第19話 vs蜘蛛の兵器

 不気味としか言いようがない。

 他の言い方など、まるでない。


 まるで、蜘蛛のような形――、いや、確実に蜘蛛をモデルにしている。

 全身はシルバーで統一されており、

 しかし、蜘蛛だと言うのに、鋭く尖った鎌を装備している。

 首を刈り取ることなど容易にできる鎌は、きらりと、刃に光を反射させている。


 見れば分かる――兵器。


 それも、大きさは、鍛波の身長を越えている。

 装備している武器からしても、

 この兵器はまったく、洒落にならないほどに、純粋な兵器だ。


 破壊を目的としている、遊びのない兵器である。


「…………」


 鍛波は、黙って、息を飲むことしかできない。

 しかし、それは正解の対応だったのかもしれない。もしも、ここで取り乱していれば、蜘蛛の兵器は対象の動きに反応し、鍛波を襲っていたかもしれないのだ。


 びびってしまうその情けない精神力。

 鍛波としては落ち込むほどのことではあるものの、

 その臆病さが自身の命を救ったとも言える。


 このまま、何事もなく、蜘蛛の兵器が去ってくれればいいのだが――、


「――待てよ鍛波っ! ――って、っ!? なんだよこれ!?」


 しかし、そう都合良く、事態が運ぶことはないようだ。


 予想はしていたが――まさか、今とは。

 タイミングが悪過ぎる。鍛波は、歯噛みする。


 鍛波を追ってきた紫が、視界の全てを塞いでいる蜘蛛の兵器を見て、思わず声を出す。


 疑問に、不安に、恐怖。

 全てが入り混じった紫の声は、叫び声に近い。


 もちろん、声は小さくない。

 それに、動きだって些細なものではなかった。


 だから、蜘蛛の兵器が紫に意識を向けるのは、必然だと言える。


 蜘蛛の兵器の、ちょうど顔のあたりについている、複数の赤い光。

 恐らくは目の役割なのだろう。

 その目が、全て紫に注がれている。


 そして、ぴぴぴ、という音と共に、

 蜘蛛の兵器は観察するように、なにかをチェックしていた。


 顔でも見ているのだろうか。

 まるで、生きているのかと思ってしまうほどに、スムーズな動きをする兵器だ。

 思わず、見惚れてしまう動きではある。とても、兵器とは思えない――。


 人間がよく残す癖、というものが、この兵器にもきちんとある。

 なので、冷酷な感じはせず、温度がある、という印象を与える。


 鍛波は初見であり、この蜘蛛の兵器のことはなにも知らない。

 けれど、そんな感想を抱いた。


「…………先輩、動かないでくださいね。

 なにかをチェックしているのだと思いますけれど……まあ、そのチェックを待ちましょう。

 ここで下手に動いて、相手が先輩を敵と判断してしまったら――、

 とてもじゃないですけど、僕の力じゃ、先輩を助けることは叶いませんからね」


「分かってるがよ……しかし、本当に大丈夫なのかよ、こいつ」


 紫は、別に拳銃を眉間に突きつけられているわけではない。

 だが、雰囲気に飲まれて、両手を上げていた。


 その行動は、蜘蛛の兵器にはなにも効果を与えることなく、無駄骨に終わってしまうのだけれど……、しかし、こうしていることで多少の安心を手に入れている。

 殺されはしないだろう、という、あるかも分からない安心を手に入れているのだ。


 そう考えれば、無駄な行動ではないと言える。


「…………」

 紫は、口を開かず、ただ待ち続ける。

 だが同時に、不安が膨らんでくる。


 紫が考えている不安は、鍛波も分かってはいた。

 けれど、この場で言うことはしなかった。

 なにもしなければ敵と認識されることはない、と鍛波はさっき言っていたが、果たして本当なのだろうか。もしかしたら、敵と判断されなくとも、『関係のない人間』というだけで殺される可能性だって、ないとは言えない。


 なので、今の紫の状態は危険。

 絶対絶命。それを越えて、詰んでいる状態とも言える。


 判断は全て、蜘蛛の兵器に任される。


 殺すも生かすも、全てが蜘蛛の兵器に握られている。


 蜘蛛の兵器のチェックをじっと待っていようとも。途中で駆け出し、逃げ出そうとも。恐らく、どっちにしろ、結果は変わらないような気もする。

 しかし、そんなあやふやな理由で、『生きられた』という事実を棒に振りたくない紫は、そして、鍛波は――ここで無理やり逃げることはしなかった。


 最後まで諦めずに、粘り続ける。

 もしも、殺されるのだとしても。その時は、その時にでも考えればいいだけのことだ。

 所詮は、蜘蛛の兵器。そんな風に軽く馬鹿にした感じで言えるわけではないけれど、しかし、なんとかなるだろう、という楽観的な覚悟は持っていた。


 なんとかなる、と。

 紫も、鍛波も、そう考えている。


 蜘蛛の兵器に狙われているこの状況。

 人生に、一度、あるかないかの絶対絶命の危機であるだろう。しかし、二人は、これ以上の危機を知っている。知っているし、体験しているし、味わっている。

 だから、こんな今でも、お気楽に考えることができているのかもしれない。


 それに、


「この兵器は、恐らくはあいつのだろうし……、まあ、ないだろうとは思ってはいるが。

 心の底では、少しだけ期待をしているんだよなあ。――情けないことに」


 本当に情けないことにね、と、紫はもう一度、繰り返して言う。


 すると、紫のチェックが終わったのか――、蜘蛛の兵器の赤く光る目が、少しだけ、光が薄くなる。一定の間隔で鳴っていた、ぴぴぴ、という音も消えている。


 チェックは、確実に終わったらしい。

 となると、待っているのは判決というわけだが。


 しかし、蜘蛛の兵器はまったく動かなかった。 


 微動だにせず。ただ――鎌だけを振り上げる。


 そして、振り下ろす。

 速度は目に見えるほどではあるが、避けられるものではない。


 流れるような動きで、違和感はなく。

 だからこそ、紫も鍛波もその動きにまったく反応することができなかった。


 つまり、相手に先手を取られた。

 その鎌の行方は、紫である。


 反応が遅れ、避けるための反応も、同じように遅れる。

 直撃は、避けられない。


 迫る鎌は一直線に。真っ直ぐに、寄り道などせず。

 一心不乱に、集中的に。紫だけを狙っているような軌道で向かい、進む。


 だが、それも途中までの旅だった。


 鎌は最終的に、紫に当たることがなかった。


 蜘蛛の兵器がはずしたわけではない。それは、プログラム的に、あり得ない。


 紫がなにかをしたわけでも、鍛波がなにかをしたわけではない。

 反応が遅れているのだ。

 なにかをしようとしても、行動は一瞬遅れ、間に合わないだろう。


 ならば、原因は――。


 この場にいない、第三者ということになる。

 誰かが、蜘蛛の兵器に、なにかをした。


 すると――くるくる、と、『なにか』が舞う。


 鎌だ。

 蜘蛛の兵器が武器として使っていた、最大の武器が、空中を舞っている。


 鎌が、蜘蛛の兵器と繋がっているはずの、その根本。

 そこが、ぽっきりと――いや、ばっさりと、斬り落とされていた。


 空中を舞い、落ちてくる鎌。

 鍛波のすぐ隣に落下し、鈍い音を、周囲に響かせる。


 もしも、少しでも落下地点がずれていれば――、

 自分に直撃していたかもしれない。

 そう思い、鍛波が冷や汗を流す。


 それよりも。

 今は、それよりも――鍛波は周りに意識を向け、そして見つける。


 蜘蛛の兵器の鎌を斬り落とした、その人物を見つける。


 その青年は。


 紫にしても、鍛波にしても――懐かしい顔であった。



「まったく、椎也の奴め。

 邪魔をしてくれやがって。

 せっかくの明日希との感動の再会が、台無しじゃないかよ」



 そこには。


 女性のように長い黒髪を、風でなびかせている、東の姿があった。


 体を隠している黒いマントは、着ていない。

 残されている微かな欠片を見れば、

 着ていた黒いマントは、どうやらようだった。

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