第16話 東と椎也

 映像と共に、レーダーのような画面も同じように表示されているので、そこもチェックする。

 すぐさま、椎也はおかしなものがなんなのか、理解する。


 レーダーの反応は、見飽きているようなものだった。

 一体誰なのか、すぐに分かる。


 なので、いちいち頭の中で整理することもない。

 ただの、イージーな問題であった。


「東か……。久しぶりにこの街に帰って来たことになるけど――、

 それよりもあいつ、よく戻ってこようと思ったなあ」


 椎也は、にやにやと微笑みながら。

 そして、キーボードをカタカタ、と叩く。


 今まで自動で動いていた偵察蜂の行動権を、自分に移す。それから、動きを調整。


 ラジコンヘリコプターよりも、操作は数百倍も難しいのだが、それでも椎也はまるで、自分の手足なのかと思ってしまうほどに、なめらかに、偵察蜂を動かす。


 まあ――自分が製作者である。動かすことに、いちいち躓いていられない。


 向かうべきところは、東のところだ。

 恐らく、東は門を破壊する術を持っていないだろう。

 思った椎也は、偵察蜂ではなく、カマキリ型の兵器を動かし、門のところへ向かわせる。


「さて――小型だから、できることに限りはあるけど、まあ……、

 鉄の扉くらいなら、簡単に斬ることはできるだろう。それじゃあ、やろうかねえ」


 たんっ、たんっ、と小刻みに、テンポ良く音を立てながら、キーボードを叩く。


 それに対応して、カマキリ型の兵器も動く。


 ぶんっ、と、鎌が宙を斬る。

 すると、鎌から『なにか』が噴出される。


 青く、光っている、炎のようなものだ。

 その炎が、鉄の門を溶かし、そして切り裂いた。

 人、一人分が通れそうな、扉の形をした穴ができる。


 それから、多少の時間がかかったものの――東が顔を出す。

 遅れて、体も見えてくる。


 こうして、東という人間が、街に入ってきたというわけだ。


 それを見て、「いらっしゃい」と言いたくなる。


 だが、ここは声を出すことを抑え、自分の気配をできるだけ消すことに努める。

 東の様子を見ると――彼は、もう既に気づいているようだった。


 それもまあ、無理もないか。

 偵察蜂とカマキリ型の兵器を見れば、

 一発で、椎也が繋がっていることが分かるはずである。


 そして、東は椎也に向かって、決定的な言葉を投げかける。


『まだこんな悪趣味なことをしているのか――椎也。

 まさかとは思うけど、こんなのが街の中を徘徊しているとか言うわけじゃないよな?』


 通信カメラを通して、投げられた言葉。

 なので、椎也の耳には、携帯電話と同じような、ノイズ音が入り混じる音が聞こえてくる。

 別に、聞き取りにくい音ではない。

 椎也にとっては、こっちがデフォルトだ。

 こちらの方が、聞く機会が多かった。


 椎也にとっては、心地良いものである。

 少しの間だったが、聞き惚れてしまった。


 だから返答に少しの時間を必要としてしまったわけだが、

 東の方は、特に気にしていない様子だ。送られてくる映像を見て、そう判断する。


 モニターには、全身を黒いマントで包み込んでいる青年の姿が映っていた。しかし、これは椎也だからこそ分かるものなのだが――、長く、付き合っていたからこそ分かることだ。


 誰だか分からないように隠しているのだろうが、

 しかしどこからどう見ても、東にしか見えなかった。


 体の形だけではない。雰囲気とか、オーラとか。兵器オタクである椎也が嫌っていそうな言葉であるけれど、どうにも非科学、オカルト視点で、東のことを認識できたらしい。


 少し癪ではあるけれど。

 まあ、いいか、とスルーしておく。


 とりあえず――東の言葉に返答しておく。


「徘徊していても、していなくてもさ……君には関係ないんじゃないかい? 

 別に、やましいことをするわけじゃないんだからさ」


『まあ……そうなんだけどさ。……いや、そうじゃないんだけどさ』


 東はなんだか、なにかを言うか言わないか、迷っている様子であった。

 片手で頭を掻きながら、ぶつぶつと呟く。その呟きも、偵察蜂のマイクできちんと拾っているのだが。けれど、聞き取ることはできなかった。

 まあ、調べてみれば聞けないこともないけれど、それには少し、時間がかかる。

 それよりもまず――別に、知りたいわけでもなかった。


 なので、動くことはせず、東の出方を黙って窺う。


 すると、しばらくしてから、


『お前は、簡単に情報を流すことはしなさそうだよな。

 それに、危険なことに巻き込んでも全然、一人でも生きていけそうだよな……』


 東は言う。

 良いのか悪いのか、曖昧な評価を下す。


「……あまり過大評価をしてほしくはないな。

 僕だって人間。刀を振るうことができない、弱い人間なんだからね。だからこうして兵器に頼って、自分自身はなにもしない、という戦略を取っているわけだから」


『過大評価は別にしていない。それに、さっきの話に戻るが、お前の言い方だと兵器は街を徘徊してる、ということでいいんだよな? お前はしていない時はきっぱりと言い放つ奴だからな。

 さっきみたいにはぐらかすことはしないし、はぐらかす時は決まって、している時なんだよ』


「へえ、よく知っているねえ。それも僕の演技だという線は考えなかったのかい? 

 ずっと昔から仕込んでいた、ということも、あり得ることではあるんじゃないのかな?」


『もちろん、その可能性もあるにはあるけどさ。けど、分かるんだよ。お前がなにを考えているのかどうかなんてのは、完璧ではなくとも、大体は分かるってものだ。

 大外れかもしれないけれど、的中しているかもしれない。

 まあ、普通の可能性なんだけどさ。でも、一緒に過ごした時間を考えれば分かるってものなんだ――こうして機械越しで話していてもさ。分かるものなんだよ、椎也』


「……で、用件はなんなんだい? 話がずれるのはあまり好きじゃないんだ――手短にお願いするよ。とは言っても、僕もやることがあるからね。用件次第だよ。

 君の用件を手伝うかどうかなんてのは、ね」


 一緒にいた時間は長かった。

 しかし、それだけで全てを分かったような態度を取る東に、多少の苛立ちを覚える椎也。

 気性が激しいわけではないので、感情が爆発することはなかったけれど。

 だが――口調には出てしまっていたらしい。


 失敗したなあ、と思う。

 その一つの失敗は、椎也にとっては、重い失敗である。


 なにかが変わるというわけではないけれど。

 心の中で、もやもやが残り続ける『不満』みたいなものだ。

 なんだかんだで、気持ち悪いのである。


 まあ、それについては放っておく。すぐに解決するだろう。


 東の方も、椎也の口調の変化に敏感に気づき、地雷でも踏んでしまったのか、と不安になっている様子であったが……、しかし、椎也のご機嫌を取ることはしなかった。


 今はそれどころではない。

 優先されるものがあったために、椎也のことは諦めたらしい。


 まあ、椎也にとっては全然――構わないことだけれど。


 すると、東はいらないことは言わず、用件だけをさっさと言う。


『この街にいる一人の少女の捜索を頼みたいんだけど――できる?』


「片手間でいいのならやっておこう。見つけたら、近くにいる僕のコレクションを君の元へ向かわせる。言っておくけど、そこから先は手伝わないからな。

 するのは捜索まで。捕獲までを手伝うつもりはないよ」


『いいよそれで』


 東は元々そのつもりだった、と言わんばかりに肩をすくめた。


 交渉は成立。

 ここから先はきちんとした依頼になるので、色々と、言うべきことはあったのだけれど。

 だが、東は一枚の写真を椎也(……と言っても、偵察蜂にだけれど)

 に、見せるだけであった。


 それを見て、椎也は、


「……ふん、ふん……。この子か……。分かったよ、探しておく」


『悪いね。こんなことを頼んでさ。本当なら自分でやるべきことなのだろう、ってことは分かっているけどね。この街を歩きたくないんだ。誰にも会いたくない。

「あいつ」にだけは、会いたくないから、さ』


「…………まあ、気持ちは分かるよ」


 と、椎也は言ってみたものの。


 しかし、気持ちが分かるなんて言葉は、『とりあえず言っておけ』の――慰めの言葉に必ずあるワードである。東も、椎也に『自分の気持ちなど分かるわけがない』と思い、怒りを覚えるが――今、ここで感情的になっても仕方ない。


 まだ、理性が勝っている。


 ここで全てを台無しにしたくないので、東はすぐに、その場から去ることにした。


 だが、


「東。――明日希は街にはいないよ。街に行くなら、今の内がいいかもね」


 椎也にしては珍しく、親切な言葉を投げかける。

 東もそれについては驚いたらしい。

 去ろうと行動していた足を止めて、きちんとリアクションを取る。


 それから、


『ああ――分かった。アドバイス、ありがとう』


 言って、今度こそ、椎也の見えないところまで、どんどんと突き進んでいく。


 東は、このまま行けば街に辿り着くだろう。色々な店が立ち並ぶ、商店街に。


 街に行って、一体なにをするのか、椎也には予想がつかないけれど――、

 まあ、依頼してきたということは、捜索でなく探索なのだろうとは思うが。


 そこで、椎也は堪え切れずに、笑みをこぼす。


 こぼしたところで、マイクは切ってあるので、どこにも自分の声は漏れないわけだが。


 けれど椎也は、慌てて口を押える。だが、それでも笑みは止まらず。


 止まらずに――加速していく。


「くっ、ふっ、は――ぷははははははははははははははははははっ!」


 一分間、たっぷりと使い――笑う。


 それから、視界に広がるモニターを見る。


 その中の一つ――、パチンコ屋が映るモニターに、目をつける。


 笑い終わってから、それでも尚――にやりと微笑む。


 パチンコ屋の店内。

 そこに、目立つ赤い髪を持つ青年がいることを確かめてから、椎也は再び口を開く。


 誰に言うでもなく。言っていたとしたら、間違いなく東だよなあ、と。

 自分でそう思いながら。声に出さないなんてことはできなかった。



「明日希は街にいるよ。

 ――いるけど、さすがに出会うかどうかなんてのは運だよねえ」

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