第42話 背中合わせ

『僕は変わらない。

 昔からなにも変わらず、ただ兵器が好きなだけで、兵器の味方なだけだ。

 その中でも「人間味のある兵器」を作ることは僕の夢なんだ。

 そして、出来上がったのが芹菜……。いや、メモリだ。これは実験と言ってもいいだろうね。

 暴走は予想外で、やり過ぎだとは思ったけれど、

 東を倒せるのは、性能としては充分過ぎるほどに、充分だよ』


 椎也は、明日希に敵意を向けられ、そう答えた。

 しかし、明日希はなんとなくではあったが、分かった。


 明日希は、チームのリーダーだ。なにを考えているのか分からない仲間がいても、言っていることが本音なのかどうなのかくらいは、分かるというものだ。

 この椎也の言葉には、本音が混じっているところもあるが、

 しかし、嘘を言っているところもある。 


 だが、分かったところで、どの部分が嘘なのか、本音なのか、分からないのだが。


「…………」


 分からない言葉を、黙々と考えるよりも、

 まずは、現状を打破することが最優先だ。


 その中でも芹菜を止めることが、一番重要なのだが……、東の状態も放ってはおけない。

 治療するにしても、この場所ではできない――。

 だから自然と、芹菜の対処をしなければいけないのだけれど……。


 そうこうしていると、


 芹菜が、翼の真下の地面を、両翼で同時に叩く。

 その衝撃が、一直線に明日希と東に向かっていき、

 距離が遠かったのにもかかわらず、二人は、吹き飛ばされる。


 血だらけの状態の東の体が、地面に容赦なく削られていく。

 明日希は、芹菜から受けた衝撃を使い、勢いをつけ、東に飛びかかる。


 手を伸ばし、なんとか東の体を掴む明日希。

 彼は自分の体を地面と東の間に挟み込み、東が地面に削られることをなんとか防ぐ。

 ただ、明日希の背中は削られているわけで、ダメージは途轍もない。しかし、こんな痛みは、芹菜や東が味わっている痛みに比べたら、痛みとは言えない、ただの違和感の範疇である。


 これくらい、耐えられなくてどうする。

 泣き言なんて言っていられない。


「っ、いぎぃ、あがッ」


 勢いが止まり、その場で転がる明日希。

 背中の皮膚が、全て剥がされたような感覚に襲われる。

 明日希は、地面を思い切り殴り、その痛みを、無理やり忘れさせる。


 痛みに構っている暇はない。


 こちらに歩み寄る、と言うよりは、

 飛んで寄ってくる芹菜には、さっきのような、自我を持っているような気配はなかった。


 もしかしたら、飲み込まれたのかもしれなかった。


 完全に、暴走してしまったのかもしれなかった――。


「くそッ」

 明日希が、思わず呟いた時である。


 明日希の体の上で、気絶していた東が起き上がる。

 東は、背中を抉られている。

 明日希の痛みの、何十倍もの痛みを抱えているというのに、それでも東は、立ち上がる。


 気絶できるわけがない。

 妹がそこで苦しんでいるというのに、助けを求めているというのに。

 こういう時に、一番、近くにいなくていけないのは、兄貴であるのに。

 だから、気絶など、できるわけがなかった。


 痛みなど関係なく、死んでしまうかもしれない可能性の危機など、関係なく。

 たとえ、命を落としたとしても、構わないという覚悟で、東は立ち上がる。


 そして、明日希も立ち上がる。


 隣にいる東を見る。その怪我で戦うことは危険だとは、分かっている。その怪我によって、戦闘中に邪魔になってしまうかもしれない。でも、それでも明日希は、東を隣に立たせた。


 何千と、背中や隣を任せてきた仲である。

 ここで、東以外が隣にいたり、

 自分一人しかいなかった場合は、逆に、明日希はいつもと同じ力が出せないだろう。


 芹菜が前にいるからこそ、ここは東でなければならない。

 たとえ、死にそうな怪我を持っていても、問答無用で立たせる。

 それは、友達としては失格かもしれない。

 だが、仲間だ。仲間には、無茶を要求する。


 自分勝手こそが『我武者羅』だ。


 そして、



「隣は任せた」



 明日希と東の声が重なる。


 その様子をずっと見ていた椎也は、懐かしむと同時に、昔から抱いている、嫉妬心というものが蘇ってくる。それもそうである。チームを作ったのは、明日希と東と椎也……。しかし、明日希と東はよく一緒にいるけれど、椎也が一緒にいることは少なかった。

 それは、昔から変わらないことだったのだ。


 椎也だって、思うのだ。なぜ、自分はあの二人の横にいられないのだろうか。

 どうして、背中を預けることができないのだろうか。

 どうして、同じ場所に立つことができないのだろうか、と。


 それは、椎也が直接、戦うタイプではないからこそ、

 背中も横も、預けることができないのである。


 それに、椎也は普段から外を出歩かない。なので、一緒にいることがそもそも少ないということもあるのだ。それは、椎也自身、分かっているし、理解していることでもある。


 けれど、嫉妬心は止まらない。


 だからと言って、どうこうするつもりはないけれど。


 ただ、

『羨ましいなあ』と、椎也は、そう思うのだ。


 自分勝手に起こした騒ぎで、今更こんなことを思うのは。

 人を弄び過ぎだ、ということは、誰の目にも明らかである。


 しかし、椎也の本音ではある――。

 椎也は、明日希と東の、二人の力になりたかったのだ。


 まあ、そんなことを思っていても、口には出さない椎也である。

 ともかく。


 現状打破の一手――。

 芹菜の止め方であるが、椎也は、知っていた。


 これまた、自分から言わない椎也なので、外に出ることはない情報のはずだった。

 あっちが、椎也に聞いてこない限りは、ずっと、埋もれたままだったのだ。


 敵である自分にそれを聞いてくるなんて馬鹿なこと、

 してくるはずがないと椎也も思っていたのだが――、



「椎也、芹菜の止め方――分かるか!?」

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