第46話 機械化計画

 強い語調で言う明日希は、東に詰め寄り、

 額と額がぶつかりそうなほどの距離で、意志を確認し合う。


 記憶を失うことに、恐怖がないわけではない。

 嫌な気持ちだって、もちろんある。


 けれど、別に、

 記憶が無くなったからと言って、神神明日希という人間が死ぬわけではないのだ。


 ただ、記憶がないだけで、思い出がないだけで――、

 ただ、人格がないだけで、明日希はそこにしっかりと存在している。


 思い出なんてものは、また作ればいい。

 同じように過ごせば、また、同じように神神明日希という人格が出来上がってくる。

 だから、別にこれでいいと、明日希はそう思うのだ。


 それに、今は自分のことよりも、芹菜のことだ。

 芹菜が生きていてくれれば、明日希はなにもいらない。


 たとえ、命だろうと。

 命よりも、芹菜は重いものなのだから。


「そういうわけだから、椎也。俺のパーツを使って、芹菜を人間に戻してやってくれ。

 俺は、メモリみたいな兵器になっても構わないから――。

 お前が望む、『人間味のある兵器』として生きてやるから。

 だから、芹菜だけは頼む……。――頼む」


『……絶対に、失敗はしないよ』


 明日希と椎也のやり取りに。


 自分はなにもできないのか――と、

 自分を責め続ける行為を内心でしていた東が、口を挟む。


「明日希――椎也!」


 明日希のやり方にも、椎也のことにも文句はきちんとあるが、しかし、

 文句を言ったところで、他に案はない。


 自分が犠牲になることを、案として出したところで、もう遅い。

 明日希は、やると言ったことは、やり遂げるだろう。


 だから、


「――任せたぞ」


 そう、言うしかなかった。

 そうとしか、言えなかった。


「あと、椎也。お前は一発、殴らせろ。改造する時に、お前は一度、出てくるんだろう?

 外に、出てくるんだろう――その時でいい。一発だけ、殴らせろ。

 それで、全部をチャラにしてやる。この一年、全てのことを、無かったことにはできないが、全てを許す。だから、これで終わりだ。そうすれば、あの頃みたいに、戻れるだろ」


『無理だよ。あの頃みたいにはもう戻れやしないさ。

 僕には重過ぎる友情だ――それに』


 すると、偵察蜂が、音もなく空中から地面へ落下した。

 地面へ、着地した。


 着地した、と言えるほどに綺麗なものではなく、不時着の表現がお似合いである様子であった。それと同時に、明日希と東の前には、見知らぬ……、

 いや、少し雰囲気は変わっているが、面影が確かにある――『彼』がいた。



 ――阿波原椎也が、そこにいた。



「え――、お兄ちゃん!?」


 今まで、言葉を挟めず、ずっと黙っていたままであった菊乃が、そう叫ぶ。

 驚きに、錬磨はがまんできたのだが、菊乃は、さすがにがまんできなかったようだ。


 まあ、無理もない。

 こうして椎也が姿を見せるのは、一年ぶりくらいだ。

 東だって、芹菜だってそうだけれど――、

 しかし、肉親、兄貴なのである。態度が違うのも、おかしいことでもない。


 しかし、椎也の方は、そんな菊乃を拒絶するように突き放す。

 いや、突き放すというよりは、近づいてきたところで、菊乃が思う希望には応えられないということだから、遠慮のような様子ではあったのだが。


「悪いね、菊乃。僕は椎也であるけれど、椎也ではないんだよ――。

 これは、僕的の言い方になるんだけど、今ここにいる僕は、『人間味のない兵器』だ。

 メモリとは真逆で、自我はなく、

 遠隔操作か、設定されたプログラムでしか動かない、ただの機械だ」


 ガラクタは言い過ぎかな、と椎也(本人ではないのだけれど、遠隔操作しているというのならば、結局は本人の意思なのだから、椎也で合っているのだろう)が、冗談混じりにそう言った。


 しかし、そんな冗談よりも、

 それより一つ前の『自分は機械である』というネタバラシの方がインパクトが強くて、冗談など、欠片も拾われることがなかった。


「機械って――、じゃあ、お兄ちゃんはどこにいるの!? 

 本当のお兄ちゃんは、どこにいるの!?」


「いやいや、なんだか、この僕が本物ではないみたいになっているけれどさ……ああ、なんだかややこしいな。だから、こうして話している意思は、僕、椎也本人さ。

 ただ、肉体は機械でできているよ、ってことだから。

 ――今、こうして話している相手は、菊乃、正真正銘、お前の兄だ」


「そんなことはどうでもよくて! お兄ちゃんは今、どこにいるの!?」


「どっかの『都市部』――。場所までは、さすがに明かせないかな。明かしたら、お前は突撃してくるだろ。そして、僕のことをぼこぼこにするだろ。

 そんな危険なお前を、わざわざ目の前に誘き寄せてたまるか」


 ぐぬぬ、と拳を震わせながら、思わず殴りかかろうとする意思に堪える菊乃……。こうして堪えているところを見ると、椎也が言っている予想というのは、ほぼ的中していたのだろう。


 さすが、兄妹である。

 妹の行動など、すぐに分かってしまうのが、兄貴である。


 まあ、妹の行動を読めない兄貴も、いるにはいるのだけれど。


「それで、椎也。その遠隔操作で、明日希と芹菜を、助けることができるのかよ?」


「できるよ。できるに決まっている。この僕を誰だと思っているんだい? 

 僕はナノだ。

 ――世界中に聞いてみればいい。僕に失敗はないよ。そして、面白くない成功もない」


 そう言い放つ椎也に向けて、東は笑いながら、


「そうかい」と言う。


 そんな東の隣では、


「え、ってことはなに!? 一年前からずっと、部屋に引きこもっていたお兄ちゃんって、ずっと機械だったってこと!? ――嘘!? 全然、気づかなかった!」


「お前って、なんにも見ていないんだな。馬鹿だよ、バカ――」


 いつも通りの、錬磨と菊乃の喧嘩が繰り広げられていた。


 それを見て、東が二人の仲の良さに微笑むけれど、

 すぐに殴り合いになるところを見て、一気に呆れることになる。


 子供だ。芹菜よりも、全然。


 これなら、芹菜の方がよっぽど大人に見える。


「さて、そろそろいこうか、明日希」


 そう言った椎也は、明日希に背を向けて、どんどんと前へ進んでいく。

 向かう場所は、椎也は言っていなかったが、どうやら方向的に、椎也の自宅らしい。


 昔からのことではあるけれど、椎也は部屋に、人を入れたがらない。


 理由は分からないが、謎が、今回、初めて明かされることになるのだが――、

 しかし、ゆっくりと見るのは、また今度でもいいだろう。


 今回は、そんなことを気にすることができる用事ではないのだ。

 また今度こよう、と、明日希は心の予定表に刻み込んでおく。


 また――くる。


 その記憶が残っていれば、だけれど。

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