第24話 再会

 全身を、黒いマントで包んでいる。

 それは、正体がまったく分からないことを意味する。


 明日希からすれば、いきなり謎の人物が現れたとしか思えないだろう。


 しかし、東からすればだ――目の前の、真っ赤な髪をした青年が一体誰なのかということはすぐに分かった。


 神神明日希。


 かつて、親友であり、ライバルであった青年。

 しかし、とある事件をきっかけに、復讐対象になってしまっていた相手だ。


 この街に入りたくなかったのは、明日希がいるからだ。


 会いたくなかった。

 会えば、自分がなにをするのか……東自身、分からないのだ。


 出会いたくなかったからこそ、全力で街に入ることを拒絶したわけである。

 だが、仕事だ。何回も心に言い聞かせるが、仕事なのだ。街に入らないわけにもいかない。


 椎也の言葉を信じるのならば、明日希は街にはいないとのことだったが――。

 しかし、明日希は今、ここにいる。

 それは椎也が仕組んだことなのか。

 それとも、ただ単に明日希のタイミングが悪かっただけなのか――。


 なんにせよ――運がない。


 面白いくらいに、ぴったりと出会ってしまっている。


 そこで無意識に、頭の中で椎也の笑い顔を浮かべてしまう。

 それは東の予感だ。


 椎也がなにかを仕掛けた、という事実を導き出しているのかもしれない。あくまで、勘ではあるが……、でも、無意識で出てきてしまうのは、予感が、的を射ているからなのかもしれない。


 舌打ちをして、椎也に文句を言いたかった東だが、まるで虚像とも言える椎也を探すよりも――それよりも、意識を向けるべき相手が目の前にいる。

 敵意を向けるべき相手が、そこにいる。


 明日希を放っておいて、椎也の元に行けるほど、東も、精神が強いわけではない。

 東は明日希を睨みつける。

 明日希の方は、東のことを、東とは認識していないらしい。

 ただの不審者だと思っているらしく、隣にいる少女を庇うように、警戒しているのみ。


 ――東はそこで、気づく。


 明日希に庇われるようにして立っている少女は、見たことがある。


 忘れるはずもない。東にとって、入りたくもない街に入ることになってしまった原因の少女である。今回のターゲット。目的である、少女だ。


 彼女は明日希の真後ろで、隠れるようにして、様子を窺っていた。


「…………へえ」


 東が声を漏らす。


 メモリが狙って、明日希に近づいたわけではないのだろう。

 だからと言って、明日希がメモリに、狙って近づいたとも考えにくい。


 ということは、ただの偶然なのか。

 ……偶然にしても上手くいき過ぎている気もする。

 まるで、無理やりにでも明日希と東を会わせたいような……。これも、椎也の計算なのか、と深読みをしてしまう。可能性としては、充分にあり得る話ではあるが。


 しかし、どうなのか。

 明日希と東を戦わせたところで、椎也にメリットがあるのか。


 だが、メリットがあろうが――逆に、デメリットがあろうが。

 けれど椎也は、構わずに実行するだろう。


 それでも面白い――ただ、それだけの理由で。


 椎也は、それくらいの唐突さを持っている。


 考え過ぎ、ということはないだろう。


 椎也が仕組んでいようがいまいが――、こうして前と前で向き合ってしまった以上、ここから言葉はいらない、暴力のターンになるだろう。


 本来ならば、私情を捨て、仕事優先にしなければいけないのだが、メモリを回収することを一番にしなければならないのだが――、けれど東は明日希にしか、意識が向いていなかった。


 そして。


 腰から柄を取り出す。

 柄についている、小さなボタンを押す。


 同時に、東は柄を、大きく振る。


 すると、明日希に向けられて振られた柄。

 その先っぽから、緑色の光が噴出する。

 まるで、蜘蛛が糸を吐き出す様子に似ている……、

 そして、光は、形のない刀身となり、明日希を切り刻むように、襲いかかる。 


 刻む、というよりは、一刀両断の勢いであるが。

 明日希は迫る刀身を捉えることができなかった。

 けれど、さすがだった――明日希は、かろうじてその一撃を避けていた。


 明日希の強さを知っている東としては、避ける明日希を見て――少しの違和感を覚える。


 今の一撃は、明日希ならば簡単に避けられたはずなのだが……だが、明日希は少しだけ、その一撃を掠ってしまう。それは、避けた、と言ってもおかしくはないのだけれど――。

 そういう、些細な、怪我を怪我としないような、些細な怪我だった。


 明日希は、メモリを咄嗟に抱えて、逃げていた。


 メモリがいたからこそ、動きが鈍かったのか。それとも、息を切らしているところを見れば、もしかしたら不調なのではないか、と予測を立てる東。


 だとしたら――チャンスである。

 明日希を倒す、最大のチャンスである。


 不調の時を狙い、勝ったところで納得できない、と普段の東ならばそう思ったことだろうが、しかし、今の東は、いつもと違う。

 普通ではない――、

 明日希を見ただけで性格が変わってしまうほどには、過去の事件を引きずっていた。


 明日希を見るだけで。


 仕事の内容を忘れてしまい、

 一つのことに執着してしまうほどには、東の精神は不安定だった。

 東自身、いつもと同じだと思っているのかもしれないが、

 周りから見れば、一目瞭然の違いであった。


 別人のようである。


 外見的な違いはないけれど、内面的には相当な変化だ。


「――っ、逃げるなよ、逃げるなよっ、明日希ぃいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!」


 叫び。そして、逃げる明日希を追いかける。

 それから、さらに刀を振った東。


 その刀身は形を変え、まるで、鞭のようにしなり、伸びていき。

 明日希の背中を抉る軌道を描いて進む。

 しかし、軌道は逸れ――、明日希の少し手前の地面を抉るだけで、動きが止まった。


 明日希が、なにかをした気配はない。

 だが、東がミスをしたとも思えない。

 だとすれば、メモリがなにかをしたということになるが――。


 そうではない。

 そうではなく、今のは誰の意図も含んでいない、純粋なたまたまであった。


 明日希の『生きる』という願望が、

 東の『明日希を殺す』という願望に勝った結果だ。


 精神の強さが、外の世界に影響を与えるということは、限りなく少ない事実である。

 だが、少ないだけで、決して、まったくのゼロというわけではない。


 百年に一度のたまたまが。

 たまたま今、起きただけだ。


 なんというファンタジー。

 最高の、最低の奇跡だった。


 椎也が聞けば、笑って否定しそうなものである。

 いや、椎也ならば笑いながら、そして否定しながらも、しかし、肯定するかもしれない。

 なによりも読めなくて、分からないのは、椎也の他にいないだろう。


 地面に突き刺さる、鞭のようにしなる刀身。

 柄を振り上げ、釣り上げるようにして、自分の元にへ引き寄せる東。


 追撃しようと、再び攻撃をしようとしたが――、したところで、今みたいな現実的ではないことが起きるのではないか、という不安が、東の動きを一瞬だけ止める。


 ほんの一瞬。

 ただの一瞬。


 だが、すぐにそんなことは連続では起こらないだろうと思い、東は動きを開始する。

 しかし東の、一瞬の躊躇いの時間は。


 明日希に次の一手を打たせるには、充分過ぎる時間であった。

 そして。


 東と明日希が辿り着いた先は、パチンコ店であった。

 明日希は、悲鳴を上げながら抗議しているメモリを抱え、思い切り――投げ飛ばした。


 放物線を描き、飛ぶメモリは、店から出てきた大男に受け止められていた。怪我はなかったようで、東もそれには安心する……とは言っても、テキトーに受け入れただけだったが。


 それよりも、東は明日希から荷物が下りたことに、興味を引かれていた。


 メモリという守る対象がいなくなった。

 明日希の足を引っ張るものはなにもなく、思う存分、力の限り――、

 命が尽きるまで喧嘩ができることに、東は笑っていた。


 もう東は――冷静ではなかった。

 復讐に憑かれてしまったように、人格が変わる。


 そして、黒いマントを、一部だけ剥ぎ取る。

 顔に被せていたところだけを剥ぎ取り、顔全体を外界に晒す。


 こうして、東の顔が、明日希にも知られたわけだ。


 公平フェアな状態。

 さっきまでの状態が、東の優勢だ、と言うには曖昧だったが。


 些細な傾きでも、不平等は不平等。

 しかし、それが今、こうして破られた。


 明日希と東。

 向き合った彼らは、約一年ぶりに再会を果たすことになる。

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