第26話 明日希vs東
さて、と一息入れた明日希は、目の前の敵に意識を向ける。
同時に、黒マントで全身を包み込む青年は、
いきなり自分の、隠していたはずの顔を、外界に晒してきた。
表に出てきた顔を見て。
明日希は、口には出さずに心の中で、やっぱりか、と思う。
――域波東。
かつて親友だった青年が、明日希の目の前に存在していた。
東だということは、なんとなくで分かっていた。だから、いざ目の前に現れたところで、取り乱すことはないと思っていたが……、しかし、いつも通りに対応するなど無理だった。
最悪の展開。
この場にいたくないという欲求が心を支配し、逃げ出したくなる。
だが、逃げることなど、東の前ではできなかった。
もしも、行動に移したとしたら――、東の追跡からは、逃げられないだろう。
それに、逃げるということは、東に向け、償うことができていない証拠になってしまう。
そうは思われたくない。
だが、自分が償えているかどうかは、自分でも分からない。
するとそこで、
「――――っ」
明日希は、東を見たことで、忘れていた『あの時』のことを思い出してしまい、少しの吐き気を感じる……だが、なんとか抑えることができた。
口を手で塞ぐ行為をしないで済んだのは、幸いだった。
もしも、行動に示してしまったら、自分はまだ、あの時のことを引きずっているということを、彼に教えてしまうことになる。
乗り越えなくていけないのに。
乗り越えて、東に見せなければいけないのに。
それが、するべきことだというのに。
自分は未だ、荷物として背負ったままなのだ。
「久しぶり、明日希」
「……そうだな。一年ぶりくらいか、東」
二人の会話は、懐かしい顔に出会った、という普通の会話であるのに、しかし、纏っている空気が殺伐としているために、嬉しくなる展開には、まったくならない。
互いに、警戒を解かないままに。
本当に、過去、親友だったのかと思ってしまうほどに。
二人の空気は、重過ぎる。
その警戒も、親友だったからこそ、互いに全ての手の内を知り尽くしているからこその警戒なのかもしれない。下手に飛び込むのは危険。だからこそ、見極めているのかもしれない。
東としては、そうなのだろうが……、
しかし、明日希としては、違かった。
東を攻撃する理由がない。
だから、東とこうして警戒し合って対面しているのは、おかしなものだった。
しかし、だからと言って、
黙って東の攻撃を喰らってやるほど、明日希も自分が大切でないわけではない。
避けることに集中し、どうにか、東の中に溜まっている怒りや不満を、受け流せないか。
そればかりを考えていた。
そして動く。
動いたのは、意外にも東だった。
明日希は、動かないだろう。
それが分かった東は、すぐさま飛び出した。明日希の射程範囲にはギリギリ入らない、境界線半歩、手前で止まり、刀を振るった。鞭のようにしなり、半円を描いていた刀身は、徐々に真っ直ぐになり、明日希の眉間に向かって、振り下ろされる、が――間一髪で、明日希は躱す。
カウンターを狙うのならば、絶好のタイミングだった。
だけど、明日希はカウンターを入れることなく、東が詰めてきた距離を、そのままの体勢で後ろに跳ぶことによって、ぴったり、距離をさっきと同じに戻す。
そして、振り出しに戻る。
この一瞬の攻防で、明日希には戦う気がないということを、東は見破る。
だが、それは分かっていることではあった。なので、つまりは、再確認である。
東の一方的な戦い。
明日希は、なにもできずに攻撃を喰らうばかりである。
しかし、それでも、東は止まらなかった。
止められなかった。
一方的でも、不平等でも、理不尽でも。
ただの、自分勝手な、わがままでも。
東は、明日希にこうしなければ気が済まなかった。
こうでもしなければ、おかしくなりそうだったのだ。
いつもならば、冷静に対処ができるはずなのに。
しかし、やはり目の前にすると――、
加害者を目の前にすると、被害者というのは我を忘れる。
もう、許してもいいだろうに、とは、東だって分かっている。
しかし、冷静な面も、微かにだけれど、顔を出しているのだ。
その冷静さが働いていないとなると、冷静である『東』も、こうして明日希に敵意を向けることを、良しとしているのかもしれない。そう、望んでいるのかもしれない。
結局、深層心理に言わせてみれば、許せないの一点張りなのだろう。
仮面を被っても、仮面を外しても。
恨みは恨みで、解消されることはなく。
復讐という形で、暴力として開放するしかない――。
「さすがに、衰えてはないか……。あの時と変わらない反射神経をしているね。
罪の意識は、持っている――当たり前だけど、持っているのだろうけどさ、でも、俺の攻撃を喰らう気はないんだね」
「まあ、な。俺も、あの時のことを償いたいとは思っているし、償うべきだってのは分かっているけどよ、それが『死ぬ』ことだとは思っていないからな。
たとえお前相手でも、俺は負けるわけにはいかない。もちろん、勝つこともしないけどな」
正当防衛が機能してもいいところだとは思うが、だが、明日希はそれさえもせず、東の攻撃を避け続ける気でいた。それができるからこその、自信の言葉なのだろう……。
しかし、それは普通の状態だからこそ、できるものである。
もしも、普段通りではない精神状態の時に攻撃されたら。
たとえ明日希でも、避け続けることは、できないだろう。
そう――それは、たとえば、
「明日希。お前は
「――――っ!」
相手の意識を、崩してみたり。
――その時。
明日希の首の前を、横一線で、光が通り過ぎる。
咄嗟に、これこそ反射神経と言うのだろう――、
喰らっていれば、確実に死んでいただろう一撃を、明日希は避けていた。
言葉を失い。手で、首を触ってみれば、
微量であるが、血が流れていることに気づき、明日希は、ぞっとする。
頭の中で、東に言われた『芹菜のあの時の表情』を思い出して、
少しだけ動きが鈍ったのだろう。
罪の意識が、重なっていく――。
「その反応からして、どうやら覚えているみたいだな。覚えていて安心した。
忘れていたら、俺はこうして話すことなく、お前を殺していただろうから」
「東……」
東のその言葉の攻撃は、明日希としては、刀で体を斬り裂かれるよりも痛い一撃であった。
そして、その一言で思い出してしまう。
あの時の記憶が、常に思い出の最前列に存在してしまうようになっていた。目を瞑れば、一番初めに思い浮かぶように。存在感は圧倒的で、消そうと思っても、消せない。
戦う場合にはなんとも厄介な心のおもりである。
重く、圧し掛かる――振り払えない重圧。
体が一気に重くなる。
次に攻撃がくれば、恐らくは避けられない。
しかし、避けられないなら避けられないで、覚悟はできている。
なので、それはそれで、明日希としては構わないことである。
だが、危険なのは確かだ。
あの、形なき刀身——、
あの一撃を喰らった後、耐えながら生き続ける気力は、ありそうにない。
そのまま倒れて、血を流し、意識の中に沈みそうである。
ならば避けたいところではあるが、ここで出てくるのが、東の精神攻撃だ。
それのせいで、避けることが一気に難しくなる。
だから、次の瞬間に起こったことは、明日希としてはグッドなタイミングだった。
地面を突き破りながら。
明日希と東を分断するように飛び出してきたのは。
蜘蛛の形をした、兵器だった。
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