第34話 引き金 その2
「…………」
「その現場を、俺は見ていたわけじゃないから詳しくは言えない。人から聞いたことだ。東から聞いたことしか、俺も言えないが――原因は、明日希の方にあったらしい。
その日は明日希と東と他の仲間――珍しく集まりが悪かったらしいが――夜遅くまで馬鹿騒ぎをしていたらしいんだ。明日希……、あの馬鹿は酒を飲んだらしくてな。酒に強いわけでもない明日希は、当然のように酔っぱらった。へろへろになりながら、東に支えられながら、家に帰っている途中のことだ。
明日希は、車道を普通の道だと勘違いしたんだ。
東が休んでいる途中に、車道を渡ろうとした――」
「…………」
「車が走っているのにもかかわらず、あいつは突き進んでいったんだ。クラクションが鳴っているのにも気づかずに、進んでいってな……。帰りの遅い兄を心配して探しに出ていた芹菜に見つかって、助けられた。明日希は芹菜に押されるように、車道から突き飛ばされたんだ。
その時はもう、死にそうな気分を味わってんだ……酔いも覚めるってもんだろう。だから、明日希はしっかりと、覚醒した意識の中で見たんだろう。
――芹菜が、車に轢かれるその決定的瞬間を、最後の表情を。
そして、聞いちまったんだろう――あいつが言った言葉を」
「…………」
「これが、火種だった。
妹を明日希に殺されたことに等しい東は、明日希を責め、恨んだ。その気持ちがどれだけ黒いものかは、俺にはとてもじゃないが、予想すらもできない。
ブラックホールよりも黒く、恨みや復讐心だけを吸い込んで、どんどんと巨大化していったようなものを、東は抱えることになったんだろう。
そして、明日希も自分の行動が芹菜の死に繋がってしまったことに、自分を責め続けることになる。時間にしては短く、ただ悪口と暴力が渦巻く浅い喧嘩だったのは、良いのか悪いのか……芹菜が死んだと確定していないこの時は、まず、芹菜の治療が優先だったからこそ、喧嘩はそのまま終わったがな――。あのまま喧嘩が続いていれば、今のように、明日希と東の対立は引きずっていないのかもしれない。
だから、芹菜を放っておいて、そのまま喧嘩をして、消化してしまえば良かったのかもしれないとも言えるけどさ……人の生死が関わっているところで、喧嘩などできるわけもないからな。
あいつらが今になっても喧嘩をしているのは、避けられないものだったのかもしれない」
「…………」
「結局、東が芹菜を抱えて、街中の医者に聞いてみたが、傷が深過ぎて手がつけられない状態だったらしい。治すにはこの街を出て、他の、都市部の街の医者に頼るしかなかった。
それを聞いた東は、すぐに都市部までいく方法を見つけ、時間なんて関係なく、飛び出していった。これが、東と芹菜、俺が最後に会った話になる。この話を聞いたのは、飛び出す、まさに直前だったからこそ、あいつも、こうも丁寧に、親切に話してくれたんだろうけどな……あの時、俺は目を見て分かったんだ。
東は、目的のためならばなんでもするような、危なっかしい目をしていたんだ。
一年が経った今、どうやら危ないことをしているらしいが、あいつが選んだことなら文句を言う気はないけどな――子供の喧嘩だ。親が出るところじゃないだろう」
「…………」
「時間を少し戻すが――、東が出ていった数日後に、東から手紙が届いたんだ。内容は薄々、分かってはいた。芹菜のことで、良いことならば、手紙なんて面倒なことはせずに、電話をするはずなのに。こうして手紙を使ってきたということは、言いにくいことなんだろう、とすぐに分かったんだ。内容は思っていた通りだった。
『芹菜が死んだ』――たったそれだけの内容しか書かれていない手紙は、空っぽになった東の心を映し出しているように、すかすかの真っ白だった。そして、東は戻ってこなかった」
「…………」
「今まで積み重ねてきたものが一気に崩れた時も、この手紙が届いた頃だった。明日希はチームをやめて、以前のような覇気もなく、生きる目的を失ったように、だらだらと過ごすようになった。椎也は元々、あまりチームに干渉することはなかったが、さらに干渉しなくなり、音沙汰もなくなった。
チーム『我武者羅』の自然消滅ってわけだな。
せっかくまとめた不良たちは、再びばらばらになり、意味のない悪事を働くようになり――芹菜という花が無くなっただけで、街は泥まみれになっていった。
この時は、見ていられなかったな……まあ、後々、錬磨が明日希の後を継いで、チームを復活させるんだが、菊乃も、明日希のために強くなろうと、警察の鍛波に弟子入りをするんだが、それはまた別の話か――」
「…………」
「これが、今の明日希と東の、対立のきっかけってわけだ。この街の転換期——とも言えるか。
そうそう他人が割り込めるものじゃなく、こればっかりは、本人たちで解決しないとどうしようもない。それこそ、納得なんてできそうにないだろうよ。
街の全員が、あいつらを好きだった。問題児ばっかりだったけど、好きな気持ちは変わらなかった。夢なんだよ、あいつらが戻ってくるのが。
そして、いつものように笑って、三人で街を歩いてくれることが。でも、芹菜はもう戻ってくることはない。三人は不可能だけど、せめて二人でも――手なんか繋がなくていい。拳を突き合わせている状態でもいい。笑って、歩いてほしいんだよ。
あいつらだけじゃない、チームが戻ってきてくれることを、俺たちは望んでいるんだ」
「っ…………ぐ、うぅ」
「メモリ。お前に、それができるかもしれないんだ。
――できるかもしれない、唯一の存在なんだ。頼む、メモリ――お前が……っ」
と。
そこで。
マスターは、テーブルに顔を伏している、メモリの姿に気づく。
まるで、というよりは確実に、苦しんでいる――そんな体勢だった。
持っていたカップも、横に倒れている。
中身はこぼれ、テーブルを濡らし、どんどんと広がっていき――、
遂にはメモリのところまで到達する。
メモリが流している涙と、溶け合っていく。
メモリは、涙を流していた。
それは、マスターの話を聞いて感動したのではなく、感情移入をしたのではなく――、
それとは別の理由で――涙を流していた。
きっかけは、マスターの話だった。
その内容が、メモリの中に隠され、眠らされている重大なものを、呼び起してしまった。
――記憶。
無くなっていたはずの記憶が、蓋をこじ開けるようにして、
メモリの脳内、最前列に侵入してくる。
戻ってきたことは、それは良いことなのだろうけど……、
しかし、良いことばかりではなかった。
そこには必ず、マイナス要素が入り込んでくる。
つまり――、言ってしまえば。
今のメモリに、過去の記憶を受け入れることはできなかった。
記憶を受け入れる器が、耐えることができなかったのだ。
脳が、激しい痛みを訴える。
頭が焼き切れるかのような痛みが、メモリを襲う。
まともに話すことはできず、意識が、激痛に染められる。
「が、あ、……マスター、わ、た、し、はk%”)(’あす、&’き、kjhは、(’おにい=)jhちゃjhgggghjkjhgfghjんkjhgfdfghががががが――」
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