第4話 貴重な情報源

 明日希は親指で、後ろに転がっているトラックを差した。

 トラックは横転している。

 荷台に積まれていた荷物は外に放出されていて、修復は不可能と言える状態だ。


 明日希がここに辿り着いたのは、事件が起こってから。

 つまり、このトラックが少年達に襲われている、まさにその時だったのだ。


 襲撃の時の衝撃で、トラックは爆発。

 炎上することはなかったので、それは安心だったけれど。


 それよりも、心配だったのは運転手の存在であった。

 幸いにも、運転手に大きな怪我はなく、掠り傷のみと言った程度。

 しかし、だからと言って目に見えない傷がない、と言えるわけではない。


 もしかしたら、脳にダメージがあるかもしれない。

 最悪、時間が経ってから死亡、ということもあり得る話だ。


 だが、明日希達は運転手の心配をしているものの、それは『とりあえず』の範囲でしかない。


 運転手の救助に向かうほど、すぐに行動を起こすほどではなかったということだ。


 誰も動くことがなかった。

 意識は全て、唯一の、沈む意識の帰還者である、少年に。


「っ…………」


 少年は、痛みを理由に口を閉じる。


 だが、そんな姑息な手が通じるはずもなく。

 錬磨が、少年の肋骨に向かって、拳を突き出した。


 鈍い音が夜空を突き刺すようにして響き渡る。

 少年の体が、数百メートルは吹き飛ぶはずなのだが――しかし。

 そこでぶらぶらと吊るされているままだった。


 だが、意識は吹き飛んでいる。

 体がその位置で、固定されているだけだ。


 理由は、明白。見えている通りだった。


 明日希が支えていた。少年を吊るしている手を、離さずに。

 掴んだままの状態で、錬磨の拳の衝撃に負けずに、手を維持し続けていたからだった。


 錬磨は相当の実力者である。

 その拳を止める明日希も、中々の実力者と言える。


「――って、いやいや、錬磨くん? 今、これに詳細を聞いているところだったんだけど……。

 貴重な質問タイムを邪魔して、しかもそれだけじゃなく相手を気絶までさせるって――。

 本当、どういうことなのお前!」


「こいつ、絶対に口を割らないっすよ。答える気なく、口を閉ざしてましたし。

 見て分かるんですよ。こいつは絶対になにも喋らない。これこそ時間の無駄ってやつです」


 すぐに否定の言葉を探す明日希だったが。

 しかし、少し考え、錬磨の言っていることも間違いではないのか、と思う。

 確かに明日希から見ても、少年の態度には、錬磨と意見が同じだった。


 となると、錬磨の言う通りか。

 しかし、なぜトラックを襲ったのか、との答えが欲しいので、ここでやめることはできない。

 また同じ行動をし、同じく錬磨に止められ、今と同じ状況になるのだろう。


 悪循環。

 負の連鎖。

 さて、どうしようか。


 悩んでいると、珍しく、集団の中にいる一人の少年が、明日希に声をかけてきた。


 右手には荷物があった。

 地面を引きずっている。雑な運搬である。


 よく見てみると、引きずられているのは、人間だった。


 人間。

 荷物ではなくとも、お荷物とは言われているような、小太りの少年だった。


「明日希さん、こいつが全部、知ってるらしいっすよ。さっき脅して吐かせました」


「あ、そうなの? ――というかそいつ、気絶してるよね? なんで連れてきたの? 

 こいつが吐いたこと、お前が知ってるんじゃないの?」


 少年は、「へへっ」と笑って、頭を掻きながら。


「すんません。しっかりと聞いて、耳に焼き付けて。頭の中で整理して、準備万端だったんですけど。いやーなんでですかね。あっちからここに来るまでに全部を忘れてしまって。

 結局なにも分からないままなんですよ」


 と言った。


 反省しているのか、していないのか。

 見た目で判断すれば、していないのだろうな。


 思うが、しかし。

 ここで怒るというのも、せっかく連れてきてくれた少年に悪いと思い、ここでなにかを言うことはしなかった。


 この判断が甘やかしになり、少年達は成長しないままに、同じ失敗を繰り返すようになってしまうのだが――、明日希はそれに気づくことはない。


 気づかないまま――明日希も共に、成長するのみだ。


「はあ……なんだか、詰めが甘いっつうか、なんつうかなー」


 言いながら、だが明日希は失望しているわけではなかった。


 少年達はまだ未完成で、不完全で、失敗をたくさんすることなど、知っているのだ。


 分かっているから――責める気はない。


 だから、



「じゃあ、そいつを起こして、再び全部を吐かせるか」

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