第33話 リーデッジ王国
あの女子会から1週間後。
僕は突然、「リーデッジ王国」へ赴くよう命令を受ける。そこに駆逐艦0256号艦で向かい、交渉官らの派遣を手助けする、というのが今回の任務だ。
というか、なにゆえ今さら交渉官らをこの王国に派遣するのか?と思ったのだが、実はこのリーデッジ王国、未だ連合との同盟締結を拒んでいる国だ。
元イリジアス王国から海に出て70キロほど西にある小さな島にある王国で、かつてイリジアス王国とは親密な関係にあった国だという。
今は主にセントバリ王国との間に交易をしている国だが、あまりセントバリ王国を信頼しているという風ではないらしい。その相手も、ほぼ元イリジアス王国の人々に限っているという。それゆえに、セントバリ王国から来た我々を拒絶している。
それだけではない。我々はセントバリ王国やその周辺国、それに海を越えた大国とはすでに交渉を締結しているが、このリーデッジ王国は後回しになってしまった。それが、リーデッジ王国としては気に入らない。海の孤島にある小国ゆえに、後回しにされたのだと憤慨しているようだ。
いや、残念ながらそうではない。実際のところ、我々はこのリーデッジ王国の存在を最近まで知らなかった。
もしイリジアス王国が残っていたならば、もっと早くにその存在を知っていたのだろう。が、いかんせんセントバリ王国にとっては疎遠な国。それゆえに、把握するのが遅れてしまった。
おかげで、我々とリーデッジ王国との間は、相当こじれているのが現状である。
で、司令部は僕に単艦で出向き、なんとかこのリーデッジ王国をなだめてこい、というのだ。
「貴官ならば、例の精霊の力でなんとかしてしまうかもしれない。直ちに交渉官らを連れてリーデッジ王国へ出向き、交渉を開始させるのだ。」
とまあ、半ば丸投げとも思えるこのバルナパス少将の命令を受けて、海の小国へと出向くことになった。
「おお!リーデッジ王国か!」
「なんだ、イーリス。知っているのか?」
「知っているも何も、イリジアス王国とは親密な国であったぞ。よく使者が国王陛下と会われていたな。」
「そ、そうなんだ。」
そんな事情を知った僕は、イーリスとパウラさんも現地の住人とのパイプ役として、同行してもらうことになった。
「機関良好、各種センサーも異常なし!」
「よし、機関始動!繋留ロック、解除!」
「機関始動!繋留ロック、解除します!」
駆逐艦0256号艦の機関が、低いうなり音を立てて起動する。と同時に、ドックと駆逐艦を繋いでいたロックが音を立てて外れる。
「これより、リーデッジ王国へと向かう。両舷微速上昇!」
「両舷微速上昇!ヨーソロー!」
駆逐艦0256号艦は上昇を開始する。
が、今回は宇宙に行くわけではない。高度4000メートルで、水平航行に移行する。
と、窓の外を眺めていたセラフィーナさんが、僕に尋ねてくる。
「あれ?艦長様、今日はいつもと違いますね。」
「そりゃあ、宇宙に出るわけではないからな。」
「あれ?そうなんですか?では、どこに行かれるんですか?」
……作戦命令書を読んでいないのか?って、そういえばまだ我々の字を読めないのか、セラフィーナさんは。いや、それならスマホの音読機能で読ませればいいだけじゃないのか。
と思ったが、そういうめんどくさいことは覚えないんだよな、この元王族は。
「これから向かうところは、地上にある国だ。国名は……」
僕がそう言いかけた時、カーリン中尉が突然この艦橋に飛び込んできた。
「ちょっと!セラフィーナちゃん!」
「は、はい!何でしょう!?」
「何でしょう、じゃないわよ!何よこれ!」
割れた皿を手に、怒るカーリン中尉。
「ああ、それは割れたお皿ですね……」
「見れば分かるわよ、それくらい!で、なんだってこれが、主計科の事務所の机の上に放り投げられてたかってことが問題なの!」
「そ、そうなんですか。それは大変ですね。」
「他人事みたいに言ってるんじゃないわよ!監視カメラが、ちゃんとあなたが放り込んだところを捉えてるんだから!」
「えっ!?ば、バレてたの!?」
「あっったりまえでしょう!だいたい、こんな雑なことするのはいつもセラフィーナちゃんくらいのものよ!ちょっと来なさい!」
「ひええぇ!な、何をするんですかぁ!?」
「ゴミの捨て方を教えるのよ!いいから、こっちに来る!」
結局、カーリン中尉に強引に連れ去られてしまったセラフィーナさん。まったく、何をやってるんだか。
その間も我が艦は順調に航行し、およそ2時間ほどでリーデッジ王国に到着する。
「降下準備!対地レーダー起動!」
「艦長、どこに降ります?」
「うーん、そうだな、どこと言われても……」
カメラ映像で、地上の様子を見る。島の中央の小高い丘の上に、街が広がっている。街は城壁……というより、堤防のようなもので囲まれている。あれがこのリーデッジ王国の王都、そしてこの王国唯一の街、リーデッジだ。
海に近い街ゆえに、高波から守るために築かれた堤防のようだ。外敵の侵入は海が守ってくれるから、城壁としての役割ではなく、自然の脅威への備えのようだ。
その堤防に一か所だけ、大きな門があるのが見える。その門の前には、駆逐艦が降りられるだけの広場があった。
「うん、あの門の前の広場に降りることにしようか。」
「了解、前進最微速、取舵30度!」
エックハルト大尉が、僕の指定した場所に向かって降り始める。
ところでこの広場、着陸はできるが、やっぱりちょっと狭い。おまけにこの艦は、通常の駆逐艦よりも少し長い。先端が門の上を飛び越えて、街の上までかかってしまった。
で、僕が数人の士官らと共に外に出ると、早速、門番らしき兵士達が出向いてきた。
「おい!宇宙の人らよ!」
……やっぱり、機嫌悪そうだな。声の調子でわかる。僕は応える。
「私は
「その統一政府のやつらは礼儀知らずか!こんな馬鹿でかい船を街の上にまで被せてくるとは!そんな脅しで我々が屈するとでも思ったか!」
ひええぇ……思ったより怒ってるよ。しまったな。ついここに駆逐艦を降ろしてしまったが、こんなに怒られるとは思わなかった。
どうしようか、今から別の場所に移すか?だけど、他にいい場所がない。島の裏側に回り込んで、哨戒機を使ってくるしかないが……いや、まだこの艦には哨戒機が載せられていないんだった。てことは、島の裏から歩いてくるしかないの?
などと僕があたふたとしていると、後ろから声がする。
「イェグ エラ セミ プリンセサン イ リクィ イリジアス、セラフィーナ!」
振り返ると、そこにいたのはセラフィーナさんだった。そういえばこの国、イリジアス王国と国交のあった国なんだよな。彼女の言葉も通じるのか?
ところでセラフィーナさん、先ほどまでとは違い、何やら派手なドレスに身を包んでいる。おまけにいきなりイリジアス語で話し出した。何をするつもりだ?
そんなセラフィーナさんの言葉を聞いた門番達は、急に顔の表情が曇る。
「セ、セミ プリンセサン セラフィーナ!?」
「パーフェン リ リェット!ミッグ ランガァ アフ ヒッタ ハッティギナ ミナ ストラッフ!」
「レ、レイフ ミア エィン!」
な、なんだ?何が起こった?今度は門番達があたふたし始めた。小さな通用門に門番達は走って行く。
しばらくすると門が開かれ、中から極上の馬車が現れた。
そこには、さっきの門番らとは違い、上品な身なりの衛兵達が現れる。そして、セラフィーナさんの前に整列する。
「プリンセサン セラフィーナ!コンドゥ ヘルナ!」
「ビッドゥ!ペッタ エラ ニィ ヘラ!」
明らかに、丁重にもてはやされるセラフィーナさん。だが、彼女は僕を指差して、衛兵達に叫ぶ。
「……というわけだ!我が新たなる主君であるランドルフ艦長様を、丁重にもてなすのだ!」
「は、ははーっ!仰せのままに!」
あれ?主君?僕が?どういうことだ。話が見えない。何が何だかよく分からないうちに、僕の前に衛兵達が整列する。
「行くぞ、ランドルフ……いや、主君よ!」
そこに、イーリスも現れた。後ろにはパウラさんもいる。
イーリスもパウラさんも、なぜかドレス姿。なんだってみんな、そんな姿でいるの?
「ど、どうなってるの?急にリーデッジ王国の人達の態度が変わっちゃったけど……」
「それはそうだ。イリジアス王国の王女自らが、主君を連れて現れたのだ。リーデッジ王国始まって以来の出来事だからな。」
イーリスがさらっと言う。そうか、そういえばセラフィーナさんは、イリジアス王国の元王女だ。
「さ、艦長様、参りましょうか。」
セラフィーナさんが手招きをする。
「は、はい!参ります!」
なんてことだ。こんなところでイリジアス王国の王族の権威が役に立つとは。普段は下っ端的な振る舞いのセラフィーナさんがあまりに神々しくて、思わず僕は緊張する。
「おい、ランドルフ……じゃない、主君よ。もっと堂々とせよ!」
イーリスまで僕を主君扱いだ。だが僕は、ごく普通の庶民出身だ。だいたい、収入が少ない家に育ったから、学費がタダになるという理由で軍大学に進んだほどの家柄。そんな僕が、主君だって?
しかし、ここまできたらもう引き下がれない。精霊が発動しないってことは、このまま行くのが「最良」なのだろう。どう振る舞っていいかわからないが、ともかくここは、進むしかない。
セラフィーナさんを先頭に、僕とイーリスが進む。その後ろをパウラさんが続く。
で、5人が乗った馬車は動き始めた。
「いやあ、快適ですねぇ、この馬車!」
無邪気に喜ぶセラフィーナさんだが、まさにこの元王族の権威のおかげでこんな豪華な馬車に乗っていられるんだ。僕はそんなセラフィーナさんに尋ねる。
「と、ところで、僕はこれからどうすりゃあいいの?」
「ああ、そうですね。とにかく、黙っていて下さい。これより先は、イーリスが話してくれますから。」
「えっ!?黙ってればいいの!?」
「陛下や主君となれば、
そうなんだ。偉い人って、直接喋らないものなんだ。というわけで、向こうに着いたら、ただ黙ってふん反り返っていればいいことになった。
「プリンセサン セラフィーナ!インガングゥル!」
馬車が到着し、王宮らしき場所までやってきた。中に入ると、豪華な椅子の前に座る人物と、その周辺に数人の人物が立っている。中央に座る人物はおそらく国王陛下で、周りにいるのはこの国の貴族なのだろう。
そこに、大きな椅子が運び込まれる。そして僕は、その椅子に座らされた。
中央の椅子に座る国王と思しき人物は、配下の一人に耳打ちする。その人物は尋ねてきた。
「此度は、セラフィーナ王女様、および新たなる主君、ランドルフ陛下に遠路はるばるお越しいただき、誠に恐悦至極にございます。ところで此度のご訪問は、いかような御用件でございましょうか?」
すると、イーリスが応える。
「我らがイリジアス王国の王族、および貴族は、貴国に宇宙統一連合との同盟、および
すると、陛下は再び配下の貴族に耳打ちをする。その貴族は尋ねる。
「失礼ながら、イリジアス王国は滅び、セントバリ王国の一部になってしまった。我らはイリジアス王国を滅ぼした王国とよしみを結ぶような連中と手を結ぶことは、考えてはおらぬ!陛下はそのように仰せです!」
「我らがイリジアス王国は、滅亡してはおらぬ!」
再び、イーリスが応える。
「セントバリ王国に滅ぼされ、国は消滅した。だが、我らイリジアス王国の王族や貴族の生き残りは、セントバリ王国の王都サン・ティエンヌにおいて集結し、活動を続けている!イリジアス王国は決して、滅んではおらぬ!」
うわぁ、言い切っちゃったよ。確かに活動は続けているけれど、それは要するに女子会のことでしょう?あの会合を以って、イリジアス王国が健在だって言っちゃってもいいものなのか?
「もはや時代は変わった!我らイリジアス王国の王族、貴族も、セントバリ王国内にあって、さらに広い世界に活動の舞台を広げておる!なればこそ、リーデッジ王国にもその新たなる舞台へ
ところで、このやり取りの間、セラフィーナさんは僕の横に立ち、すまし顔で黙って立っている。まあ、彼女は王女だし、あまりこういうところで出しゃばるとボロが出そうだな。ここはイーリスに任せるのが良さそうだ。
「ところで……あなたはもしや、あのイリジアス王国唯一の
貴族の1人が、イーリスに尋ねる。
「いかにも、私はイーリス・ユングリアス!そして、ここにいるランドルフ様こそが、新たなる守護の精霊の
おおーっと歓声が上がる。なんだか、とても妙な雰囲気だなぁ。これじゃまるで、僕がイリジアス王国の国王みたいじゃないか。というか、この王国でもあの精霊のことは知られているようだ。
だが、まさか庶民出身の僕が、王都にある非合法な街でイーリスをお買い上げして、そのまま事務所で妻にしちゃいました、なんてことが言える雰囲気ではもちろんない。
ここは黙ってイーリスとセラフィーナさんに任せるほかはない。僕はただ、この交渉の行く末を見守る。
「その
とイーリスが言うと、今度はパウラさんがなにやら手に持ったまま、前に出る。
あれは……先日の女子会で、みんなが食べていたクッキーじゃないか。いいのか、あんなものを国王陛下に差し上げても?
だが、それを受け取り、口にする貴族が驚きの声を上げる。そして、国王陛下もそれを口にする。
どうやら陛下にも貴族にも、そのクッキーの味に衝撃を受けてしまったらしい。ショッピングモールの2階の贈答品店で売っているクッキーだが、この王国の人々にとってこれまで食べたことがない味だったようだ。
しばらく彼らは、そのクッキーを堪能している。そして、その貴族の一人が涙を浮かべながら応える。
「そうでしたか……イリジアス王国はまさに、セントバリ王国の王都の中で、復活を遂げられていたのでございますね。このようなものを手土産として渡せるほど、優れた技を手に入れておいでとは……よく分かりました。ならば我らはあなた方の言を受け入れ、その宇宙から来た者達との同盟を築くべく、前向きに検討するものといたします。」
それを聞いたセラフィーナさんが、最後にこう述べた。
「左様であるか!ならば、あとは連合が遣わした交渉官らを残し、我らは帰国することとする!」
このセラフィーナさんの一言を聞いたリーデッジ王国の貴族一同は、セラフィーナさんに向かって頭を下げる。セラフィーナさんとそれを見た我々も会釈して、その場を立ち去る。
とまあこんな感じで話はまとまり、幸い僕は一言も発することなく終わった。
馬車に乗り、再びあの門の前に向かう。そこで駆逐艦0256号艦に乗り込む頃には、門番らも僕への態度が変わっていた。
で、駆逐艦に乗り込んだあと、交渉官と広報官に事情を話し、後のことを引き継いだ。そして、交渉官達を降ろした後、我が艦は発進する。
「これより、王都サン・ティエンヌ宇宙港に帰投する!両舷微速上昇!」
「了解、両舷微速上昇!」
僕はなんとか交渉開始のきっかけを作るという役目を果たし、駆逐艦はリーデッジ王国を離れる。
しかし、今回は精霊ではなく、セラフィーナさんとイーリスのおかげで乗り切れた。
にしても、この国の、元イリジアス王国の王族や貴族への待遇はいい。すでに滅んだ国だと知っていてもなお、あれほどの敬意を払うとは、一体どういうことなんだ?
「ああ、あの国の我らへの待遇があまりに良すぎる理由が知りたいのか。それは、100年ほど前のことだが、リーデッジ王国に大波が押し寄せて、丘の上の街が流され国が滅びそうになったことがある。その時、リーデッジ王国の国民を助け、あの街の周囲に堤防を築いたのは、イリジアス王国の人々だったのだ。」
「えっ!?そうだったの!?だからあれほどまでに、イリジアス王国のことを……」
「そうだ。それ以来、イリジアス王国とリーデッジ王国とは海を隔てていても親密な関係を続けていた。我らとて、リーデッジ王国とは長い付き合いだ。それでリーデッジ王国の陛下や王族、貴族に会うと知って、急ぎ正装を準備した。先祖があの国にもたらした事への恩が、今こうして花開いたのだ。」
「あれ?でもセラフィーナさんはあの国に行くことを直前まで知らなかったけれど……なんで彼女もドレスを?」
「そんなことだろうと思ったから、私がセラフィーナ様の分まで手配しておいた。どうだ、あんな娘でも、たまには役に立つこともあるだろう。」
僕は思い知らされた。ここにいるのは、かつての王国の権威を引き継いだ娘達なのだと。そしてその頂点に、あのセラフィーナさんがいるのだということを。
「こらぁ!セラフィーナちゃん!またお皿割って、今度は燃えるゴミに入れたでしょう!ちょっっと来なさい!!」
「うわぁ!ごめんなさい!」
この艦内では、あれだけの権威を振りかざした元王族だとはとても信じられないセラフィーナさんだが、今回の任務では本当に助かった……にしても彼女、もうちょっと学習しないのだろうか?
ゴミは決められたゴミ箱へ捨てること、そしてカーリン中尉は、上官だろうが王族だろうが、容赦しないということを。
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