第31話 兵器の先に潜む兄

 確かに、最初はパニックになっていた。

 冷静さを取り戻したのも、菊乃の、のん気な対応を見てからである。

 だから、菊乃のおかげ、と言えなくもない。 


 けれど、にやにやと表情を作り出している菊乃に、それを言うのはなんだか嫌だった。

 言えば、間違いなく馬鹿にされ、ネタとして長い期間に渡りいじられる。


 だからこそ、沈黙を貫こうとしたのだけれど、


「ねえねえ」

 と、しつこく言ってくる菊乃に嫌気が差した錬磨は、


「あーもうっ、分かったよ! お前のおかげだお前のおかげ! これで満足かよ!?」


 と言った。

 のだが、菊乃の方は、もう興味がなくなったのか、意識を逸らし、


「ああ、うん」

 そう一言だけ。


 思わず、殴りたくなった。


 そもそも自分たちは戦っていたのだ。蜘蛛の兵器によって中断させられていたけれど、戦いは、まだ続いている状態である。

 今は、こうして一時休戦のような形を取っているが――ただ、誰かが言ったわけではない。

 攻撃してはいけないというのは、暗黙の了解である。


 曖昧なルールの下での一時休戦なので、今ここで菊乃のことを攻撃しても、なにも問題はないのでは? ――とは思うけれど。

 まあ、そんな不意打ちを、しかも女相手に、錬磨はできそうになかった。


 もやもやとしている。

 しているついでに、錬磨は菊乃に聞いてみた。


「なあ――さっき、いきなり出てきたコイツをすぐにぶん殴ってたけど、もしかして飛び出てくるの、気づいてたのか?」


 錬磨の質問に、菊乃は、ふるふる、と首を左右に振って否定した。


「気づいてないよ。ただ、咄嗟に――かな。というか、これが飛び出してきた時に、癖というか、習慣というか……。この兵器、兄貴が作ったものだから。

 だから、体が勝手に動くように、叩き壊そうとしちゃったんだよね」


 ふふっ、と笑う菊乃。

 自然に体が動くなんて、普通はそんなこと、しないはずだけれど――。


 そんなに、恨みが溜まっていたのだろうか。それは、兵器に向けて、なのか。

 それとも、兄貴に向けて、なのか。言葉では判断できなかった。


「椎也さんの兵器か。――だとしたら、なんで俺たちを襲ったんだ? あの人はチームの中でも普通の人で、常識人だと思ってたんだけど。

 この兵器もただの試運転で、仲間を襲うことをするような人には全然見えないし」


「さあ、どうだかね」


 突き放したような、菊乃の言葉。

 その否定の言葉を聞いて、錬磨は、自分が抱いている事実なのか、イメージなのか……椎也に抱いている印象を、信じることができなくなっていた。

 印象を、あらためて見直してみれば、確信を持てるほどに、自分は椎也のことを知っているわけではないことを思い知る。


 知っていることと言えば、兵器好きだということだけだ。それが全てで、他にない。

 なにも知らないのだ。

 だから、ここで菊乃の言葉を否定することはできない。自分勝手なイメージを、強く押し付けることもできない。そんなこと、実の妹である菊乃にできるわけがないだろう。


 菊乃を前にして、彼女以上に椎也のことを知っていると言ってしまえば、彼女から貰えるものは、ただの、地獄行きの片道切符くらいなものである。


 参加賞にしては、重過ぎる。 

 大き過ぎるリスク。

 そこまでの代償を支払い、言いたいことではない。


 それに。

 貰えるものが、その切符だとは限らない。


 菊乃にしては、珍しいものだろうが――、

 表情を歪めて、悲しそうな感情を貼り付ける――彼女の顔、か。


 そんなもの、見たいとは思わない。


「…………」


 菊乃だって、そんな表情をすることがあるのだ。

 いくら人間離れしていると言っても、いくら化け物だと言われようとも。


 言っているのは、錬磨だけだとしても――ともかく。

 そんな顔など見たくはない。

 だから、言うことはせずに、肯定を示した。


「まあ、あの人は、明日希さんや東さん――あの二人と並ぶ、チーム内で実力を持っている人だったけどさ。でも……、あの人だけはよく分からないんだよな。なんだか、ふわふわと浮いているようで、鎖に繋がれないタイプで。いつの間にか、大量に生産しているタイプ。

 いつの間にか、巨大になっているタイプって感じだ」


「兄貴を理解してあげられる人なんて、明日希くらいなものかもね。いや、さすがに明日希でも無理かもしれない……。根本的に、兄貴は道をはずれてるから。

 それは言い過ぎかもしれないけれど、見てる側からしたら、そんなイメージを抱くのよ。

 事実が違っても、本質がどうであれ、

 そういうイメージをこっちに植え付けてくる。そんな男が兄貴なのよ」


 すると、菊乃が、

「そう言えば――」と、言葉をかける。


「錬磨はさっき、男とはそういうもんだ、とか言ってたけどさ。うちの兄貴は、あんたが言ったような男とは真逆だと思うよ。負けることが分かれば――いや、そもそも、勝算がない戦いとか、負けるかもしれない、という可能性が出た時点で、あの人はすぐに逃げる。

 あの人はたぶん、負けなければ負けじゃない、とでも思っているのかもしれないね。勝ちがないのかも。引き分けか、負けの二択。負けは論外だから、あの人の人生はどう転がろうと引き分けにしかならない。

 勝ちを狙っているわけじゃなくて、損得で生きて。引き分け狙いで得を狙い、余裕があって、そしておまけのような、ついでのような感覚で、勝ちを獲りにいっているようなもの。

 ――根性なんて欠片もない、男失格のような男なのよ」


 目の前で、かつて同じチームの仲間だった男のことを、ぼろくそに言われているこの状況――錬磨は、いつもならば「そろそろやめろ」とでも言ってやめさせたのだろうが、しかし、菊乃から滲み出ている、「まったく、あの兄貴は……」という、照れながら侮辱する新しいリアクションに、どう対応していいのか分からなかった。


 どうすればいいのか――行動が不明な状況であった。


「ど、どうすればいいんだこれ!?」


 戸惑う錬磨は、意を決し。

 ここで、椎也のために、侮辱行為をやめさせるということはしなかったが――、


 それとは関係なく、菊乃の言葉に止めにかかる。


 しかし、対応が面倒くさいという理由だけで、この楽しそうに話す菊乃の言葉を止めてしまってもいいものか――悩みどころである。


 まだ、こちらに話が振られないだけマシであると言えるけれど、だが、振られた場合、言うことはなにもないので、テキトーな返事をしてしまうことは、確実である。

 その投げやりな態度に、菊乃は不機嫌になるだろう。これもまた、確実と言える。


 まったく――、ヒーローの称号を懸けたシリアスな戦いは、どうなったのだろうか。


 蜘蛛の兵器が乱入してきてから、互いに戦うことに興味を失くしてしまっている。


 このまま解散してもいいのだが、菊乃の話が、錬磨の足を、地面にしっかりと縫い付ける。


「あの、えーと、キク?」


「――兄貴の作る兵器ってのは、使い方はおかしいものだし、危険だけれどなんていうのかな、フォルムはあたし好みっていうか、可愛くてね、携帯の待ち受けにしてみたい感じなのよね――……ん?」


 話の途中なんだけど一体なんなのよ! という不機嫌の道を真っすぐに全力ダッシュしているような菊乃は、錬磨を睨みつける。


 椎也に向けられている、不機嫌という仮面を被った好意は、やはり不機嫌成分を多分に含んでいたようだ。元からあった不機嫌に、錬磨が作り出してしまった不機嫌が加算され、容量がオーバーしているような様子であった。


 不機嫌を背負う菊乃を見て、錬磨は「うっ」と、数歩後ろに後退する。

 止めなければよかった、という後悔が錬磨の心の内で渦を巻く。だが、あとの祭りだ。


 これ以上ないってくらいに不機嫌にしてしまったので、これ以上の不機嫌が加算されたところで、大して変わらないだろう。そう思い、甘く見ていたけれど……、

 錬磨の次の言葉が、引き金として作用してしまう。


「もうその話はいいよ。――つーか、帰っていい?」


 その言葉が。

 菊乃の怒りを、爆発させる、引き金になっていて。


 その引き金は、引かれたわけだ――けれど。

 その瞬間。


 菊乃が爆発すると同時に。



 山のように積もっていた瓦礫の山が、爆発した。

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