第39話 暗躍のナノ

 錬磨のその言葉に、頭を思い切り殴られたような感覚がした菊乃——。

 それ以上、錬磨に感情をぶつけることはしなかった。


 錬磨の言う通りなのだ。

 迫る芹菜は、暴走していると言える状態だ。無差別に攻撃しているからこそ、菊乃も本気で命の危機を感じ、反撃しようとしたのだが……。

 芹菜の中に眠っている人格が、菊乃と錬磨の動きを止めたのだ。


 あの頃とあまり変わらない、無邪気な声で。

 芹菜は、明日希と東の名を呼んだ。


 それを聞いてしまえば、菊乃だって、錬磨だって、芹菜に向かって反撃することなどできないだろう。ただ、相手の攻撃を受けるしかなくなる。そして実際に受けた二人は、瀕死の状況にまで追い込まれ、地面に伏している状態になるのだ。

 だからと言って、あの時の選択によって、今この状態になっていることに、後悔などは、微塵も感じていなかった。


 これでいい。

 逆に、良かったと思っている。


 今の状態にならなくては、分からないこともあったのだから。


「……あの時、死んでしまって、そして、傷つけてしまった人がいた。

 だから芹菜は今、明日希と東を助けるために、自分と戦っているのかもしれないね」


「誰かを救うために戦ってる奴ってのは、一際、輝いて見えるんだよな」


 菊乃の呟きに、錬磨が答える。


「あんな姿なのに、ヒーローみたいに見えちゃったよ」

「それは――、ああ、俺も思った」


 人というものは、命懸けで特定の誰かを助けようと動く時、輝いて見えるのだ。

 たとえ、助ける側がどれだけ酷いことをした悪人だろうと、関係なく。


 悪人なんて看板は塗り潰され、ヒーローへ書き換わる。


 だから、ヒーローという存在は特定され、固定なんかされない。


 菊乃と錬磨がやっていたあのくだらない争いは、言ってしまえば無駄なことだったのだ。誰でも、ヒーローになれるし、誰でも、ヒーローでなれなくなるし――。

 なろうと思ってなれるものではなく、気づけばなっているようなものなのだ。


 無自覚で、そして、後から気づくものなのだ。

 ヒーローというものは、そういうものだ。


「立てるか、菊乃」

「誰に言っているのよ」


 激しい痛みが全身を突き抜け、破裂しそうな不安があったが、そうなった時はそうなった時か、と思い、不安は全て捨てる。

 それよりも、今は芹菜を助けたいという気持ちが勝っているので、菊乃と錬磨は、体を起き上がらせる……、さっきよりも、簡単にできた。


 しかし、言うほど簡単なことではない。

 ――心の中で、思うことはある。


 だが、そんなことはもう、心の中には残ってはいなかった。

 そんなものはもう、消えている。


 ただ、助けたい相手の顔だけが浮かんでいるだけであった。

 そして、助けてから――言う。


 あの一言を言うために、菊乃と錬磨は走り出す。


 芹菜に向かって、

「おかえり」と言うために。


 戦場へ、駆け出した。


 ―― ――

 

 面白いことを求める椎也が、常識では考えられないことをするのは、明日希も東も、仲間だったからこそ、分かってはいた。しかし、メモリ、芹菜――。

 状況を面白くするために利用したものを考えると、

 今ここで、冷静に椎也に向き合うことはできなかった。


 やり過ぎだ。

 やってはいけないことだ。


「椎也……お前は、なにを知ってんだよ!」


 叫ぶ東は、大体の予想をつけているが、

 けれど、認めたくないがために、事実から目を逸らす。


 だから――あえて、椎也にそう聞いていた。


 椎也の方は、堪えたが出てしまったような笑いを、マイクに拾わせながら言う。


『とりあえずネタバラシをするけど――「ナノ」ってのは僕だよ、東』


「……それは、」


『あれ? もしかして知ってた? 勘付いていた? まあ、どっちでもいいかな。

 今、こうしてネタバラシをしてしまったんだから、もう関係ないことだしね』


 確かにもう、知っていたところで、どんな意味も持たない事実ではある。

 東が所属している組織は、『ナノ』の真下に位置している。

 だからこそ、東は自分の上にいる人物を調べていたのだ。 


 東は、椎也が『ナノ』かもしれない、というところまではいっていたのだが、そこから先は確信がないために見送っていた。

 なので、候補には入っていたので、椎也のネタバラシに必要以上に驚くことはなかった。


 驚いていたのは、明日希の方だった。


 椎也を知っている者からすれば、

『ナノ』のやり方に、椎也の面影を見つけることができたのかもしれない。


 だが、この街から出ない明日希には、

 そんなことを見つける暇などなかったのだろう。


「椎也が『ナノ』って――……っ、

 じゃあ、他の街で起こっている色々な騒ぎって、お前がやってたのかよッ!?」

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