第47話 プライド

 椎也のことを、ここで話しておくことにしよう。


 とは言っても、遅過ぎることであるのは百も承知ではある。

 だが、ここで話すべきことが最善だと思ったからこそ、今のタイミングなのである。

 しかし、聞いている側からすれば、別にどこで話したところで、語ったところで問題はない、とでも言うのかもしれないが、それならばそれでいい。

 ともかく、話すべきことは椎也の、失敗についてである。


 椎也の失敗は、数が多過ぎて、数え切れないほどである。

 ただし、ただでは転ばない椎也は、失敗から、成功とはまた違った結果を残すことに、努力をする。だからこそ、失敗を失敗と取ってもいいのか、少し曖昧なのだ。


 言うならば、失敗と成功の境界線に、片足で立っているようなもの。

 時には、片足の位置が成功に近かったり、失敗に近かったり――、

 努力をしたことで、完全に失敗のゾーンに入ってしまうことは、あまりない。

 同じように、完全に成功のゾーンにも入ったこともないが。


 だから、今回、椎也が犯してしまった失敗から、

 完全に成功のゾーンに入ったことは、生まれて初めてのことであった。


 失敗の数々を挙げるとして――、


 まずは、一年前の芹菜を救うことに、椎也は失敗している。

 もちろん、本気で助ける気で東から預かったのだから、それはもう、本気で対処をした。しかし、医学を学んでいるわけでもない椎也に、生死を彷徨う、本物の医者が逃げ出してしまうほどの傷を持つ芹菜を、救うことはできなかった。


 だから、プランBとして、機械化という案を進めるのだが、

 その時に自分の欲望が入り、『人間味のある兵器』を作ってしまう。


 だが、実際問題、特に治療としては、問題はなかった。

 機械として補ったところで――作り変えたところで、結果は大して変わらない。

 芹菜が芹菜として生きられることには、問題がなかったのだ。


 だが、それは設計図の時点では――ということだ。やってみれば分かったのだが、記憶が飛ぶというアクシデントが、椎也の中では、痛く引っ掛かる。


 だからこそ、時間をかけて、ゆっくりと記憶を戻そうと、メモリから芹菜に戻そうと、調整していたのだが――けれど、思いのほか時間がかかり、作業をしている内に、一年が経っていた。


 その最中は、

 椎也も『ナノ』としての活動が忙しく、芹菜のことをよく観察できていなかった。


 その理由で、椎也は、自分そっくりのクローン――、

(これは、椎也に言わせれば、『人間味のない兵器』らしい)を作った。


 彼らに、芹菜や下の者の対処をさせていたおかげで、椎也は、さらに失敗を招くことになる。


 一つは、芹菜の脱走。

 一つは、部下に向けての、勝手な命令である。 


 その辺の不具合が、偶然にも重なってしまったのだ。


 そのせいで、澱切に、芹菜、東、明日希が集合してしまうという、

 フォローができない事態に頭を抱えることになった。


 芹菜は未だ、調整中。

 ここで記憶が戻れば、どうなるか分からないからこそ、すぐに回収をしたかった。


 それに、東や明日希に、メモリを見つけられたら、

 メモリの面影に芹菜がいることに、気づいてしまうかもしれない。


 それに、東と明日希が出会えば、

 決別レベルの大喧嘩が起きてしまうだろう。


 どうしようもできない状況で、椎也は、とりあえずの策で、試作段階である『蜘蛛の兵器』を投入した。しかし、やはり蜘蛛の兵器にも、些細ではあるが、不具合があった。


 当然、上手くいかないのは目に見えていることではあったので、気にすることはなかったが――さて、どうしようかと、問題をまったく消化し切れない状態が続いていた。


 策はなく、諦めるしかなく、

 今回ばかりは、完全に、失敗のゾーンに傾いていた。


 本気で諦めかけていた、その時である――。


 椎也は、一つの策を思いつく。


 それは、やるかやらないかの二択ならば、当然、やりたくないこと一位なのだけれど、今ここで悩んでいる暇というのも、実はないのだ。

 こうしている間にも、もう自分の手など入り込めないような事態に、どんどんと状況が転がっていってしまっているのかもしれない――。


 そう考えていると、自分が嫌だとか、これからの扱いが恐いだとか――、

 そんな、くだらない自分自身の保身のことを考えている場合ではなかった。


 だから、椎也は決めたのだ。


 明日希と東の二人に、自分がしたことについて、嘘を混ぜてネタバラシをする、と。


 そして、二人の怒りのポイントをしっかりと押さえて、自分を敵に見せる、と。


 共通の敵を持つ敵対関係同士は、

 その状況の中で、共通の目的を通して、仲良くなる傾向がある。


 だから、椎也は二人の共通の敵となり、

 明日希と東の仲直り、という策を考え付いたのだ。


 しかし、どうやらその役は、芹菜が代わりにやってくれたらしかった。


「…………」


 芹菜が暴走してくれたおかげで、その戦いの中で、明日希と東は、昔のような関係に戻ることができた。椎也だって、一時は敵として恨まれていたけれど、最終的には、明日希と東の中に入ることができたのだ。


 結局、最初から最後まで、みんなを引っ張っていたのは、芹菜だったのだ。

 原因も、解決も――全ては、芹菜だった。


 芹菜で始まり、芹菜で終わる。


 約一年の、物語であった。


 だから、椎也は、

 そんな芹菜が生き返った後に見せる、悲しい顔を見たくはなかった。


 目が覚めてから、

 明日希の記憶がないなんて事態を、芹菜に見せたくはなかった。


 だったら、やるべきことは、一つである。

 まだ完全ではなく、確実ではないけれど。


 それに、自分を犠牲にするつもりも、もちろんない。


 椎也は、みんなで笑って過ごせる場所を作るために。


 ここは、椎也のようなタイプがすることはないだろう――あの『根性』を使う。


 理論なんて、理屈なんて、全てを吹き飛ばし、

 ただの根性、感情論で、椎也は、今までの技術を全て集めて、意地で戦う。


 明日希の記憶を残したまま機械化するという無謀な手を、

 無理だと、不可能だと、心の中で言われても、椎也は諦めることなく、手を動かす。


 全ては、皆のため。

 自分のため。


 技術者としての、プライドである。


「――明日希。僕が、過去と同じ過ちを犯すとでも思っているのかい? 

 一年前は救えなかった……芹菜の記憶を、吹き飛ばしてしまった――。

 だからこそ、努力する。

 同じミスをしないように、頑張って、頑張って――そして今だ! 

 明日希、待ってろ。お前のその目に、生きた芹菜を、きちんと見せてやるからな!」


 椎也の言葉は、明日希に届いているのか、どうか――。


 麻酔を打たれて、意識のない明日希には、当然、聞こえていないのだろう。


 しかし、心に響くものは、あったのかもしれなかった。

 魂が、椎也の言葉に、きちんと答えたのかもしれなかった。


 過去と同じように、任せた、と。


 そして、汗水垂らして、他のものに意識がいかないほどに集中している椎也を、薄目で見ているのは、元の人間に戻っていた、芹菜であった。


 芹菜は、椎也の背中を見つめながら、横になる明日希を見ながら。

 分からない程度の、些細な動きで、微笑んだ。


 芹菜には、成功が見えているのかもしれない。


 だからこその、笑みなのかもしれない――。

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