第11話 嫉妬の少女 その2
「…………」
なんだか、謝っておいた方がいいような状況だ。
自分が一体、なにをしたのか。
現段階では不明だったが。どうやら自分が悪いようだ。
しかし明日希はそこで、『自信』を持て、と自分に言い聞かせる。
なにもしていないかもしれない。
していたかもしれないが、記憶にないということは、していないということだろう。
そう思う明日希だが――しかし。
明日希が菊乃を怒らせている原因は、今、明日希がおこなっていることが関わっている。
なので、いくら記憶を遡って、探したところで。答えなんてものは、見つからない。
過去ではなく、現在。
探し方を根本から変えない限りは、明日希は答えに辿り着けない。
なので、
「いつもいつも、テキトーに怒っては俺にちょっかいをかけやがって……!
――いつもは確かに俺が悪いけどなあ! 今回は俺はまったく、なにもしてないっつうの!
いつもいつもお前に構ってられないのっ! 俺は今から、こいつに街を案内しなくちゃいけないんだから、いちいち突っかかってくるなって!」
明日希は、抱えていたメモリを指差して、そう言った。
もういい加減にしてくれ。理由があるから見逃してくれ。という意味だったが。
しかし明日希の発言は、火に油だったのかもしれない。いや、そうである。
明日希の言葉を聞いた菊乃は、
「――その子と、一緒に、ねえ」
低い声で、呟く。膝くらいまである瓦礫を、潰す。
なんだか、明日希が見た限り、菊乃の怒りのステイタスは、振り切っているように見える。
ここまでの怒りを蓄えている菊乃を見るのは初めてだった。
なので、明日希の強気が、段々と消えていく。
状況が理解できない。
早く、この場から逃げたいと思う明日希。
しかし、人一人を持って逃げることはできるかもしれないが、
だが、逃げ切れるとは限らない。
相手が菊乃ならば尚更だ。
逃げ切れる可能性は、うんと減る。
ゼロと小数点の数値ですらない。まったくの、ゼロの可能性。
不可能。明日希の脳内が、そう判断した。
ならば、菊乃の怒りを収めることが、一番の近道だろうが――それも無理だろう。
詰んでいる。どうしようもない状況に、明日希が溜息を吐く。
まったく、一か所に留まっていたのに、どうしてこうも厄介事がやってくるのか。
そういう星の下にでも生まれたのだろうか。
いやいや、そんなわけがない。さすがに不幸過ぎる。
思考を打ち消し。同時に、現実逃避も打ち消す。
そろそろ、現状を打破しないといけないようだった。
とん、とん、と。足音を立てながら近づいてくる菊乃。
足音から、怒りは感じられない。
それに、実際に、表情はさっきよりも穏やかで、優しく微笑んでいる。
笑顔である。
「大丈夫だから。ほらほら、その子を離して、あたしに言うべきことを言ってごらん?」
優しく語りかけてくる菊乃だが。しかし、拳が、ぎりり、という音が鳴るまで握り締められていることに、明日希は気づいてしまう。
これは、菊乃がよく怒りをがまんする時に使う行動である。
それを使っているということは、怒りは、未だに収まってはいないということだ。
正直、なにも話したくはないのだけれど。
だが、それが通用するはずもないので、とにかく。
明日希はぐだぐだではあったものの、なんとか会話を繋げることができた。
「言うべきことって、なにもないっていうか……。
本当に、なにを言えばいいのか分からないんだけど……」
「…………」
明日希の、今更なセリフに、沈黙する菊乃。
さっきまで喋っていた菊乃が、いきなり黙るというのは、思っている以上に恐怖だ。
そして、いつまで経っても菊乃の気持ちに気づかない。
勘付くこともない明日希に、苛立ちを覚える菊乃は、
がまんの限界を越えたのか――糸が、ぷちん、と切れたのか。
「こんの……――バカぁああああああああああああああああああああああああッッ!」
叫びながら、鉄を砕く拳を、明日希に向かって真っすぐに飛ばした。
完全な不意打ちに、明日希も反応が遅れる。
いつもならば、咄嗟に反応して、避けられなかったとしても、しかしかするくらいまでは結果を緩和させることができる明日希ではあるが……、
だが今回は、抱えているものがある。
メモリの存在が。
見た目通りに、重りとなって、明日希の反応を鈍らせた。
その遅れは、取り戻せない。
どうやっても巻き返せない、マイナスポイントだ。
明日希はその拳を顔面で受け止めなければいけないわけだが、
けれど。
その道を辿るしか道はない、というところで――しかし。
横から入ってきた第三者の手によって、菊乃の拳が止められることになる。
――錬磨の手が、菊乃の拳を受け止める。
爆風が暴れ出す。
菊乃と錬磨――矛と盾。
互いに人間離れをした力を持っているために、ぶつかり合った時の衝撃は、強大だ。
余波だとしても、メモリを抱えた明日希が吹き飛ばされるくらいには、威力がある。
少しの悲鳴を上げるが、明日希は、無意識に、自分よりもメモリを庇う。
抱え込んで地面に削られないように調整。
メモリに怪我はないけれど、明日希は別だ。
きちんと、肉体は削られているわけである。
けれど、明日希は気にしなかった。
削られていることをブレーキ代わりにして、自分にかかっている勢いを全て殺す。
そして、なんとか数十メートルのところで止まる。
「――大丈夫か!? メモリ!」
自分の胸に埋まっているメモリに、そう問いかける。
「うん、なんとか……」
痛みに顔を歪ませていたが、メモリは答える。
メモリは、大きな怪我はしていないようで、
明日希が安堵の息を吐く。
そして、いま転がってきた道の先を見てみれば。
そこには錬磨の菊乃の姿があった。
互いに動かず。
ずっと、じっと、見合ったままだった。
攻撃も防御もしないまま。
菊乃は拳を突き出し、錬磨は菊乃の拳を受け止め。
その状態のまま、変化がない。
探り合っているのか。しかし、探り合うなんて小細工など必要ないくらいに、二人の力は強大なはずだ。力でねじ伏せる、というのが、二人の戦い方のはずである。
だが、こうしてまったく動かないところを見ると、
なにか裏があるのではないか、と思ってしまう。
あるのだろう。
間違いなく、意図があるのだろう。
ただ今回、菊乃の方には、意図はなにもないように見える。
動かないのも、錬磨の方に動きがないから。
だから菊乃としても動きようがないため――、動かないだけだろう。
だから消去法ではあるけれど、意図があるとしたら、錬磨の方である。
すると、錬磨が、ちらりと明日希の方を振り向く。
そして、片手でジェスチャー。
簡単なジェスチャーだったので、明日希でも理解することができた。
「行くぞ、メモリ」
と、明日希はすぐに行動に移す。
「へ? ……えと、――どこに行くの?」
「まあ、とりあえずは。
街にでも、かな。色々な人と店がある、一般的な街へと、な」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます