第32話 後・前

 衝撃をまともに喰らった二人。

 踏ん張れないこともなかったが、しかし、予想外だったので対処が遅れてしまった。


 爆風をまともに浴びて、当然、吹き飛ばされる。

 そして、風に、いいように弄ばれる――。


 空中でくるりと回転——、体勢を立て直し、二人は地面に着地する。


 視線を真上に上げて、見てみる。

 瓦礫の山は跡形もなく消えていて、塵となっている。


 粉塵が舞う中。

 灰色のカーテンの先。


 そこで動く物体を確認し、それは人間であることを認識した。

 こんな爆発を起こせる者を、人間だとは思いたくはないが。


 ただ単に、爆弾を使ったと考えることもできるけれど。 

 とは言え、

 爆弾を使ったにしろ、平気で爆弾を使える人間をまた、人間とは思いたくはないが。


 と、化け物である錬磨が思っていたところで――粉塵が晴れていく。

 カーテンが開かれ、その先にいる人物を確認した――ところで。


 錬磨は、言葉を失い、息を飲む。


 え…………? と。

 声は出ずに、喉の中で止まったまま、自然消滅した。


 それは、菊乃も同じだったようだ。目の前に現れた『少女』は、二人が知っている人物であった。だが、知っているとは言っても、昔から知っているというわけではなく――仲が良く、絆を感じている関係でもない。

 それに、菊乃からすれば、切り捨ててもいいほどの人物ではあるのだが。


 それでも、錬磨も、菊乃も、驚く。

 少女との関係はそれぞれ違うだろうが――、そんなものは関係なく、ただ、驚く。


「なんで…………?」


 菊乃の、震える声。

 そして開かれる、少女の口。


 吐き出された言葉は、聞くに堪えない、悲痛の声だった。



『%れんjchhd@hcklkjjkl&(khcksls、わjhjたしjhdは』



 ノイズが混ざる。

 それを聞いて――錬磨は。


 戸惑いを混ぜた、疑問を蓄えた――しかし怒りに狂う、錬磨の声が。


 砲弾のようにその言葉は、少女――に、ぶつけられる。


「――なんで……なんでそんな風になっちまってんだよッ! 

 もうそれ、化け物じゃねえかよ、メモリッッ!」


 ―― ――


 メモリがいる場所は、喫茶店のような場所だった。

 メニューを見てみると、コーヒーしかなかった。

 なので、コーヒー専門店なのだろう、ということが分かる。


 コーヒーなど飲んだことがないメモリではあるが、

 しかし、知識としてはきちんと存在している。


 コーヒーは、苦いものである。

 そんな、子供っぽい、知識というよりは感想のようなものがメモリの中には備わっていた。

 分かっているからこそ、

 メモリはカウンターで準備をしているマスターに、悪いと思いながらも、


「コーヒーは遠慮します」


 と伝えたのだが、


「大丈夫。砂糖を入れておくから甘くなるよ。

 ――飲まなくてもいいから、置かせてくれ」


 と言われてしまう。


 そこまで言われて、さらに遠慮をするのもマスターに悪いと思い、メモリは黙って頷いた。

 差し出されたカップには、ミルクと砂糖が入っている。匂いからしてすごく甘そうである。

 さっきまで、飲まない飲まない、と呪文のように思っていたのだが、しかし、現物を目の前に出されたら、決心があっさりと崩れた。手が勝手に動き、コップが口元に吸い寄せられ、

 心が躍り――ずずず、と液体をすする音が、しんと静まる店内に響き渡る。


 すると、


「……美味しい!」と、メモリは素直な感想を漏らす。


 それを聞いたマスターは、口元を緩ませてから、


「そうかい」

 満足そうな表情を作り出す。


 そして、自分用に作っていた苦いコーヒーをすする。

 ふぅ、と落ち着いたようだ。


 そんなマスターを見ながら、コーヒーをすすっていると――、いつの間にか、コーヒーは底をついていた。そこまで、大量に飲んだ自覚はない。

 だからと言って、コーヒーの量が少ないわけでもない。正常な量なのにもかかわらず、すぐに無くなってしまった現象に、首を傾げるメモリ。


 すると、 


「おかわりならあるよ。飲むなら淹れるけど、どうする?」

 と声がかかる。


「あ、じゃあ――いただこう、かな」

 遠慮もせずに、メモリはお願いした。


 自覚しないままに、飲み干してしまうほど――マスターのコーヒーは美味しいのだ。

 貰ってすぐに、一気に飲み干してしまうのはもったいない。


 思ったメモリは、一口ずつ、丁寧にすすって、大事に飲んでいく。

 その様子を見て、懐かしむように、


「そうやって、美味しそうに飲んでくれているところを見ると、あいつらを思い出すよ」


 マスターが言う。


 そして、コーヒーを一口ほど口に運び、飲む。飲み終わってから、話の続きでもあるのかと思って、待っていたメモリだったけれど、それ以上の話はなかったようだ。


 マスターは、店の掃除を始めてしまう。

 完全に、自分の世界に入ってしまった。


 メモリと同じで、マスターも、人とのコミュニケーションは苦手なようだ。自分からは詳しく話さない。話したとしても、要点をまとめただけのような話し方である、と予想できる。

 別に、それでもいいとは思うが……でもメモリとしては、今のマスターの話には興味があった。要点をまとめただけの、簡単な説明で済ませたくなかったメモリは、詳しく聞こうと、マスターに問う。


「『あいつら』って……明日希たちのこと?」


「ん? ああ、そうだよ。この街で暴れ回っている問題児たちのほとんどが――たとえば、明日希や錬磨に菊乃……まあ、他にもたくさんいるんだが、そいつらは――、俺の教え子なんだ。

 とは言っても、学校じゃなくてな。保護施設での親代わりのようなものだ」


「親代わり――」

 メモリは目を伏せる。

 だが、聞いた。

「――明日希たちには、親がいない、ってこと?」


 迷ったけれど、言ってしまった。


 この言葉に、マスターは気分を害してしまったのではないか――と、不安になるメモリだったが、どうやら、マスターは気分を害したわけではなかったようだ。


「まあ、そういうことになる。病気や事故で死んでいたり、そして元々いなかったり――。

 中には、こちらから出ていけと、親という立場から追い出した奴もいたかな。……子供の扱いが酷い親とかな。ダメな大人から保護して、子供を育てていた施設が昔はあったんだ。今はもうないんだが、そこで育った奴らが、明日希たちなんだよ。だから、放っておけなかった」


 だからパチンコ屋で助けたんだよ――とマスターは言う。


「もちろん、明日希がいなかったからって、お前だけが襲われていたら、助けなかったってわけじゃない。子供が困っていれば、大人は手を差し伸べる。

 正解の道に、誘導してやる。

 それが大人の、俺の役目なんだからな」


 マスターは、コーヒーを飲もうとして、中身がもうないことに気づく。

 顔色一つ変えずに、二杯目を注いでいた。


 その作業中に、メモリは、『気になっていたこと』――。

 さっきの戦い、襲撃者の青年について、聞いてみた。


「マスター。さっき、明日希に襲いかかった人がいるんだけど、その人、明日希に向かって、すごく強い――殺意を持ってた。これでもかってくらいに強い殺意。あそこまでの殺意は、とても見ることができない。一生に一度、見れるかどうかくらいの、重さを持っていたんだけど――。

 マスターは、なんであそこまでの殺意を持っていたのか、分かる?」


「…………」

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