第12話 二人のヒーロー

 明日希はメモリの手を引っ張り、その場から駆けて、離れていく。


 別に、菊乃が嫌いなわけではない。

 菊乃のことは友達だと思っている。

 ただ明日希は、話の通じる場合と、通じない場合の見極めが分かっていた。

 そして今回、菊乃を見て、どうやら話は通じない、ということを理解したのだ。


 話は、恐らく聞いてはもらえるだろう。しかし、結局のところ伝わった話は、菊乃の中で勝手に、菊乃の都合の良いように書き換えられてしまうだろう。


 話の内容が曲折するのだ。

 原型がなくなるくらいに、変化する。


 だからすぐにでも逃げるべきところで……、どうしようかと、途方に暮れたところで。

 錬磨が来てくれたのは、素直にありがたかった。

 錬磨も分かっていたのだ。

 今の菊乃には、なにを言っても伝わらない――暴走状態だということを。


 だから錬磨は、菊乃の動きを止め。明日希に片手で、ちょい、ちょい、と。

『向こうに行け』というジェスチャーをしたのだ。


 どうにか、伝わって良かった。

 他に伝わりようもない気もするが――ともかく。


 錬磨は安心して、前を見る。


 菊乃の顔が、目の前にあった。


 菊乃は手を戻し、明日希を追おうとしているのだろう。しかし、錬磨がさせない。

 嫉妬するのもいいけれど。だが、暴走するのはだめだろう。


 一旦、菊乃の『安心』を手に入れてから、

 安全に二人を会わせようと手を出した錬磨であったのだが。


「…………離してよ」


 いつも以上に怒りを溜める菊乃を見て。

 タイミングを間違えたのではないか、と不安になる。

 しかし、あそこで止めに入らなければ、今頃、明日希は全身を骨折していた。


 最悪、死んでいたかもしれない。

 それを考えれば、ちょうど良いタイミングか。


 さっき、明日希に蹴られて、そのまま気絶するように眠ってしまった錬磨。

 眠りから覚めた時、最初に見た光景が、

 明日希が菊乃に殴られそうになっている光景だったのだ。


 そこから、二人の衝突を止められたのは、奇跡的とも言える――偶然である。


 一心不乱に。なにも考えず。

 だから、安心を手に入れてから二人を会わせる、なんて親切な気持ちは、

 完全に、後付けの理由であったけれど。


 変わらない理由。

 後付けなんかではない理由は、ただ一つ。


 明日希が危険だったから。だから助けたのだ。

 他に理由なんてものはなく、それしかない。


 錬磨の行動理由は、明日希への忠誠心なのだ。


 その気持ちは、菊乃とは全然まったく違えど、しかしベクトルは同じだった。


 だからこそ、二人は仲が悪いのかもしれない。同族嫌悪なのかもしれない。


 明日希が遠くに行って、数分が経つ。

 やがて冷静になった菊乃は、自分が、理不尽なことをしている、と分かっていても。

 錬磨が目の前にいるというだけで、怒りがだんだんと溜まっていく――。


 自分の中にある信念とか、志しているものが同じだから。というか、被っているから。

 だから、すぐ近くにいるという事実も、できれば避けたいところである。


 しかし、明日希を追うためには、錬磨を倒すしかない状況であるらしい。

 錬磨がいるだけで、明日希を追いかけるのをやめる、というのも。なんだか、相手から逃げたような気がして、嫌だった。とりあえず、菊乃は、錬磨に掴まれている手を、振りほどく。


 とん、と。

 一歩で、錬磨から充分な距離を取る。

 そして、錬磨の射程距離から出る。

 同時に、相手も自分の射程距離から出てしまうことになるが、あまり気にしなかった。


 気にし出したら、色々と調整しなくてはならなくなる。

 それくらいでイライラするくらいならば、気にしない方がいい。

 ――というわけでの判断だ。


「そこを退いて。と、言ったところでどうせ退かないんでしょうね。あんたはさ」


「ああ、悪いけど、退かねえよ。明日希さんにこれ以上迷惑をかけるのならば、俺はここで、お前を止める必要がある。言っておくが、手加減をするつもりはねえぞ。

 つーか手加減なんかできるかよ。お前は俺と同じくらいの実力なんだからよ」


 菊乃は自分のことをヒーローだと思っている。


 錬磨もまた、自分のことをヒーローだと思っている。


 そういう星の下に生まれてきたのだと、本気で思っているのだ。


 信じたまま。否定されないまま。

 しかし、肯定もされないまま。

 自分だけが肯定をしたまま育ち。今の人格、今の肉体に育っていった。


 男と女の違い。

 けれど、同種。


 ヒーローという、二つに分けたとしたら『善』に分類される二人。


 人を助ける、誰かのために戦うということに関して、圧倒的な実力を出せる。


 そういう性質を持っているのだ。それを考えると、今回の場合は、明日希を助けるという役目を持つ錬磨が、一歩リードしているようにも見えるが。


 だが、その助ける相手というのは、自分も含めることができる。


 自分のために。自分の都合のために。

 誰かを助ける時と同じ実力を出すことができる。


 無敵で、そして、

 隙がない。


 突ける穴など、二人にはなかった。

 そう思っていたが、しかし。

 圧倒的な力を持つ二人が戦えば、さて、どうなるのだろうか。

 引き分けを排除すれば、必ず勝敗が出て、優劣がつく。


 今まで何度か、戦うことがあった二人だ。けれど、今まではなんとなくでテキトーに、その場のノリとでも言うのか。まあ、真剣ではなかったので、勝敗がつくことはなかったが。


 しかし今回、二人は――本気で戦うことになる。


 理由はとても些細なことではあるものの、だが、それは周りの意見だ。


 自分自身で見つめてみると、重大で、譲れない、芯の理由なのだ。


 本気で戦う、理由にはなる。


「前からずっと思ってたんだけどよ……。この街に二人もヒーローなんていらないんじゃねえのか? 一人でどうにかできるレベルだと、俺は思ってるんだけどさ……」


「それには同感だけど……。あんたは自分がヒーローだと、本気で思っているの? 

 ふざけないでよ。不良を引き連れて、悪さして、それのどこがヒーローだって言うのよ」


「いやいや、ヒーローにだって色々と種類があんだよ。――そうだな、俺の場合はダークヒーローとか、そういう風に名乗れるヒーローなんじゃねえのかな」


 ダークヒーローとか、馬鹿馬鹿しいわね、と、

 菊乃は馬鹿にしたように笑い返す。


「まあ、なんだっていいけどさ。でも、珍しくあんたの意見には賛成。

 確かに、一人のヒーローで充分に対応できるのに、

 それなのに、二人もヒーローはいらないわよね――」


 そして、二人は同時に。


 だから、と言葉を続け。



『ヒーローは一人で充分だッ!』



 まったく同時に。二人は言葉を吐き出し。

 その言葉はきれいに重なり合い。

 犬猿の仲ではあるものの。だが、息はぴったりであった。


 声が重なったことで互いに不機嫌になったが、

 けれど気持ちが同じだというのは、分かりやすくて、とてもいい。


 どんな結果になろうとも。敗者が奪われるものは決定され。

 そして、言い訳などは通用せず。問答無用で、ルールが守られる。


 奪われるものは一つだ。

 誇りだ。


 自分の生きる意味であり、そして目的でもある。


 自分が自分でいられる、存在理由。


 決して、奪われるわけにはいかない。


 奪われれば、それはもう――、



『死』を意味しているのだから。

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