最終話 エピローグ
空高く響き渡る音は、船が出発する音だった。
その船の甲板には、
この街の問題児である明日希が、手を振って、街の住人に別れを示していた。
手を振り返す街の人々は、みんながみんな笑っていたけれど、それは、問題児がいなくなったという嬉しさではない。明日希と別れるのは、悲しくて、泣きたくなるほどではある。
しかし、明日希と別れる時、彼の勢いに飲まれて、自然と、笑顔になってしまったのである。
それが、明日希の力と言えば力である。湿っぽいのは、苦手なのだ。
どうして、明日希がこうして砂漠船に乗っているのか言えば――、
椎也からの伝言が原因であった。
『記憶を維持したまま機械化することには成功したけど、でも機械だからね。メンテナンスは受けなくちゃいけないんだよ。――というわけで、明日希は今すぐ、都市部に向かってくれ。
砂漠船で一駅だから、とりあえず、そこで会おう』
という伝言のせいで、明日希は都市部にいかなくてはならなくなった。
せっかく、芹菜が人間として生きられるようになったというのに――。
休息もなく、すぐに別れなければいけないという、酷な展開になったのである。
もちろん、ただ芹菜とずっと一緒にいたいという理由で、断ることもできない。
もしも断れば、困るのは明日希であるので、ここは指示通りにいこうと決断した。
まあ、これから先、一生会えないというわけでもない。
少し寂しいが、仕方ないだろう。
芹菜にも話したが、もちろん、「やだやだっ」と言われた。だが、すぐに帰る、という不確定な約束をして、なんとか、今日という日を迎えられたのである。
ちなみに、東は芹菜と出会った後すぐに、
『椎也の奴を、一発、ぶん殴ってくる』
と言って、勝手に、明日希が気づかない内に、この街から去ってしまっていたのだ。
どうやら、行先は、明日希と同じらしい。
同じならば、別にこの砂漠船に乗っていけばいいのに――、と思うが。
東は、一人の方がいいのだろう。
一年もの間、一人で行動していたのだ。
そっちの方が、性に合っているのかもしれない。
それでも、別れの挨拶くらい、していけばいいのに。
明日希は、少しの文句を言いたい感情があった。
誰にも言わないで去ったのならまだいいが、
東は、妹だけにはきちんと別れを言っていたのだ。
――あのシスコンめ。
呟いた明日希の声は、風に乗って消えていく。
このまま風に乗って、砂漠を越えて、東に届けばいいのにと思うが、まあ、無理だなと思う。
けれど、そんなファンタジーなことを考えて、
本気で信じてみるのも、たまにはいいのかもしれない。
気分転換だ、気分転換。
そう言えば、芹菜のことは紫と鍛波に預けておいたのだけれど、
無事でやっていけるのだろうかと、だいぶ心配になった。
本来ならば、マスターに預ければ、揺るがない安心を手に入れることができるのだが……、
マスターは、今は入院中なのだ。
どうやら、暴走した時の芹菜に襲われたらしく、相当、酷い状態だったらしいが――、
持ち前の大柄な体格のおかげで、なんとか生き延びることができたらしい。
まだお見舞いにいっていなかったな、と少し後悔する明日希は、あとで電話でもしておくか、と心のメモ帳に、そう記しておく。
そして、船が動き出す。
もう戻れない。
ここから先は、ただただ真っ直ぐに、都市部に向かうだけである。
これから、新しい人生が待っているとなると、わくわくが止まらなくなってくる明日希……、
自分の機械化している体を触ってみる。
ここ最近、気づけば触っているが、いつ触っても飽きないものである。
珍しいのだ。
こんな鉄でできた体は。
新鮮で、飽きない今が、一番楽しい。
まあ、すぐに飽きて、触るのも、見るのも嫌になるのは目に見えているが。
それもまた、楽しみではあるのだ。
ぐっ、と背筋を伸ばした明日希は、吹いている風を体で受け止めて、欠伸をした。
今日は朝、早かったし、と眠気に襲われる明日希は、
予約した部屋にいくか、と自分の荷物を持ったところで――、
……ん? と眉をひそめる。
この荷物、こんなに重たかったか?
「…………」
嫌な予感がした明日希が、すぐにカバンのジッパーを開けて、中を確認する。
すると、予想通りで、直感通り。
中には、本来ならば入っていないはずの荷物が、堂々と入っていた。
少女だった。
女の子だった。
知っている顔の、今の今まで、
ずっとずっと、生きていてほしいと願っていた、芹菜の姿があった。
「……見つかった?」
芹菜は、上目遣いで、そう聞いてくる。
「……なんでいるの? ――マジでなんでいるのッ!?」
「いやあ、だって明日希と一緒にいたいし。
せっかくこうして一緒にいられるのに、離れ離れは嫌だなあと思って」
「紫さんは!? 鍛波は!?」
「逃げ切った」
お前すごいな! と明日希が叫ぶ。
恐らく、鍛波の方はなにも関わっていないのだろう。
だが、紫の方は、芹菜の密航に手を貸しているのだろう、と思う。
そう予測して、ありそうだな、と、明日希が額に手を当てる。
密航は、一応、というか、確実に犯罪だし。なのに、警官が犯罪の片棒を担ぐようなことするなよ、と思うけれど――しかし、芹菜がこうしてここにいることに喜びを感じているのも、明日希の中では本音であるのだ。
素直に嬉しい――とっても。
「………まあ、いっか」
結局、そう言って落ち着くことになる。
ここから先は、特に危険なことなどないだろう。
ただ都市部にいくだけで、椎也に会うだけなのだ。
なにも危険なことなどなく、あったとしても、明日希が守ればいい。
それだけである。
――今度こそ、死なせやしない。
明日希は、心に、魂に、そう刻む。
「明日希、そう言えば、言っていなかった」
「ああ、俺も言っていなかったな」
明日希と芹菜は向かい合い、
二人揃って、同じことを、同じタイミングで言う。
『おかえり』
そして、
『ただいま』
―― 完 ――
砂上の都市と群像の嵐 渡貫とゐち @josho
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