第27話 分断する兵器

 地面の砂が舞い上がり、カーテンのように目の前を遮断してくる。

 しかし、それも一瞬のことだ。

 蜘蛛の兵器が地面に着地した時の突風で、砂のカーテンはあっさりと消え去った。

 明日希は相手の姿を確認することができるようになる。


 駆動音をやかましく鳴らす、蜘蛛の兵器を見つめる。


 すると、搭載されていたのか、大きな鎌をいきなり、横へ振ってきた。

 明日希は、その攻撃を、ギリギリで避ける。


 それは、明日希の努力によるものだとは思う。だが、違うかもしれない。


 蜘蛛の兵器の意識が、東にも向いているとしたら。

 ――だとしたら、攻撃が分散しているからこそ、明日希は今の攻撃を避けられたのかもしれないのだ。


 明日希は、避けることができた。

 だが、反対側にいるであろう東は、避けることができたのだろうか。


 東の名を叫ぼうしたが――、

 しかし、その言葉は吐き出される前に、口内で変換される。


 全体像というわけではない。

 だが、ちらりと赤い炎が見える。

 その炎は、明日希とは真逆の方向へ、勢い良く噴射されていた。


 砂のカーテンが消えてすぐに、今度は真っ赤な幕が現れる。


「な――燃え……てっ!? ――東!」


 変換された言葉を吐きながら、変換前の言葉も同じく吐き出した。


 東の名を呼ぶが、しかし、東からの返答はない。

 もしもそこにいるのならば、「こんなことで俺がやられるか」とでも言ってきそうなものだ。

 それがないということは、可能性として一番あり得るのが、炎に焼かれた、という事実。

 だが……、あの東がただの炎にやられるなんてこと――明日希は、とても信じられなかった。


 死んだわけではないのだろう。

 だから、吹き飛ばされた、ということか。


「……それならそれで、ちょうど良い一人の時間になるからいいけどさ――」


 明日希は、安堵の息を吐く。

 目の前には、蜘蛛の兵器があるというのに。

 そんなものはどうでもいいと言うように、視線を外す。


 兵器、ということは。


 十中八九を越えて、百パーセント、椎也であることは分かっている。

 なので、危険はないだろう、と余裕を持っていたのだが。

 どうやら、その余裕は崩されたようだった。


 微かな電子音を奏でる蜘蛛の兵器。

 明日希の顔でも確認しているのだろうか。


 突然、目の位置にあるであろうセンサーを光らせる。

 そして、自重を支える足を、振り上げて。


 明日希の元へ、振り下ろしてきた。


 東が喰らったであろう炎で攻撃されることがなかったのは幸いであった。

 しかし、連続で繰り出される、足での攻撃。

 これはこれで、常に避け続けていないといけないので、結構しんどいのだ……そう愚痴をこぼしたくなる。だが、何十と拳が入り乱れる場所で、思考をしながら戦ってきた明日希としては、まるで昔のようで、忘れていた感覚が戻ってきているようで――、

 覚醒していくようで。気分は、悪くはなかった。


「…………」 


 避けることができてしまっていることで、考える時間が作れてしまう。

 とりあえず、現段階での問題。


 どうにかしなければいけない問題は、もちろん、東との再会の一件である。

 しかし、その件は正直なところ、どうすればいいのか分からない、との結論しか出ない。


 東と戦う理由はない。

 だからと言って、攻撃を受け続ける理由もない。


 東は、自分を殺しにきている。それは、明白。分かり切っていること。

 でも、明日希にも、死ねない理由がある。

 死ぬことが許されない、理由というものがある――。


 これは、東と戦う理由には、なってくれるのではないか。



「やっぱり、戦うことになっちまうのか……」


 言葉で済ませることができれば、それでいいのにと思うが。

 しかしその逆の、言葉で済ませてはいけない事柄だろうという感情もあり――、

 自分で言っていて、矛盾しているな、と明日希は自分自身に呆れる。


 すると、


『――喧嘩はダメだよ、絶対にダメ! そりゃ対立することはあるかもしれないけど、ダメッたらダメなのっ! 私が嫌なんだから、すぐに仲直りして――はい、分かった?』


 と。


 そんな、懐かしい声が明日希の頭の中で再生される。


 明日希は、思わず目を見開いてみるが、声の主の姿が見えることはなく、存在していることはなかった。……そう言えば、そうだな、と。

 記憶の奥にしまっておいた声を聞いて、思い出す。


「『あいつ』がいれば、間違いなくそう言っていただろうな。無理やりに、間に入って止めて。どちらにもちゃんと気遣うことができて、フォローをしてくれて。でも、もしもあいつがいて、今のこの状況で同じことをしても、たぶんさあ、今回は無理なんだろうなあ……」


 どこか、現実ではないところを見つめながら、明日希は呟く。


 そもそも、明日希が言う『あいつ』が、もしもここにいるのならば。明日希と東が対立することはなく、今の状況など生まれないことになるのだが――、そんなことは、明日希は考えていなかったらしい。それに、なんとなく呟いてみただけで、すぐに意識が、切り替わる。


 蜘蛛の兵器から繰り出される足を避けて、そして、どんどんと懐へ入っていく。


 東と喧嘩をするためには、まず、この兵器をどうにかしなければならない。


 どうにかする方法を考えながら――、すると、明日希は、少しの違和感を得る。


 大したことはない、些細な違和感だとは思う。

 しかし、こうして東との再会という、日常から離れた事態に巻き込まれている明日希は、この違和感を放っておくことはできなかった。


 ――違和感。


 椎也の兵器が街中をうろうろしているのは日常茶飯事だ。明日希も、騒ぎに巻き込まれることが多々ある。しかし――今みたいに、『本気で殺しにきている』兵器というのは、不自然であった。しかも、知り合いに、だ。侵入者に向けてならば、まだ分かるが。

 それが東だとしても――、まあ、納得はできるけれど。

 だが、自分にくるのは納得できないものがる。


 だが、


「ま、椎也には悪いけど。とりあえず、叩き壊しておけば大丈夫か」


 そして、明日希は拳を握る。


 見て分かるほどの不利を覆す、破壊の音が響き渡る。

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