第37話 差し出す大罪人

「俺のせいなんだよ。俺があんなことをしなければ、芹菜は、遠くにいかなかったんだよ……。

 俺のせいなのに、なのに、俺が勝手に生きていいわけ、ないだろうがよ……。

 ――前に進んでいいわけ、ないだろうが……。

 ――縛られなくちゃ、いけないだろうがッ! 

 ……俺は罪を持っている。だから、罰がくるのは当たり前だろう。

 なんでなんだよ。――簡単に、進めるわけないだろうがッ! ……俺は加害者だ。でも、勝手なことを言えば、俺だって被害者とも言えるんだ。……お前だって、被害者だろう……っ。

 なのに――、なんでお前は、そんな簡単に前に進めるんだッ! なんで、そうやって乗り越えられるんだッ! どうして、自分のやるべきことを、そう簡単に見つけられるんだよッッ!」


 東は、なにも答えない。


「……は、は――。実は、芹菜は死んでいないって、ことなのかもな……。あいつはどこかで旅をしてて、ふらっと戻ってくるって、そういうことなのかもしれないな――。

 ああ、だから俺は前に進んでいないのか。あいつが戻ってくる時、俺が、芹菜が旅立った時と同じ状態でいられるように……。そういうことか、そういうことなのか――。

 それが、俺のやるべきことなのか。

 俺は、目的をきちんと達成することが、できていたってわけなのか……。は、は……——」


 力のない笑みを見せ、頭を抱え、明日希は自分自身を騙しながら、今という時間を生きようと、懸命に努力をしていた。

 それほどのことをしなければ、精神が壊れてしまう。

 だからこその、本能的な行動だったのだろう。


 進めなかったことを、勝手に捻じ曲げ、事実を改竄してしまう。

 まあ、気持ちは、分からないわけでもない――分かる。東だって、そういう精神状態になったことがある。そうなるのも仕方のないことだとは思うけれど――でも、なんだか今の明日希を見ていると、思わずぶん殴りたくなってしまう。 


 いや――殺したくなってしまう。


 復讐、復讐と、心の中で、それ一色に埋め尽くされていた時よりも、今の東は冷静に、殺意だけを抱いていた。そして、刀を握る手に、無意識に力を込めていた。


 そして、思う。

 芹菜は、命懸けで、こんな野郎のことを守ったのか――と。


 東の目が、冷たく、冷え切っていく。

 人を殺したところで、なにも感じないほどの、絶対零度の精神に到達してしまったかのように――。見ているだけで凍りつくほどの殺意を、周囲にばら撒いていた。


 失望と落胆を、明日希に抱く。その理由はいくらでもあるだろうが、しかし、理由など、東自身に言わせてみれば、特にはないと言うだろう。

 ただ単純に、見ているだけで腹が立つから、と――たったそれだけのことなのだ。


 苛立つから苛立っている、とでも言うようなものである。 

 東は芹菜の死を受け入れ、復讐に憑りつかれているもう一人の自分を克服した。

 そして、


『裏』の仕事。

 汚れてはいるものの、仕事をしながら前に進んでいる。


 それが、今のやるべきことだと思ったからこそ、進んでいるのだが。


 しかし、明日希は芹菜がまだ『生きている』と、希望を持って。

 取ってつけたような希望を言い訳にして、停滞している――立ち止まっている。


 そんなことなら、いなくなれよ。

 こんなに腑抜けているのならば、いらない。


 芹菜が懸けた命が無駄になってしまうが、しかし、こんな腑抜けた奴を生かしておく方が無駄になってしまうだろう。

 ただの負け犬を生んでいるだけで。マイナスを生んでいるだけなのだから。

 さっさと、この世界から退場してくれ――、そう言わんばかりに、東が刀を構える。


 頭を抱えながら俯く明日希の体勢は、まるで、首を差し出す囚人のように見えた。


 そして、その首を斬り落とすかのような勢いをつけた東の刀が、明日希の首を、


 斬り――、

 落――、


 ――とすことはなく、

 明日希の首は、繋がったままであった。


 そして、事態は、

 明日希のことなど相手にしている状況ではなくなるように、加速していく。


 轟音が響く。

 近くの建物が吹き飛んだことで、明日希も東も、意識が全て、そっちに持っていかれる。


 建物の崩壊と共に生まれた、粉塵に覆われた世界。


 そこを観察していると、灰色のカーテンを突き破るようにして、『誰か』が出てくる。


 それは、たった一人の『少女』であった。


 てっきり、出てくるのは蜘蛛の兵器だと予想していた二人にとっては、なんとも拍子抜けに感じてしまう。だが、二人の体を走り抜ける危機の予知は、蜘蛛の兵器の時とは比べものにならないほどに、強力であった。


 腑抜けていた明日希も、冷静な殺意を持っていた東も。

 ただ、一点だけを見つめる。


 こうして、新たな敵が出現したことによって、まともな思考回路に戻ったのは、幸いと言えるものだ。けれど、その少女を見て、二人は目の前の『敵』を、『敵』とは思えなくなっていた。


 相手は、なにを言っているのか分からない、言語が破壊された様子であった。姿も、背中に天使のような羽が生えているので、一目見ただけでは、二人が思い描く『彼女』とは一致しなかったけれど、だが、あれは、間違いなく、


 メモリ、であった――、


 そう言える。


 なによりも、顔と体格が同じなのだ。それに、破壊されている言語を使ってはいても、声はメモリのままだったので、間違いではないだろう。


 ……確かにメモリだけれど、様子がおかし過ぎる。話しかけたところで、まともに言葉など返してくれそうにない雰囲気である。

 もしも、言葉を返してくれたとして、その返事は、明日希を明日希として認識しているからこそ返ってくるものではないだろう。


 なにがどうなったのかは分からない。


 だが、メモリの身に、異常事態が発生したことは、事実のようである。


「な――なんなんだよ、あれッ!?」


「メモリに間違いはないけど――これは……」


 明日希と東は、今の今まで、喧嘩のような――いき過ぎて、殺し合いになってしまっていた状況だったのにもかかわらず、切り替えが早く、すぐにメモリの問題へ思考を移していた。


 明日希の方は、さっきまで壊れていたというのに。

 早い回復であるのは、やはり、メモリの異変という、衝撃が強いものだったからなのか。


 ともかく。


 こうして、二人の意識は完全に、メモリに向いたことになる。

 そして、ここで、メモリは狙ったわけではないのだろう。

 意識はほぼないのだから、意図的ではないのだろう――。


 だが、呟いた言葉は、

 二人を戸惑わせるには、充分過ぎる言葉であった。


 メモリは言う。


『彼女』と同じ雰囲気を持ちながら――言う。


 言った。



『――明日、希――、お兄、’&%myfちゃ、ん――』

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