結の嵐

第41話 メモリ誕生

『とは言っても、それほど重大な話というわけではなくてね。ただの、僕のわがままに付き合わせてしまったような、くだらない話というのが、この状況の根本なんだよね。

 それでさ。そう言えばだけれど、僕は、芹菜が死んだ……、いや、事故に遭った日は、たまたま出かけていてね。場所はどこで、なにをしていたのかまではプライバシーに関わるので、特に言わないけれど。まあ、『澱切』にはいなかったんだ。

 だからこそ、僕は澱切に帰る途中の都市部の街に、東がいるのを見つけてしまったんだ。

 血だらけで、命の危険に追い込まれている芹菜を抱える東をね――』


 芹菜の少しの動きでも、地面が大きく揺れる。

 その揺れは、明日希の体勢を崩すには充分過ぎるほどの威力を持っていた。

 バランスを崩した明日希は、どういう原理で動いているのか分からない、芹菜の背から生えている翼に、頭をはたかれそうになる。

 だが、間一髪のところで、東に蹴られ、なんとか危機から脱出できた。


「――気をつけろ馬鹿!」と、東の叱咤に、明日希も言い返そうとするが、

 そんなことをしている間にも、二撃目がやってくる。

 攻撃は、なんだかよく分からないものだ。

 しかし、分からないものだからこそ、あの翼には触れない方が良さそうである。


『――様子を見ている分だと、どうやら芹菜の治療は、澱切ではできなかったらしいね。まあ、それもそうか。あそこにいる医者に、あの時の芹菜の怪我を治せるとは思えないからね。

 だから、都市部に頼るってのは、良い判断だとは思うけど、でも、どうやら都市部でも芹菜の怪我は治せなかったらしい。それは、本人である東は知っているとは思うけれど、知らない明日希のための説明だから、一応、言っておいたってわけさ。

 そして、東は治せないと現実を突きつけられて絶望をした。当たり前の反応さ。できると思っていて、治せると信じていたのにできないと言われたら、そりゃ絶望もするというものさ。

 だからこそ、僕は東を見過ごせなかったのかもしれないね。

 こう言ってみると、善人に見えるけれど、僕は善人なんかじゃないからね? まあ、それは君たちが一番良く分かっているのか。

 だから見過ごせなかった僕は、「ナノ」として東に話かけたんだ。

 もちろん、電話で声を変えて、どこかの宗教団体と言われてもおかしくない内容で東に、芹菜を治させてくれと頼んでみたんだ。

 期待は少なかったけれど、東は、僕に芹菜を預けてくれたんだよ――』


 東の動きが少し鈍ったのを感じたのか、芹菜が、暴走しているのもかかわらず、自分の意思で、東に寄っていく。その行動も、暴走の影響と言えば、言えるのだけれど――。

 だが、そんな現実的な言い方で片づけたくない東は、もしかしたらの可能性に賭けて、芹菜が自我を取り戻したのかと、期待してしまう。


 もちろん、そんなことはない。


 さっきと変わらず、言語機能が破壊されたような言葉である。


 その中に、少しだけ混じっている、『明日希』と『お兄ちゃん』の言葉を、東は、逃さずに聞いていた。今のところ、これだけが芹菜の中に残っている、自我である。


『――僕は、預かった芹菜の体を治療することに決めた。――え? どうやって芹菜を引き取ったかって? それは、やりようはいくらでもあるよ。いちいち、そこまで詳細を描写していたらきりがないから飛ばしているんだよ。

 ……さて、話を戻すけれど。引き取った芹菜の体を見て、僕は一目で分かってしまったんだよ。これは、無理だなって。僕の考えでは、肉体で使えないところが出てくれば、機械で補えば生きられるんじゃないかと思っていたんだけれど、どうやら、その手は封じられたみたいなんだよ。……臓器は、ほぼ全壊していた。まともに残っているのは心臓くらいだったんだ。

 たかが車に轢かれた程度で、普通はここまでならないはずなんだけれど。

 ……確か、芹菜は体が弱かったとか――言っていたよね? だからこそ、あの酷い状態だったのかもしれない。その状態を見て、これじゃあ、どんなに良い腕を持つ医者だろうと、なにもできないさ。下手にいじれば、それこそ壊れてしまう。

 東の頼みを断った医者はたぶん、自分が患者を殺してしまうと予測ができてしまったから、断っていたのかもしれないね――』


 どうにかして、芹菜の進行を止めたい明日希は、

『芹菜の足場を崩せばいいのではないか』――と思い、東に頼んで、芹菜の足場を斬り崩してもらった。しかし、その判断が、二人をさらに危機に陥れ、同時に、芹菜をワンランク上に、パワーアップさせてしまう結果になっていた。


 本来ならば必要ないはずの、『浮く』という行為を学んでしまった芹菜は、その流れで、暴走状態のまま、色々と学習していく。


 そして、自由自在に飛べるようになっていた。


 行動範囲が増えたことで、明日希にも、東にも、どんどんと危機が増していく。


『――だから、僕は作り変えたんだ、芹菜を。心臓と脳以外の全てを機械で補い、人間を元にして、以前から僕の夢であった――「人間味のある兵器」を作り出した。

 まあ、その時の影響で、記憶は消し飛んでしまったけれどね。これが、僕のわがままに付き合ってもらった、という話さ。

 芹菜が付き合ってくれたおかげで、僕は夢を叶えることができた。

 でも、まだ完璧ではなくてね。もっと、調整と改良が必要だけれどね――。

 悪いとは思ったけれど、芹菜は死んだことにさせてもらった。人間ではなくなった芹菜を渡したところで――記憶のない芹菜を渡したところで、納得なんて、できないだろうし。

 それに、ぐちぐちと言われるのが面倒くさいから、だから死んだことにして、みんなには記憶から忘れてもらおうとしたんだ。

 けれど、どうやらそうそう簡単に忘れることはできなかったらしいね。明日希なんて、もろにそうだろうし……、東も、そうだろう? 

 東は性格上、芹菜を死んだことにしても、納得できずに自分勝手に調べて、真実に辿り着きそうだったからさ――。

 あまりしたくはなかったけれど、妹が生きられるかもしれない、という餌をチラつかせて、「ナノ」の組織に入れたんだ。まあ、東はそれなりに使えるから、したくはないという理由で、やめていなくて良かったよ……、これで東の監視もできるし、一石二鳥ってものだ』


 芹菜の攻撃を避けながらも、しかし、しっかりと話を聞いていた東は、

 今までにないほどの力を、刀に込めて、そして駆け出した。



「椎也ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」



 叫びながら、東が向かった先は椎也だ――とは言っても、偵察蜂である。

 なので、斬り壊したところで、なにもない。

 ただ、新しい偵察蜂がやってくるだけなのだが、それでも、東は斬りかかる。

 そうでもしないと、溜まった感情が消化されないのかもしれない――。


 そんな東を止めようとした明日希だが、ギリギリで、手が届かなかった。

 そして、一回の失敗で背中を追おうとしなかったのは、明日希の中で、今の状況を甘く見ていたことになる。音もなく、気配もなく、息遣いもなく、殺意すらもなく。

 明日希の後ろから迫る芹菜は、明日希を越え――、

 飛行に使っていた片翼を振って、斬りかかっている東の背中を打つ。


 優しい、一撃。

 そう思ったのにもかかわらず、東の背中は、大きく抉られていた。


 血が、舞う。

 東は、地面に、飛びかかった時につけた勢いのまま、倒れる。


「あ、ず……ま?」


 東に伸ばした手を引っ込ませるよりも早く、明日希は芹菜を見る。

 芹菜の両の瞳には、しっかりと、倒れる東の姿が映っている。


 そして、芹菜は涙を流していた。


 兵器としてのメモリ。

 人間としての芹菜——。


 二人が、入り混じっているような表情であった。



「椎也……お前は、てめえは――。

 なにが、一体なにが目的なんだよぉおおおおッッ!」

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