第22話 騒動の渦中

「…………ありがと」

 その呟きは、明日希に届いていなかっただろうけど、それでもいいとメモリは思う。


 こんな中途半端な言葉は、聞こえなくてよかった。


 言うなら、きちんとした言葉で言いたい。


 だから、今はこの状況から逃げることを最優先にして、考えなければならない。


 明日希の役に立ちたい。想いは本物であるが、だが、自分では、とても明日希の力にはなれないだろう。逆に、お荷物になってしまう。


 それは、揺るがない現実である。

 メモリが、そうこう考えていると、


「……てめえ、調子に乗ってんのか。

 ――だったら、二度と調子に乗れないように、俺が、俺達が、てめえを潰してやるよッ!」


 ヤクザは、言いながら、周りに視線を向ける。

 同時に、なにかの合図を出していた。


 声はない。ただのアイコンタクト。それだけで、意思が伝わったらしい。


 店内で、当たり前にパチンコをしていた大人達――十五名。

 彼らが、明日希とメモリを囲むようにして、姿を現した。


 色とりどりののスーツを着ている。

 統一感はまったくなく、まとまりのない集団に見えるが、しかし、

 視線は全て、明日希に向けられている。

 なので、仲間同士での連携が取れない、バラバラな集団、というわけではないのだろう。


 別に、スーツが統一されているかどうかで、決めているわけではないが――。


 そんなことを考えていると、集団を呼び寄せたリーダー的な役目のヤクザが、


「お前ら、さっさとそのガキを沈めろっ!」――と叫ぶ。


 その叫びに応えるように、明日希の周りにいたヤクザ達が、飛びかかる。


 さすがに、全員で飛びかかるなんて馬鹿なことはしない……、

 飛びかかったのは五人ほどであった――が。


 しかし、飛びかかる、とは言っても、単純に、前に駆け出しただけである。

 地面から離れるようにして、跳んだ、わけではない。


 そして、勢いそのまま、拳を繰り出す。


 五つの方向からくる攻撃を、全て避けるのは難しい。

 だから明日希は、避けることはせずに、向かってきた一つの拳を掴み、真横に振った。


 一人のヤクザを、バットのように扱って、他のヤクザの側面を打つ。


 吹き飛ばされたヤクザの一人が、隣のヤクザに当たり――それが、繰り返される。


 連鎖し、まるでドミノのように倒れていく。

 とりあえず抵抗した一撃だったのに、まさか、ここまでの結果を残してくれるとは。

 まったくの予想外で、明日希は素直に驚く。


「――て、てめえ!」


 すると、ヤクザのリーダーが、腰のポケットからなにかを取り出した。

 銃だ。


 拳銃を構えるヤクザリーダー。


 この光景にはさすがに、周りで呆然と見ているだけであった客も、命の危機を感じ取る。

 そして、ここから一刻も早く逃げ出そう、という気持ちに到達する。


 逃げ惑う客。

 パチンコの音をかき消すようにして響く叫び声は、

 明日希たちの耳にも、多少のダメージを与えた。


「う、ううう――」

 ダメージは、メモリも例外ではない。


 メモリは自分の真横に飛んでくるヤクザの体に、びくびくと怯えながら、逃げ惑う客の叫び声に、耳を塞ぎながら――、ぼーっと、明日希の戦いを見ていた。

 しかしだ、咄嗟に、助けなければいけない、という考えに辿り着く。


 明日希には、必要ないかもしれない。

 いや、必要ないだろう……、そう言い切れる。


 しかし、それでも。

 メモリは明日希を助けるために動き出す。


 自分たちを囲むようにして立っていた、ヤクザの壁。その抜けた穴を目指し、体勢を低くした。駆け出して、飛び込むと――どうにか抜けられたらしい。

 戦闘の、嵐の中の景色ではなく、店内の景色が、視界いっぱいに広がっていた。


 しかし、助けようと思ったのはいいが、まず、どうやって助けようか。

 自分があの戦いに介入することは不可能。だったら、他の誰かに助けを求めるのが一番良い――だが、助けを求められる相手など、明日希くらいしかない。

 その明日希は、助けるべき対象である。


 足が止まった――手詰まりだった。


 結局、自分はどうすることもできないのか。


 思ったメモリは、戦いの最中に聞こえた、明日希の言葉を聞く。


「店長、いつものことだけど――絶対に通報しないでね!」


 聞こえた言葉。


 店長。


 明日希が見ている視線を追うと、その先には、カウンターで、おどおどとしている男の姿があった。……二十代前半。見た目だけで、気が弱いことがしっかりと伝わってくる。


 こんな状況は、いつものことなのか……。明日希の言葉通りに解釈をすれば、そういうことになる。なのに、店長は未だに慣れていないのか。

 いつも通りの光景に、いつも通りにおどおどとしているのか。

 メモリは、頼りないなあ、と思う。


 それでも、明日希が信頼しているのならば、メモリも同じく、信頼を寄せるけど――。


 ともかく――、気になったのは、明日希の発言だ。

 通報しないでくれ、というのは、恐らくは、それが明日希にとって都合の良いことなのだろう。だが、このまま戦っていて、もしものことがあれば――、

 そう考えてしまうと、明日希の選択を、簡単に見過ごすことはできなかった。


 指示通りに動く店長を、止めにいかなければ。


 それに、店長に一言だけ、言いたかった。


 たとえ、明日希に言われたからだと言っても。

 こんな、死人が出てもおかしくない状況で通報しないというのは、

 彼の脳内は、どうなっているのだろうか。


 人の命が消えることよりも、悪評が増えることの方が嫌だと言うのか。

 そう考えているのだとしたら――ヤクザたちよりも、最低だ。


 メモリは、すぐにカウンターへ駆けていき、ばんっ! と両手で思いきり、カウンターを叩く。その音に、メモリがいきなり現れたことに驚いたのか、店長が、

「うわあっ!?」と情けない声を出す。

 そして、泣きそうな顔でメモリを見つめてくる。


 いや、そこまで怯えられると、メモリとしてもやりにくかったけれど……。


 しかし、ここは心を鬼にして、言う。


「――ねえ、すぐに通報して! 明日希を助けて! 

 頼れるのは、あなたしかいないんだから!」


「でも、通報するなって明日希に頼まれて――」

「…………」


 動かない店長を、黙って見つめるメモリ。


 それについて、責めることはしなかった。

 それに、これ以上の要求をすることもなかった。

 ただ、じっと見つめたまま――、

 黙って、相手の心の戦いを待っているだけだ。


 できることは、それだけだった。


「…………分かったよ。

 ただ、明日希に文句を言われたら、君が庇ってくれよ」


「うん、分かってる」


 そのセリフには、色々と文句を言いたかったメモリではあったが、しかし、がまんできないほどのことではない。

 素直に頷く。これで、なんとか通報することができた。

 すぐに、この騒ぎは警察に伝わるはずだ。

 そして、すぐに助けが駆けつけるはずである。


 そう安心しながら、明日希の方へ視線を向ければ。


 明日希は――、

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