 けれどもこの少女、体にはまったく、傷の一つもついていなかった。


 体だけではなく、着ている服装にも傷はなく、汚れすらもなかった。

 新品同様のまま、衣服は少女を包み込む。


 明日希は、荷台を覗いたまま動けないでいた。状況を考えれば、眠っている少女を起こせばいい、はず。それが正しい判断だとは思うけれど。


 だがこの寝顔を見てしまうと、たとえ起こすことが正しいとしても、躊躇ってしまう。


 すると、覗かれている、という視線を感じたのか――、少女の体が、僅かに揺れる。


 目が半開きになり、意識は、不完全だが、覚醒。体も半分ほど起き上がっていた。


 体に毛布などかけられていないのだが、少女は毛布をどかす仕草をし、手になにも触れないことに気づき、驚いていた。


 寝ぼけながらも忙しい対応である。


 すると、毛布ではないが、体の下に敷いてあった布の存在に気づく。

 少女は布を抜き取り、体に巻きつける。

 ピンク色の、派手で目立つワンピースを隠してから、立ち上がる。


 木造の家と同化してしまいそうな色の布を被ると。不思議と、景色に溶け込んでいる。

 そして、荷台から移動。明日希の横を通り過ぎようとして――そこで。


 少女の視線に、しっかりとした意識が宿る。


 明日希の存在をすぐさま認識。咄嗟に、少女は五歩ほどの距離を、一歩で潰した。


 明日希としては少し傷つく対応ではある。だが、まあ、寝起きにしては良い判断だ。 


 もしかしたら、出会った人の全員に、例外なくこういう対応をしているのかもしれない。


 刻み込まれたような対応の早さなので、明日希はなんとなく、そう思う。


 桃色の、肩を少し過ぎたところまで伸びている髪の毛。

 明日希も、髪の毛で言えば人のことをとやかく言えるわけではないけれども。

 しかし、それでもこの少女のことは、『珍しい』と思った。


 この街の人間ではないことは確実。

 だからと言って、一体どこから来たのか。それはまったく分からない。


 とりあえず、


「体、大丈夫か? 怪我とかはないか?」


 見て分かることを聞いてみる。


 外傷はない、はずだが、内側は見ただけでは分からない。

 だからこそ、聞いたのだ。


 少し不審な目を向けながらも、少女は、「……大丈夫」と反応する。 


 やはり、警戒は解かれていないようである。

 まあ、そうか。明日希も納得している。


 睨みつける一歩手前のような視線を、ずっと向けられている。

 敵意剥き出し、よりは全然マシである。


「大丈夫ならいいんだよ。怪我とかしてるなら病院に連れて行こうかと思ったけど。ま、どうやら必要ねえようだし。俺は別に、お前になにかをするつもりもねえからさ。

 だから安心して、その睨みつけるような目を向けるのをやめてくれ。

 そんなに緊張してると、お前だって疲れるだけだろ」


「…………あなたを味方か敵か、判断できるまでは、警戒は解けない。

 小動物になりすましている肉食動物って、結構その辺にごろごろといるものだから。

 と、私の知識がそう歌っているから」


「あ、そう。お前自身のことだから、別に強制はしないし。

 こっちは単なるアドバイスをしているだけで、そこからどうするかはお前次第だからさ。

 お前がそう決めたのならそうしろよ。文句は言わねえ。つまり、好きにして」


「言われるまでもなく、私は私の信じるように道を進んで――」


 と、そこで。


 言葉の途中で、少女の腹が大きく鳴り響いた。

 中にいる虫が、食料をくれくれ、と暴れているようであった。

 音的に、小腹が空いた、のレベルではない。

 何日間も食べていない時の腹の空き具合である。


 少女の顔が、みるみる赤く染まっていく。

 顔を俯かせて、目を逸らしている。


 ついでに警戒も解いてくれたようだ。

 無意識に、強制的に。しかし、そのせいで緊張が無くなったのか……、

 少女は張った糸が、ぴんっ、と切れるように、意識を飛ばす。


 体の重心がずれる。

 背中から地面に倒れる少女。


 人体の大事なところを打つかもしれないと思った明日希は、素早く地面と少女の間に入り込む――腕で背中を支え、そのままお姫様抱っこのような体勢になる。完全に、偶然である。


 この状態を、もしも錬磨達に見られたら、変な誤解を招きそうだなー、と考える。

 だが、そんな都合良くいくわけないか、と甘く見ていると、


 最悪の展開。


 ぽたぽたと、拳から血を垂らしながら――目の前に、錬磨が立っていた。


「…………自分は、なにも言わないっす」


「ふざけんな! いつもいつもうるさいお前がなんで今はなにも言わねえんだよっ! 

 喋れよ、冗談を言えよ! その優しい感じはなんかリアルだろうがっ!」


 明日希が叫ぶ。


 それに反応し、呼ばれるようにして、錬磨以外のメンバーが集まってくる。


 明日希を見た少年達は、全員が全員、反応が錬磨と同じだった。

 明日希は両手が塞がっているためにできなかったが、頭を抱えたい気分であった。


 それができないからこそ、

 明日希は夜空に向かって叫ぶという行為で、今日の夜のイベントを終幕へ導いた。


 小さな叫びが、空気を伝わり、波紋のように響き渡る。

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