第13話 海賊

 立ち上がって、部屋から出て行こうとするレーナ准尉の真横に、僕はいた。

 抱いている書類の束が見える。一番上には、僕の経歴が書かれた書類がある。今は、監視対象者の情報を持ち歩いてるのか。

 いや、そんなことはどうでもいい。問題は「僕」だ。

 やはりというか、異常行動を始めていた。

横のゲラルト中尉のレバーを握って、勝手に艦を動かしていた。


「おい! ランドルフ中尉!」

「俯角4度! 2バルブ装填!」


 僕は勝手に叫んで、一人で砲撃準備を進めている。しかも俯角4度って、訓練目標から大きく外れた場所だ。

 そんな方向に艦を向け始めた。そのまま、発砲レバーを握って装填を待っている目の前の僕。

 2バルブ装填とは、通常の2倍の威力の砲撃が得られるが、装填時間が4倍かかる。1バルブの通常砲撃なら9秒で住むところ、36秒も待たなくてはならない。


「管制室より艦橋! ランドルフ中尉、異常行動中!」


 砲撃長は特に制止することなく、僕の行動を追認するかのように、艦橋に僕のことを連絡している。

 しかし、何を狙っている? ここは戦場ではなく、訓練の場だ。こんなところで、何を見つけたんだ?

 この精霊が何を考えているか、その体の本人に伝わる仕組みってないのだろうか? 「僕」の身体を使うのは構わないが、せめて何が起きているのか教えて欲しい。


 そんな僕の行動を、固唾を飲んで皆が見ている。

 と言ってる僕も、レーナ准尉のすぐ横から僕を見ている。

 もっとも、僕がすぐ真横にいることなど、レーナ准尉は見えていない。


「発射!」


 僕が叫んだ。あらぬ方向に向けて、いつもの2倍の出力で砲撃を行う。


「弾着を確認! 中型の小惑星に命中!」


 レーダー担当のクヌート少尉が叫ぶ。その直後、艦橋から連絡が来る。


『司令部より入電!7767号艦、どこを撃っているか、直ちに報告せよ! 以上です!』

「レオンホルトより艦長へ! ランドルフ中尉の砲撃は、30万キロ離れた小惑星に着弾の模様!司令部に調査依頼を具申いたします!」


 このやり取りの最中に、僕は僕に戻っていた。


「ちょっと待て……なんで、あんな小惑星に向けて発砲したんだ?」

「知らないよ! ランドルフ中尉、お前が撃ったんだろう!」

「いや、そうだけど、僕はその時、後ろにいたから……」

「はあ? 何言ってるんだ?」

「レーナ准尉のすぐ横に立っていたんだ。そこで、僕は自分の身体の行動をただ見ていた」

「なんだそれ? だが、そんなもの誰も見てないぞ!?」

「レーナ准尉の抱えている書類の1枚目、僕の経歴書でしょう? それが見える位置に、僕は立っていたんです!」


 それを聞いたレーナ准尉は応える。


「な、なんで中尉の経歴書を持っていることを知ってるんです!? 私、誰にも見せてませんよ!?」


 そう言いながら、その一枚目を見せる。砲撃長他、3人が、それを見て驚いた。

 僕のいう通り、それは僕の経歴書だった。


「さっきの行動中ずっと、レーナ准尉のすぐ横にいたんですよ。だから、何もできないし、なんであの小惑星を撃ったのかすらも分からず……」

「レーナ准尉!」


 突然、レーナ准尉に向かって砲撃長が叫ぶ。


「はい! レオンホルト少佐殿!」

「このことを、直ちにバルナパス少将閣下に連絡! 緊急通信だ! すぐに艦橋に行き、ありのままを報告せよ!」

「はい! 了解しました! 直ちに!」


 レーナ准尉は砲撃管制室を出て行く。残された5人は、ただじーっと黙ったまま、艦橋から来るであろう連絡を待っている。

 訓練は、当然中止だ。他の艦は砲撃を続けているが、こちらはそれどころではない。砲撃は中止、操縦系も艦橋に戻された。

 しばらくして、艦橋から連絡が入る。


「バルナパス少将閣下より連絡! 全艦、砲撃訓練中止! あの小惑星に、調査団を派遣する!」


 外を映すモニターを見ると、一斉に他の艦も砲撃を中止した。

 なんだか、僕はとんでもないことをしでかしたようだ。なにせ300隻の砲撃訓練を止めてしまうほどの事態を招いてしまった。これで、ただ小惑星を撃っただけでした、なんて結果だったらどうするんだろう?

 まさか、レーナ准尉の危険性に今頃気づいた精霊が、このタイミングで「異常行動」を起こしたのか? いや、レーナ准尉はむしろこの管制室を出て行くところだった。どう考えても、あのタイミングでレーナ准尉に反応したとは思えない。


 一体そこに、何があるんだ。


 調査団が、僕の撃った小惑星に向かう。訓練中止から30分間、気まずい沈黙が続く。そしてついに、調査団からとんでもない情報がもたらされた。


『司令部から、調査団の報告を受信! 小惑星の裏に潜んでいた海賊船を拿捕! 船長以下、5名を拘束! 行方不明者3名を保護したとのことです!』


 な、なんだって?海賊?僕はそんなものに向けて撃っていたのか。

 でも、どうしてあそこに海賊がいることが分かったのか?いや、それよりもだ。

 あそこに海賊がいることが、どうして僕にとって「危機」だったんだろう。


 あくまでも、僕の危機に対して発動する精霊のはずだが、妙な言い方になるが、この海賊がこの駆逐艦に襲いかかってきたところで、勝ち目などない。つまり、危険など起こりようがない。

 射程30万キロの主砲を持つのは艦艇のみだ。いくら海賊船でも、そんな長射程の武器は持っていない。ましてやバリアシステムなど、民間船は持っていない。民間船を改造しただけの海賊船も同様だ。

 そんな海賊船に向けて発砲するなど、なぜ僕はしてしまったのか?

 僕は、艦橋に来るよう命じられる。状況が状況だけに、イーリスも連れて行く。

 そこで、調査団からの詳細報告を聞く。


「小惑星の裏側に、民間船を一隻、発見したんです。砲撃によって弾き飛ばされた小惑星と衝突したため、航行不能になっていました」

「だが、それが海賊だったと?」

「はい。念の為、識別コードを確認したんです。その船は地球アース187の船籍コードを有してましたが、よく調べると、偽装コードと判明。それで、突入隊を組織し、この不審船に突入したんです」

「相手は、反撃してきたのか?」

「いえ、最初は民間船を装って、普通に対応していました。が、突入隊による臨検により、倉庫の奥から3名を発見したんです。彼らは3日前に、この近辺で消息を絶った小型民間船の乗員と判明し、彼らの証言で、この船が海賊船だと分かったんです。その後、この船の船長以下5名をその場で拘束、3名の民間人を保護いたしました」

「なるほど……しかし、なんだってこんな砲撃訓練のすぐそばに潜んでいたんだ?」

「まさかビーム砲が飛び交うような場所に、船が潜むとは誰も考えない。そこで、ここで逃亡のタイミングを図っていたようです。そこにランドルフ中尉の砲撃によって、それを見破られてしまった。そういうことのようです」

「なんてことだ……そんなところに海賊船が隠れるとは、確かに考えたこともないな。今後、注意せねば」


 その場には、この艦に移乗してきたバルナパス少将閣下、そして艦長と砲撃長もいた。皆で調査団の1人から報告を受けている。


「お手柄だったな、ランドルフ中尉。いや、また精霊のおかげというわけか」

「はい……僕、いや、小官には全く覚えのないことであります。まさか、海賊船が潜んでいるなど、分かるはずがありません。ただ……」

「どうした?」

「この精霊は、確か小官の身に何らかの危機が迫った時に発動するもの。しかし相手は海賊船。放置したところで、我が身が危機にさらされるとは思えません。なにゆえ海賊船を撃ったのか?理由がわからないんです」

「うーん、そうだな。確かに不可解だ」


 すると、イーリスが僕に尋ねる。


「ランドルフの、いや、この駆逐艦や軍隊の使命とは、なんだ?」

「それは……連合側の人々を守ること、かな。それが連盟軍からだったり、海賊だったりするけど」

「ならば簡単だ。あれは軍人としての使命の危機だったのだ。もしこのままその海賊船とやらを見逃していたら、その3人はどうなっていたか……」

「あ……」


 そうか。僕は軍人だ。軍人の本分は、民間人を守ることにある。そう言われてみればこの海賊船を見逃すことは、確かに我々の艦隊の信用に関わる危機には違いなかった。


「なるほどな……軍の信頼の危機だったというわけか。確かに、言われてみればその通りだ。この一件を見逃し、3人の身代金要求をされていたら、我々への信頼は確実に下がっていたのは間違いない」


 少将閣下はそう述べると、イーリスと僕の方を向いた。


「非科学的で、神秘的すぎて理解できないのは残念だが、今回の一件は確かに君達の手柄だ。本当にありがとう。軍を代表し、礼を言う」


 少将閣下から敬礼された。なんと恐れ多い、僕も返礼する。

 ところで、イーリスがこんなことを言い出した。


「そうだ。まじないが切れてしまった。すぐにまじないをかけねば、ならない」

「いや、後で部屋に戻ってからでいいよ」

「そうも行くまい。もしかしたらこのすぐ後に、何かそなたの身に危険が起こるかもしれない」


 すると、少将閣下がイーリスに尋ねる。


「なんだ、イーリス殿よ。そのまじないというのは、発動するたびにかけ直さなくてはならないものなのか?」

「そうだ。我が呪術は、精霊が発動するたびに我が身に帰ってくる。だから、再び精霊を宿主に戻さねばならない」

「イーリス殿、その精霊をあなたが持ち続ければ、あなた自身の危機を回避できるのではないのですか?」

「いや、我が身のために、精霊は動かない。あくまでも、呪術師シャーマンは精霊の仲介役。宿主に受け渡すのが役目だ」

「そうなのか。ならば、そのまじないというものを、かけ直さなければならないな。出来るだけ早い方がいいだろう」

「そういうわけだ。ランドルフ、すぐにそなたに、まじないをかける」

「いや、部屋に戻ってからやろう。さすがにこの場では……」

「おい、我々はそのまじないと言うものを、どうやってかけるのか知らないのだ。いいではないか、ここでその儀式とやらをやってしまえば」


 艦長までそんなことを言い出す。上官からの命令だ、逆らえない。全身から、冷や汗が出る。


「いや、艦長、これはあまり人前でやるものではございませんので……」

「この艦の命運、軍の信頼に関わるほどの何かをしたまじないだ。どうやってかけているのか、見たいと思うのが当然ではないか」


 ああ、もう後には引き下がれない。でもきっと、ドン引きするんじゃないかなぁ……


「ランドルフ、覚悟しろ。では、行くぞ」

「ちょ、ちょっと! イーリス!」


 しかし、イーリスは呪文を唱え始めた。


「デア シュピリッチ……アイザ ルガゼット マヌ エラ……」


 そして、艦橋にいる20人の乗員、あの変態秘書、そして艦長、砲撃長、そして、小艦隊司令官である少将閣下の前で、僕の頬を両手で抑えるイーリス。

 そしてそのまま、キスをした。

 一瞬、空気が凍り付くのを感じた。うっとりとした顔をしたまま、キスを終えて顔を離すイーリス。

 ああ……よりによって、この駆逐艦の艦長、20人の乗員、および300隻の艦隊を率いる重鎮の前で、あの儀式を披露してしまった。


 その後、僕の噂にもう一つ、さらなる誤解が加えられたのは、言うまでもない。

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