第40話 三人

 いま聞かなくてもいいような、

 関係ないことを聞く明日希に、椎也は優しく言葉を返す。


『……ええと、それは僕であって、僕じゃないんだけど――。まあ、ナノってのは個人じゃなくて組織ってことだから、違う僕が独自におこなっている活動のようなものだよ』


 それはともかく――と、

 椎也が手をぱん、と叩き、話を切り替える。


『それよりも知りたいんじゃないのかい? 

 どうして芹菜が、メモリなのか――。メモリが、芹菜なのかを、ね』


 そうだ。

 いま起こっている状況の原点。


 メモリと芹菜の関係を、重点的に知る必要がある。


 そして、その全てを知っているのは、加害者であり、根本。


 ――ナノこと、椎也なのだ。


 しかし、その椎也の声。

 機械越しでも分かるのが、椎也は、今の状況を心の底から楽しんでいるということだ。

 昔から、どこかのネジが抜けているとは思っていた。だが、ここまでとは思っていなかった。

 抜けていると言うよりは、ネジなど破壊されている、と言った方が正しいのかもしれない。


 どう足掻いたところで、まともにはなれない。


 戻れない。

 椎也に、まともな頃があったのかどうかは、知ったことではないけれど。


 妹を利用されていることに抱く殺意を、椎也に向けながら、しかし抑える東。

 彼は、


「じっくりと説明しろ。説明によって俺は、お前を斬ることになるぞ」


 そう、脅すように言う。

 冗談ではなく、本気の本気。

 目の前のガラクタを弾き飛ばしてしまいそうな衝動が生まれてくる。

 だが、偵察蜂を壊したところで、椎也は痛くも痒くもない。

 なので、無駄なことはしない。――刀は、いつもの位置から下げておいた。


『いいと思うよ、全然。ただ、できるかどうかなんだけどね。……ああ、勘違いしないでほしいのが、まともに戦ったらもちろん、僕は東にも明日希にも勝てないよ。……でも、それはまともに戦ったら、ということだ。

 そもそも、向き合わなければいいってことさ。東には、僕を見つけることはできないよ』


 椎也の言葉に、東はなにも答えない。

 答える気など失せたという感情も、あるにはある。

 しかし、言い返せないという感情も、いくらか存在している。


 確かに、椎也が今、一体どこにいるのか、なんてことは分からない。

 馬鹿正直に、自分の家にいるはずはないだろう。

 椎也の人間関係、その周辺にいる人間に、

「部屋にいる」と伝えているとしても、それは真っ赤な嘘だと言える。


 椎也は、ナノなのだ。

 そこそこの大きさを持つ、組織の、それなりの立場にいるのだ。


 指示を出さなくてはいけない立場にいる。

 となると、こんな砂漠の真ん中にある街にいるだけで、世界中の仲間に指示を出せるとは思えない。やはり、田舎街ではなく、都市部で行動をしておいた方が効率的である。


 椎也の居場所は、特定できたも同然だったけれど――。


 とは言っても、都市部はたくさんあるのだ。

 ここから見つけ出すというのも、至難の業である。


 結果的に言えば、椎也の居場所を見つけることはできなかった。

 しかし、それでも、東は――、


「いや、斬る。お前を探し回って、斬ってやるさ」


 と、言い斬った。


『それは恐いな。まあ、楽しみにしておくよ。それで、明日希は、どうなんだい?』


 話を振られた明日希は、以前から固まっていた考えを、そのまま吐き出した。


「俺も、同じだよ」


『了解したよ。ただ、話すのはいいさ。もちろんいい。けど……僕から話したいところなんだけれどね、でも、問題が一つあるんだよ。

 僕には、特に問題はないんだが、この偵察蜂が壊れたところで、また向かわせればいいことだから問題はないんだけれど――。あるのは君たちだ。今はおとなしい、暴走しているはずのメモリ、いや、芹菜か……。彼女が、ずっとおとなしいとは限らないよ?』


 その言葉と同時。

 まったくの偶然。


 まるで、椎也の合図によって動きが激しくなったように感じてしまう、芹菜の動き――。

 しかし、椎也にとっても、予想外と言える。芹菜の動きが、暴走が、活発になった。


 けれど、予想外と言っても、静かな状態、というのが、既にもう予想外ではある。


 嬉しい誤算ではあったので油断していた――。だが、考えてみれば、ただ通常通りに戻っただけで、予定通りのように、芹菜は暴走しているだけなのだ。


 椎也にとって計画など、予定など、ずっとずっと昔から、破綻しているわけだけれど。


「――――」


 明日希と東は、不本意だが、椎也から視線をはずす。

 そして、芹菜に向ける。


 苦しむ芹菜の表情。

 傷だらけの姿。


 それを見て、思わず抱きしめたくなった。

 傷を癒してやりたいと、心の底から思う。


 しかし、今それをすれば、自分は間違いなく、芹菜にとって殺害対象に設定されてしまうだろう。それはそれで構わない、という覚悟はある。それならそれで、全然、受け入れることはできる……。あの時、一度、死なせてしまったのだから、それくらいの償いくらいはできる。


 そう思っていた。けれど、今は、今だけではできなかった。


 せめて、椎也から全てを聞き出すまでは、芹菜に尽くすことはできない――。


 だから、


「こっちはこっちでなんとかする! だから説明しろ――椎也っ!」


 今だけは、お前から目を背けることを許してくれ――。


 二人は視線で訴え、芹菜の攻撃をひたすら躱す。

 芹菜が呼ぶ、自分たちの名前に、返事もせずに。

 二人の意識は、椎也に向いていた。


 そして、椎也が言う。


『へえ、どうやって解決させるのかと思えば、そうくるのか……。まあ、いいか。こちらとしては、問題はないわけだからね。

 ――それじゃあ、話そうか。

 時系列としては一年前。

 東が、瀕死の芹菜を連れて、街を出たところから始まるよ』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る