第5話 荷台の中には

 それから、小太り少年の寝顔を崩すようにして、優しくないビンタをお見舞いした。


 失敗なんて、すぐに忘れろ。そう、言うように。

 明日希はステージを切り替える。


「ん、ぐ、んあ……」

 声を漏らして、目を開ける小太りの少年。

 眼球に、人工的な光を染み込ませる。


 そして、目の前に明日希、錬磨――、その他、大勢がいることに気づいたらしい。

 慌てて逃げ出そうとする少年だが、さっきの拷問の時に負傷した足のせいで、離脱することは叶わない。


 無様に横転。自分からピンチに飛び込んだようなものだった。


 そして、巣に入ってきた餌を眺める雛鳥のように。

 錬磨を含む少年達は、目をきらりと光らせる。

 そこで明日希は慌てて、両手を広げ、全員を制止させる。


 今度こそ、きちんと情報を聞き出さなければ。

 これ以上の作業は、明日希でも嫌になる。


 それを理解した少年達は、静かに眼光を通常へと戻す。

 そして、それぞれがそれぞれ、暇潰しの作業に没頭する。

 ここから先は明日希の役目。

 それを分かっているので、全て明日希に任せているらしい。


 隣に残っているのは錬磨だけだった。

 しかし、明日希としては、一番暇潰しに没頭してほしいのは、他でもない、錬磨だった。


 トラブルメーカー。一角錬磨。


 彼は、明日希の隣から動く気はなさそうである。


「…………」


 待機していろ、と言いたかったが――、

 けれど、錬磨に言ったところで命令に従ってくれるとは、思えない。

 なにかと理由をつけて、隣にいそうなものである。


 本当に格上だと思ってくれているのか、と少し不安になったが。

 だが今までの対応を見ていれば、慕ってくれているのは嘘ではないだろう。


 なので、まあいいか、と判断。

 錬磨を連れて、小太りの少年の元へ。


「逃げるなよ。別に、食おうって気はまったくないんだから。いや、嘘じゃねえよ? 

 隣にいるこいつはお前のことを食いたそうな目で見ているけどよ、でも俺は、別にお前を食おうとか思っているわけじゃねえから。だからそんなに怯えるなよ、おい」


 少年の表情は、恐怖に染まっていた。

 そこまで怯えられたら、こちらとしてもやりにくい。


 だがここは心を鬼にして。少年に詰め寄り、問い詰める。


「なんであのトラックを襲った?」

「…………金、だよ」


 一番分かりやすく、一番、悪に手を染めやすい動機を言う。


 しかし――先ほど調べたことなのだが、トラックの荷台には、特に金目の物はなかった。

 木材やら、工具やら。建築に使うような材料ばかりで、売ったところで大した額にはならないだろう物ばかりだった。


 それでも少年は、金が欲しかったんだ、と。自分と仲間の動機を言う。


「おれ達には家がないんだ。それに食料だってない。毎日、生きるのだって必死だ。なにかをしなくちゃ、盗難でも襲撃でもして金を作らなくちゃ、生きることもできないんだよ。

 だから、このトラックを襲ったんだ。――なんだよ、文句でも、あるのかよっっ」


「いや、文句は、まったくないんだけどよ。しかし分からねえ。さっき見たけど、荷台の中身は木材に工具だったぞ。これでどうやって金を得るんだよ。

 お前らが工事を引き継ぐってのか? それなら金は入るだろうし、その道も間違ってはないんだろうけどさ――」


「……そうなのか? 荷台の中身が木材と工具だったなんて、そんなの聞いてないぞ。

 おれ達はあのトラックに重大な荷物が入ってると聞いたから、だから襲ったんだよ」


 荷台の中身を、はっきりと理解しているわけではなかったのか。


 意外に穴が大きい計画である。


 まあ、所詮は子供がやったことである。

 完璧な計画など、実行できるわけがないが。


「……じゃあ、聞くが。お前らは一体、誰から聞いたんだよ。その誤情報をよ」


「情報提供者のことはあまり知らないんだよ。あまりというか、まったくと言っていいほどに全然知らない。名前くらいならなんとなくで覚えているけど。

 確か……【ナノ】とか言っていたような……。

 名前だけで、どこの誰かとか、容姿はどんなのかと聞かれても答えられないぞ?」


「……ああ、名前だけでも分かれば充分だ」


 明日希は言われた名前を、頭の中で繰り返す。


【ナノ】――。


 聞いたことがある名前だった。

 薄らと、記憶の片隅に残っているものを引っ張って考えてみれば。


 確かこの名前――ここ、砂漠ではないもっと遠くの、海の付近。


 そこの近くの都市で有名な名前だったのではないか。

 と、思うが――正確かどうかは、分からない。


 会社やチームの名前なのか。それとも個人、誰か一人の人間の名前なのか。

 まったく、予想もつかないところだが。

 けれどこの名前は、聞いていて安心できる名前ではない、ということは確実だ。


 名前から感じ取れる危険。

 関わってはいけない、と本能が警告を出す。


 この件から手を引くべきか、どうか。

 考えて、最終的には継続、と答えを出す。


「ナノ……ね」


 明日希は呟く。


 どこか、遠い場所を眺めている明日希。


 そう、のんびりしていると、


「も、もういいだろ! 質問に答えてやったんだ! これ以上おれに、おれ以外の奴に用はないはずだろう! いいから解放してくれ! もうこんな、トラックを襲撃とか、金のためになにかを襲うとかっっ、そういうことは絶対にしないから! ――もう二度としねえからッ!」


 弱り切っているはずの少年が、精神を無理やり持ち直して、そう言った。


 意識を戻す明日希は、それに答える。


「ああ、いやいや、ちょっといいか。これは勝手な俺の思い込みだから言うけどよ。だからあんまり気にしなくてもいいんだけどさ――。

 俺って、自分から二度としません、って言う奴を信用できないんだよね。二度としない? そんなことを言うくらいなら一度目もするんじゃねえよ、って思うわけだよ。

 その言葉は本物か? 今を逃げたいがために吐いた嘘なんじゃねえか? ま、そんな証拠もねえし、どうしようもねえわけだけどな。

 でも逆も言えるわけだ。その言葉が本当だっていう証拠もねえ。

 だからさ、ここはおとなしく人生、最初で最後だと思ってさ――」


 そこで、区切る。


 言ってから、背を向ける。

 ゆっくりと、歩き、距離を離す。


 そして、入れ替わるようにして、錬磨が少年の元へ、近づいていく。


 狂気的な笑みを顔面に貼り付けて。

 口の形は、上下逆さまの、への字にして。


 ぴくりとも表情を動かさずに、錬磨は少年の顔面に、拳を振り下ろす。


 殴打音を耳に刻みつけながら歩く明日希は、


「一応、この街で一番恐い奴だ。錬磨はな。

 そんな男のお仕置きを受けられるんだから、嬉しいもんだろ。

 簡単に金儲けをしようとした、浅い考えの少年くん」


 誰に聞かせるでもなく呟く。

 少年にさえ、聞かせるつもりはなかったようだ。


 それから何気なく、トラックに近寄っていく。


 荷台を見てみて、特に変化はない。

 よし! と納得し、荷台から立ち去ろうした。


 だが――、ん? と。

 違和感が心の中で拭えない。拭いても拭いても、残り続ける。


 見間違いかと思ったが……、だがここまで目に焼き付いているとなると、幻覚の類ではないのかもしれない。でも、しかし――。


 もう一度、明日希は荷台を見てみる。ここで、なんだ、やっぱりなにもない、と思えればそれで良かったのだが。けれど明日希は見つけてしまう。おかしなものを、しっかりと。



 女の子だった。


 荷台の中で、女の子が眠っていた。

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