第32話 イリジアス王国貴族女子会

「ただいま。」

「おう、お帰り!」


あの戦闘から帰還し、1日が経った。今日は早めに帰宅。明日からは3日間の特別休暇が始まる。

で、いつものようにイーリスが出迎えてくれたのだが、なにやら家の中が騒がしい。


「あの……誰かいるの?」

「いるぞ。ちょうど今、イリジアス王国貴族女子会をしているところだ。」

「えっ!?女子会!?」


リビングを覗くと、確かに数人の女性がいる。

そういえば、家が広くなった。今まではショッピングモールのフードコートで開いていた女子会が、ここでもできるようになったとイーリスが言っていたな。まさに今、それをしているところに帰ってきてしまったようだ。

しかし、ここにいる元貴族の令嬢というのは、ほぼ既婚者である。女子会ではなく、婦人会では……というツッコミを入れる勇気など、僕にはない。


「ほら!私の子供、可愛いでしょう!」


とその中で、しきりに赤ん坊を見せびらかしているのは、ノーラさんだ。

ノーラさん譲りの赤毛が薄っすらと生えたその子は、すやすやと寝ている。

その横には、妹のマレーナさんがいる。長女も一緒だ。


「ママ!この子も赤いね!」

「そうね、赤いね。」


マレーナさんの長女のミレーナちゃんも赤毛だ。どちらも、頭髪は母親似なんだなぁ。

他にも、パウラさんにライナさん、それに……あれ?レーナ少尉もいるぞ。


「おい、イーリス。変なのが混じっていないか!?」

「変なの?ああ、レーナのことか。」

「そうだ。こいつはイリジアス王国とは関係ないだろう。」

「まあ、堅いこと言うな。宇宙の壮大さからすれば、些細なことだ。」


急に壮大な正論を述べるイーリス。レーナ少尉も僕に反論する。


「そうですよ!私がいちゃあいけないんですか!?」


いや、いけないだろう。ライナさんの横に座って、檻に閉じ込められたご婦人の絵を見せてる時点で、もはや危険以外の何物でもない。にしてもレーナ少尉よ、ライナさんにそんなもの見せて、どうするつもりだ?


「どうですか、ライナ殿!」

「いいですよ~、これくらいのがそそられますね~。ハーロルト様もいい加減、こういうのをお買いにならないかしら?でもわたくしは、ペットショップにある大型動物用のでいいとおっしゃってるんですけどねぇ。」

「うわぁ……ペット用って……その中に閉じ込めたライナ殿にハーロルト大尉が……ぐへへへ……」

「ああ、いいですねぇ、そういうの……ぐふふふ……」


なんだこの2人は。もはや、同類ではないか。せっかく引きこもりを解消したライナさんが、再び危ない方向に染まっていくんじゃないのか?

もう帰りたくなってきた……って、そういえばここは、我が家だった。


ところで、よく見ると2人ほど知らない顔が混じっている。誰だろうか?


「ところでイーリス、こちらの2人は?」

「ああ、ランドルフはこの2人に会うのは初めてだったな。こっちがエヴェリーナ。ナミュール伯爵家で側室をしとる。」

「初めまして、わたくし、ナミュール伯爵様の第2夫人をしている、エヴェリーナと申します。以後、お見知りおきを。」

「あ、どうも、初めまして。」


おお、側室とはいえ、現役の貴族のご夫人だ。さすがは現役の貴族、穏やかで丁寧だな。


「イリジアス王国でも伯爵令嬢だったからな。ご覧の通り、上品であろう。」


うん、それは認めよう。だが、むしろイリジアス王国ではそれ以上の身分だったイーリスよりも上品なのは、イーリス的にはいいのか?


「ところでエヴェリーナよ。オムツの貰い手はもう決まったのか?」

「ええ。ノーラとマレーナがたくさんもらってくださるというので、明日にでもお渡ししようかと思ってます。」

「そうか。うちにも赤ん坊がおれば、もらいたいところだったのだがな。」

「いやあ、エヴェリーナがたくさんくれるっていうので、助かるわ!結構使うんだよね、紙オムツ。」


なんの話だ?唐突にオムツの話が出てきたぞ。


「なんだ、イーリス、オムツというのは?」

「ああ、なんでもエヴェリーナのやつ、紙おむつを頼んだらしいが、捌き切れないほど届いたらしくて、貰い手を探しているようなのだ。」

「そうなのです。ちょっと多めに頼んだのですが、トラック2台分のオムツは多過ぎだと旦那様には怒られてしまい……それで、ご近所さんや領地の者に配っているのでございます。」


いや、待って。どうしてトラック2台分が「ちょっと」なのか?

一体どうしてそれほど大量のオムツを頼んだろうか?ちょっとスケールが大きすぎじゃないか?顔や態度に似合わず、大雑把で大胆な性格のようだ。


「で、もう一人がイリニアという、元男爵令嬢だ。この近所に住んどる娘だ。」

「へぇ、近所ってことは、ご主人は佐官なんだ。よろしくお願いします。」

「あ……はい……よ、よろしくお願いします……」


僕はイリニアさんに声をかける。が、イリニアさん、なんだかモジモジしている。


「あのさ、イーリス。彼女、もしかして人見知りなの?」

「ああ、気にするな。こやつはいつもこれだ。相手がランドルフだろうが、私だろうが、店員だろうが、いや自分の主人だろうが、誰の前でもモジモジしておる。そういうやつなのだ。」

「はぁ……そうなんだ……」


初対面の僕ならともかく、ご主人にまでモジモジしてるって、どんだけ人見知りなのだろう?


「あの、ところでイリニアさんのご主人って、どちらのお方なんですか?」

「え、ええと……あの……その……ご、ゴットリープ様なのですが……」

「ええーっ!?ご、ゴットリープ!?もしかして、司令部付き幕僚長のゴットリープ大佐!?」

「ひえぇぇ!ご、ごめんなさい!」

「……いや、別に謝ることじゃないですけど。しかし、あの幕僚長の奥さんとは……」


元イリジアス王国の貴族令嬢をあの市場で「買った」のは、駆逐艦乗りだけじゃなかったんだ。しかも相手は、バルナパス少将の右腕と称されるゴットリープ幕僚長だと判明した。


「なんでも、そのゴットなんとかという主人は、このモジモジする彼女の性格がいたく気に入って、買ったらしいぞ。物好きな男もいるものだな。」

「は、はあ、そうなんだ……へぇ……」


そんな話をされて、ますますモジモジするイリニアさん。それにしても、あの敏腕幕僚長の奥さんがイリニアさんとはねぇ……ゴットリープ幕僚長のプライベートな一面を垣間見てしまった。確かに、顔を真っ赤にしてソワソワしている彼女を見ていると、なぜだか男として放っておけない。


「お待たせ!ちょっと遅れちゃったわ!」


と、そこに現れたのは、なんとセラフィーナさんだった。


「あれぇ!?か、艦長様!何でここに!?」

「なんでといわれても、ここは僕のうちなんだけど。」

「ああ、そういえばそうでしたよね!お邪魔いたしまーす!」


などと調子よく入ってくるセラフィーナさん。


「セラフィーナ様、ご機嫌麗しゅう。」

「今日もお元気でいらっしゃいますね、セラフィーナ様。」

「いやいや、この程度、まだ元気とは言い難いぞ!さらに王女として、磨きをかけねばな!」


そういえばセラフィーナさん、元イリジアス王国の王族だった。この女子会において、彼女は頂点に立つ人物である。


「おい、セラフィーナ様!お菓子をもってきたぞ!邪魔だからどけ!」

「ちょ、ちょっと!なんであんただけ、そんなに偉そうなのよ!」

「それはセラフィーナ様が、我が主人あるじ下僕しもべだからだ。悪いか。」

「くぅーっ……またそれを言う!」

「細かいことは気にするな。それよりもこのクッキー、美味いぞ。」

「まったく、私はこれでも元王族なのよ!もうちょっと私のことを崇めないと……あ、ほんとだ!本当に美味しい!」

「本当ですね、とても美味しいです!」

「うん……お、美味しい……」

わたくしも欲しいですわ!イーリス殿、これはどちらで手に入れられたのです?」

「普通にショッピングモールに売っとるぞ。2階にある贈答品の店で手に入る。」

「そ、そうなのですか!?いいことを知りました!早速、トラック2台分ほど注文せねば……」


皆それぞれ、我が家のリビングで思い思いに盛り上がる。レーナ少尉以外は、同じ国からやってきたいわば同郷の者たちばかりだ。


もっとも、すでに滅んでしまった国の王族と貴族。残念ながら、彼女らがかつての栄華を取り戻す機会などない。せいぜい同郷の者同士、こうしてわいわいとするのが関の山だろう。


この時、僕はそう思っていた。が、まさかこの元イリジアス王国の「権威」が役立つ時がくるなどとは思わなかった。

それは1週間後、僕に課せられた任務で発揮されることとなる。

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