第3話 街の悪ガキ共

 地球規模で見れば極小な存在である、警官の中でも下っ端な存在である男二人。

 彼らが命を落とすその数時間前――、つまりは、真夜中のことだ。

 ほとんどの住民が就寝している時間帯に、『彼ら』は一仕事を終えていた。


 仕事、というよりは趣味の域だ。

 役目を終えたところで金など入らない。

 なのでやる必要はないけれど、これは義務みたいなものだ。

 自己満足みたいなものなのだ、と。


 彼らの中でも一際目立つ青年は、不安定な椅子に座りながら、考える。


 神神かんがみ明日希あすき


 明日希と、仲間である数十人の少年達は、まさに今、自分達よりも多い人数の集団と喧嘩をして、勝利したところであった。


 戦闘の結果、辺り一面は、死体だらけ。

 いや、さすがに殺すまではしていないけれど。


 しかし死体と言っても過言ではないくらいに、相手はボロボロであった。

 手足は動かず、口は利けず。寝転がっているだけの存在である。


 すると、

「う、うう」と死体の中の一人から、呻き声が聞こえる。


 その声が、自分の真下、椅子になっている少年から発せられていることに、明日希は気づいた。相手の事を見もせずに、明日希は夜空を見上げながら、声をかける。


「よ、元気か? んなわけねえか。数十メートルも吹き飛ばされるような攻撃を喰らって、それでも無事な奴なんてのは――まあ、俺らの中にはいるけど――当然、化け物だと思うだろ? 

 見たところ、お前は化け物なんかじゃねえだろうし。見た目で判断するな、というのはよく言われることだけれど、化け物か否かなんてのは見た目で判断してほしいところだしな」


「…………っ」


 意識だけを覚醒させた死体のような少年は、痛みや、それに今の状況のせいで、まったく、冷静でいることができなかった。


 痛みを意識から切り離そうと、もがく、が。その行動は明日希によって止められる。


 自分のことで頭が一杯一杯だったのか。いつの間にか集まっている、自分の敵であり、明日希の仲間である存在に、少年は気づけなかった。


「でさ、ちょうどお前だけが起きたから、お前に聞きたいことがあるんだけどよ……」


 問いかける明日希の言葉を遮ったのは、明日希の次に目立っている、明日希を除けばこの集団の中でも最も発言力がある、坊主頭の少年だった。


「いや、明日希さん。そんなぬるい問答で答えるわけないっすよ。ここは脅して拷問して、人質を取るなり痛めつけるなどして、無理やりに吐かせるのが早いですって」


「え? なにお前ら、拷問とかしてるわけ? いや、さすがに昔の俺もそこまで非道なことはしてなかったと思うけど。一応聞くけど、拷問しようとか言い出したのは誰だ?」


「自分っす!」


 自信満々に、坊主頭の少年が言う。


 雲一つない笑顔。

 明日希は、「はあ……」と溜息をつき、目を塞ぐ。


 なんとなくだけれど、見ていられなかった。

 まるで、子供の育て方を間違った、と後悔する父親のような様子であった。


 そんな反応をしてしまうのも、おかしいことではない。


 坊主頭の少年、一角いちづの錬磨れんま


 彼は明日希を慕い、師匠だと信じ、兄貴だと認識し、行き過ぎれば、父親だと思っている。


 昔から明日希の後ろを歩き、道も、人生も追いかけるような生き方をしていたのだ。


 錬磨からすれば昔と変わらないことだ。普通で、日常で、常識。


 しかし、明日希からすれば慣れるまでには相当の時間がかかった。

 今ではもう、錬磨が近くにいるのは当たり前のこと。

 逆に、いなければ不安になるくらいである。


 そこまで慕われていれば、自然と、明日希も錬磨のことを見守るようになる。


 時には、見守るだけでは足らずに、干渉することもあるが。


 まるで父親だ。


 真っ直ぐに育ってほしい。

 自分のようにはならないでほしい。とは、思うけれど。


 だが錬磨は明日希だけを見ていて、明日希以外を見ていなかった。

 だから明日希が歩いた道を、そのまま追いかけていくという人生を歩んでしまっていた。


 性格に違いはあっても、生きる道は同じ。


 レールは同じなのだった。


 自分を見ているようだ。

 それは、錯覚か、思い込みか。


 デジャヴのような光景を何度も何度も見てしまう。

 明日希は過去に、錬磨を自分の道から追い出そうとした。

 策を練って実行もしたのだが――、

 それでも錬磨は、明日希を裏切るように、明日希の世界に適応していった。


 適応というか、合っている。


 得手、不得手で言えば、前者だろう。


「ここは自分に任せてほしいっす。

 明日希さんの手を汚させるわけにはいかないので」


「自分の手は汚す気満々なんだな。まあ、その気持ちはありがたいし、その心構えは俺も好きだけどよ。でも、それがお前の手を汚していい理由にはならねえだろうがよ。

 つーか、わざわざ手を汚す必要なんてないんだよ。俺はこいつに聞きたいことがあっただけで、別に知らないなら知らないでいいし、知らない振りをするのなら、それでもいいんだよ。

 どうせ一人ずつ聞けばいいことだしな」


「けど、それって面倒くさくないんすかね? 一人目で終わるのなら、一人の方がいいじゃないですか。こんな三十人以上も相手にするのは嫌ですよ、自分」


「いいよ、俺一人でやるから。それと錬磨。一人目で終わるならそっちの方がいいとお前は言ったけれど、だがそうとも言い切れないぜ。確かに、三十人以上から聞き出すのは嫌になるけど、でも、もしかしたら十五人目くらいで、明かされなかった秘密というものが明かされるかもしれないんだぜ? そう考えれば、一人目でやめるというのも、もったいない気がするだろ?」


「なるほどなるほど……それって、隠しステージみたいなものなんすかねえ」


「隠しステージとは限らない。もしかしたら伝説のアイテムかもしれねえ」


 それは凄いっすね! と錬磨は驚く。

 どうやら相手を拷問しない方向で話を進めることに、納得したようだ。

 しかしそれでも、錬磨は少年を睨みつけていたが。


「やめとけ」


 明日希が錬磨を抑える。そして少年の方へ、意識を向けた。


 未だ少年の上に座ったままの明日希は、一度、立ち上がる。

 それから少年の手を掴み、引っ張り上げ、立ち上がらせる。


「うぐっ」


 急な行動のせいか、少年の傷口が開いた。


 しかし明日希は気遣うことはせずに。

 立っている、というよりは吊るされている状態の少年に、問いかける。


「聞きたいことってのは一つだけ。

 ――お前ら、なんでこのトラックを襲った?」

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