第28話 旧知、続々と
「――ちっ、燃え移っているのなら、着続けることはできないか」
地面を突き破り、飛び出してきた兵器。そして、噴出された炎。
それをまともに喰らってしまった東は、吹き飛ばされて、地面をごろごろと転がる。
転がることを利用し、黒マントに燃え移ってしまっていた炎をどうにか消そうと努力してみたが――消えない。対処の仕方を変えてみる。
消すのではなく、もう、捨てる。
着ていた黒マントを脱ぎ、地面に叩きつける。
炎によるダメージは、可能な限り、少なくすることができた。
そうこうしている間に、明日希との距離が離れてしまったらしい。すぐに戻ることができる距離を、大幅にオーバーしてしまっている。
たかが炎の噴射、と甘く見ていたことに後悔する。
こうなることが分かっていれば、もう少し警戒したものを……。
過ぎたことを言っても仕方ない。
東は、地面に刀を突き刺すことで、どうにか勢いを殺す。
地面を斬り裂きながら――だが、勢いはなかなか止まらない。
このことから、威力が思った以上にあったのだということが分かる。
刀を握っていた手が、びりびりと痺れている……、
やがて、それもなくなっていく。
すぐにでも明日希の元へ戻ろうとした東だったけれど――、
そこで、見て見ぬ振りができないような状況に鉢合わせしてしまった。
黙って去ることはできそうにない――なので、
「…………ああ、あーもうッ!」
言いながら、進路変更。
握っていた刀を、大きく振った。
刀の刀身が伸び、東の視線の先にいる、さっき見たのと同じ姿をしている『蜘蛛の兵器』へ向かっていく。そして、ボディについている鎌の武器を、根元からばっさりと、斬り落とした。
遠目からの発見なので、襲われているのが一体誰なのか分からなかった。ただの一般市民だと思っていたので、だからこそ助けたのだけれど――、近くにきて、見て、初めて分かる。
襲われているのが誰なのかを理解して、助けなければよかったな、と後悔した。
「まったく、椎也の奴め。邪魔をしてくれやがって。
せっかくの明日希との感動の再会が、台無しじゃないかよ」
そう言って、さり気なくこの場から去ろうしたが。
どうやら、そう簡単に去ることはできそうになかった。
「ちょおっ、待て――東!」
と、警官――柴村紫の声が、東の耳に響き渡る。
「なんで――ずっとずっと帰ってこなかったお前が、今この場にいるのか気になるところだけど、細かいことは後だ。
勝手に助けて、一時的な危機を助けて、それで終わりってのはさすがに酷いだろうが!」
「ああ、そっか」
東がしたことは、振り下ろされようとしていた鎌の根本を、斬り落としただけだ。
しかも、一本だけ。
もう一本はきちんと存在している。
それに鎌だけが攻撃方法ではない。実体験を検索すれば、炎を噴射してくるのだ。この兵器なら、他に武器があったところでおかしくはない。
だから、ここで東が去ってしまえば、紫と、近くで固まっている鍛波が、この兵器を倒すことはできないだろう。
つまり、東が倒さなければ、危機から脱したということにはならない。
なので、東はテキトーに、片手間のように刀を振った。
もう一本の鎌を、斬り落とす。
相手の攻撃方法を制限させ、ついでに(……とは言っても、ついでと言うには働き過ぎな労働力ではあったが――)蜘蛛の兵器の足を全て、斬り落とした。
これで、行動にも制限をつけることができたわけだ。
刹那の硬直の後――、地面に腹からダイブする蜘蛛の兵器。
そして、最後の攻撃と言わんばかりに、炎を噴出させようとしていたが――、
「二度も同じ手を喰らうか」
リベンジだ、とでも言いたげな目をしながら。東は、炎が噴出される前に、刀を縦に振った。蜘蛛の兵器は、一刀両断される――綺麗に、左右に分断された。
もしかしたら、左右に分断されたところで、もぞもぞと動くのか、と思ったが、
さすがにそこまで常識破りではなかったらしい。
蜘蛛の兵器は静かに息を引き取り――、シャットダウンした。
「ふう」
東は、一息つく。
「どうにかできたけど。――にしても、椎也の奴。容赦がないというか、なんとい――」
「あ・ず・まぁああああああああああああああああああああああああっっ!」
予想はしていたけれど。
だが、不意にこられたために、紫の優しい、だが痛いラリアットを、避けることができなかった。そのまま頭をがっちりとロックされて、拳でぐりぐりと頭蓋を強く、撫でられる。
いや、これは撫でられる、なんて優しいものではなかった。
「痛い痛い痛いっ!?
――文句ならいくらでも聞くから、さっさと手を離せ、馬鹿ッ!」
「馬鹿? おいおい、お前は明日希と違って、そんな乱暴な言葉を使うことが少ない子だっただろうに。なんだよ、この一年でお前に一体なにがあったと言うんだ、東?
いいから話してみ?
話せば楽になるし、うちらとしても、お前になにがあったのかよくよく分かるからさ」
話してみればいい、と東に要求をしておきながら、頭のロックをはずすことはしない紫。
それに、頭のぐりぐりもやめる気配はなさそうだった。
そんな紫に、もちろん、話そうとは思わない東である。
まるで、思春期にいちいち話しかけてくる母親みたいで……うざったい、と東は思う。
だが、母親など、それに父親など――、
血縁関係が妹だけしか分からない東にしては、的確なたとえだと言える。
紫の対応に、さすがに苛立った東は、
目の前にいるのが、今まで世話をしてくれた恩人だとしても、構わずに――。
したくはなかったけれど、だが、仕方なく――、刀を向ける。
「離せ、俺は本気だ。
これ以上ちょっかいをかけるなら、その皮膚を削る」
……そう脅す。
冗談でなく。
けれど、命まで取る気はないような、東の言葉。
その脅しの内容は、なんだか、緊張に欠けるものであった。
つまりは、中途半端である。紫も、それには気づいたらしい。
「首を落とす、とまでは言わないあたり――、
まあ、まだ落ちるところまで落ちたわけではないんだな。それについては、安心した」
紫の中で、どうやら納得できたらしい。がっちりと押さえていた東の頭を解放した。
ふう、と息を吐き、解放された頭を左右に振る。そうして、感覚を元に戻す。
そして、東は、このままこの場を去ることを決断する。
文句はいくらでも『聞く』と言ったが、しかし、自分のことを『話す』とまでは言っていない東。なので、『話せ』と強制されたからと言って、簡単に口を開くわけではなかった。
東は、二人に背を向け、歩き出す。
明日希がいる方角へ、進み出す。
助けることは叶った。
ここで、紫や鍛波が自分のことを問い詰めてくるのであれば、さっき助けた恩を振りかざして撒けばいいかと考えていた東だったが、意外にも、二人は口を開くことをしなかった。
文句すらもなかったというのは、逆に、異様である。いや、それは言い過ぎか。
ともかく。
問い詰められなくて、安心していた。
そんな、東に。
鍛波は、気軽に聞いてきた。
問い詰めてくれた方が楽だったのに。
そう思ってしまうほどに。
重い言葉を。
軽く。
気軽に、聞いてくる。
「もう、あの時のことは気にしていないのか?」
思わず立ち止まる。
その質問に、体が硬直した。
気にしていない?
そんなわけ……。
そんなわけ――ないだろう!
叫びたくなって。
殴りかかりたくなって。
握っている刀で、斬りかかりたくなって――。
しかし、そこで感情を抑えた。
自分でもよく抑えられたな、と思う。
そして、その感情の抑制が。さっきまでの、明日希を見てからの人格の変動を、元に戻していた。実際には全然、この場にきた時にはもう、冷静になっていたかもしれなかったが……。
だが、こうして自覚したのは、今だった。
冷静になったのが、その質問のおかげだと言うのは、個人的には嫌な感じだった。
けれど、その質問の力なのかもしれないことは、否定できない。
鍛波が狙っていたのかどうかは、判断がつくところではない。
どうせ分からないので、スルーすることにする……、
しかし、質問の方は、スルーできそうになかった。
だから、正直に答える。
「…………そんなわけ、あるかッ!
気にしてないわけあるかッ! 気にしてるに決まってんだろうがッッ!」
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