第40話 新住人
……いや、ちょっと待て。
僕とイーリス、そしてヘルヴィさんがこの王都にいるのは分かる。
だがどうして、マイニさんまでついてくるんだ?サン・ティエンヌ宇宙港ロビーまでやってきたところで、僕はふと気づいてしまった。
「あの、マイニさん?」
「何でしょうか、旦那様。」
「どうして、マイニさんまでついてきたの?あなたはリーデッジ王国に残るんじゃなかったの?」
「いえ、私の役目は、旦那様とイーリス様との間に子をなすのを見届けること。ゆえに陛下より、セントバリ王国までお供せよと言われております。」
「は?」
なんだ、そういうことになってたのか……って、いや、ちょっと待て。てことはもしかして、マイニさんもあの家に一緒に住むってこと?
そういえば、ヘルヴィさんも住む場所がない。となれば当然、あの家に住むしかないだろう。佐官用の住居はそれなりに大きいから、部屋は余ってるのでいいんだけど、一つ屋根の下に妻以外の若い女が2人も住むって、ちょっとまずくない?
そういえばセントバリ王国貴族でもあるバルナパス少将には、3人の妻がいるんだった。1人は
この王国では重婚は認められている。バルナパス少将はすでにこのセントバリ王国の住人だし、身分も貴族階級、ここの法的には問題はないのだが……当然、僕らの星のモラルにはかなり反している。
そして僕の今のこの状況も当然、僕らの持つモラルには反している。だからいつもの人物が、抗議にやってきた。
「まっったく!何を考えてるの!?奴隷の奥さんの次は、メイドに元妃!?あんた、どんだけ変態なのよ!」
わざわざ宇宙港にまで乗り込んでくるとは、毎度律儀なことだ、カーリン中尉よ。
「ああ、ちょうどよかった。紹介するよ。こちらはマイニさんといって、リーデッジ王国から派遣されたメイドだ。」
「よろしくお願い致します。ところで旦那様、こちらの方は……」
「ああ、カーリン中尉といって、僕の艦の主計長をしている士官だ。」
「なんと、
「えっ!?あ、いや、別にそんなにすごいことでは……」
「そんなことはありません!旦那様への堂々とした物言いも、まさに
「ええーっ!?わ、私の話を!?そ、そんなに、たいしたことは……」
「おい、カーリン。そういうことだから、私達に付き合え。」
「ちょ、ちょっと、イーリスちゃん!どこに行くのよ!?」
「ヘルヴィとマイニを連れて、皆でスイーツを食べに行くのだ。どうせそなたも、ランドルフに文句を言いにくるほど暇なのだろう。せっかくだから、ついて参れ。」
「ええ~っ!?なんで私まで、巻き込まれるのよ!」
もはやカーリン中尉の扱いには慣れている僕とイーリス。というわけで、僕ら4人にカーリン中尉が加わり、5人で宇宙港内のスイーツのお店に向かう。
その店の眺めの良い窓際の席に座る。そこで女4人は全員、パフェを頼む。僕だけパンケーキだ。イーリスは抹茶、カーリン中尉はチョコ、そしてマイニさんがマンゴーで、ヘルヴィさんはイチゴだ。
「うわぁ!フラゥバァト《素晴らしい》!これが、夢にまで見たスイーツ……」
ヘルヴィさんとマイニさんにとっては、初めてのスイーツだ。考えてみたらリーデッジ王国は、ショッピングモールの贈答品のお店で買ったクッキーごときで国王陛下がうなるほど、甘いものが貴重な国のようだ。そんな国からやってきてこのパフェを見れば、心臓が破れるほどの感動をして当然だろう。
そして、それぞれに運ばれてきたスイーツを頂く。イーリスはいつも通りの食べっぷり、カーリン中尉にとってもごく普通のパフェ、これといってたいした反応をするわけではない。だが、ヘルヴィさんはもう興奮状態だ。
「フ、フヴァータ ブラーフ……ペッタ エラ サイッテ……」
(な、なんて味……これが、甘味か……)
興奮すると、どうしても自国語が出てしまうヘルヴィさん。一方、イーリスに負けないほどクールなマイニさんも、このパフェに感動しているのが分かる。
「なんという味、今までに経験したことのない味ですね……どうやって作るんでしょう、これ?」
どうやらスーパーメイドとしては、この味を再現したくなったらしい。感動の仕方も、人それぞれだ。
「ねえ、イーリス様!その緑色のパフェ、ひと口、いいです?」
「おお、いいぞ!食え!」
他の味が気になったヘルヴィさん、イーリスの抹茶パフェに手を出す。
「んん~っ!スマゥ ビートゥル……エン パッド エラ リュッフェングラァ!」
(ちょっと苦いけど……美味しい!)
かつて味わったことのないその味に、身体をプルプルと震わせながら感じ入るヘルヴィさん。反応が面白いな、彼女は。
「わ、私にも頂けますか!?」
「おお、いいぞ、どうせもう一つ注文するつもりだ、遠慮なく食え。」
「で、では、お言葉に甘えて……」
今度はマイニさんまで、イーリスの抹茶味パフェに手を出す。口に入れた瞬間、その異次元の味に心揺さぶられたようだ。
「カーリン様!あの、ひと口もらってもいいです!?」
「えっ!?あ、はい、いいわよ。」
「私も、欲しいです!」
今度はカーリン中尉のチョコレートパフェを狙うヘルヴィさんとマイニさん。お互いのパフェも食べあって、ついにリーデッジ王国からきた2人は、4つの味を堪能する。
となると、この中で唯一パフェではない僕のこのパンケーキにも、2人の関心が集まらざるをえなくなる。
そんなことになるだろうと思って、予め4分の1枚づつ、切っておいた。
「旦那様!いざ!」
「イェグ ムン ファ パッド!」
(では、頂きます!)
まるで獲物を見つけた動物のように、パフェを食べていたスプーンを突っ込んで、僕のパンケーキをさらっていく2人。
「んん~ん、リュッフェングラァ!」
「これもなかなかの味……ですが、これなら私でもすぐに作れそうですね……」
無邪気な元妃とスーパーメイドは、あっという間にパンケーキを食べて感動している。マイニさんに至っては、作る気満々だ。
とまあこの調子でパフェとパンケーキを食べ終えて、ようやく落ち着く5人。
「ところでカーリン様、主計長とはつまり、どのような仕事なのですか?」
突然、マイニさんから質問を受けるカーリン中尉。
「えっ?あ、ええと、なんていうか……駆逐艦という船の資材や食糧、それに消耗品をやりくりしたり、掃除や洗濯をするロボットの管理までやってて……」
「なんと!それはまるで執事長ではないですか!それをこのお歳で、しかも
「い、いやあ、それほどでも……あははは……」
マイニさんに持ち上げられて、得意げなような、戸惑ってるような、あんな複雑な表情のカーリン中尉は見たことがない。
質問責めにあっているカーリン中尉の横で、黙々とスイーツを食べ続けるイーリス。
それにしても、よく食うな。パフェが3つ、ケーキが2つ、そしてプリンが1つ。一体、あの小さな身体のどこに入るのか?
「おい!店員!そこにあるゼリー状のスイーツはなんだ!?」
「はい、これは『わらび餅』というスイーツです、お客様。」
「ワラビモチ?なんだ、それは?」
「
「そうか、ならばそれをいただこう。」
ええーっ!?まだ食べるの?底なしだな、イーリスは。
で、出てきたワラビモチと称するスイーツを、皆で食べる。僕も食べてみたが、不思議な味だ。周りにある「キナコ」という砂のような粉が、このゼリー状の物体に不思議な歯ごたえを与えてくれる、そんなスイーツだ。さすがは文明最先端の星、
このワラビモチを以って、ようやくスイーツの会は終わる。カーリン中尉とは別れ、僕らは家に帰る。
「うわぁー!ここがヘルヴィの新しいうち!?」
ずらりと並ぶ佐官用住宅の一角にある僕の住居を見て、ぴょんぴょんと跳ねながら興奮するヘルヴィさん。
「みっともないですよ、ヘルヴィ様。ここは大陸一の王国であるセントバリ王国の王都の一角、あまりはしたない態度は、ランドルフ様にご迷惑がかかります。」
「ああ、そうだね、マイニ。ヘルヴィ、気をつけるよ。」
すでに妻以外の2人の女を連れ込んだ時点で、僕の品位など地に堕ちているから、気にすることなどないんだけどね。でもまあ、家に入るまでの間、少しだけ静かにしてもらえるとありがたい。
「そういえばランドルフ様。ヘルヴィ、明日から、お仕事?」
「ああ、そうだ。あの司令部という場所で仕事をしてもらう。」
そう言いながら、僕はこの住宅街からも見える小高い司令部のビルを指差す。
「ええーっ!?オゥトレグット《信じられない》!あの王宮のようなところで、お仕事をするんですか!?」
王宮か、あれが。どう見てもただのビルだ。ただ、全面ガラス張りだから、確かにこの星の住人にとっては珍しい建物だろうな。王宮のように見えるのも仕方がない。
で、その日はいつものように、僕とイーリスに、マイニさんが風呂場に入ってくる。当然、寝室にまでついてくるマイニさん。
一方で、念願のスイーツを味わい満足気なヘルヴィさんは、2階の部屋でぐっすりと寝ている。
そういえば、あの屋敷での寝室は広かったからよかったが、この家の寝室は狭い。そこにマイニさんまでやってきた。とてもじゃないが、もう一つベッドを置く余裕などない。結局マイニさんは、僕らのベッドで一緒に寝ることになる。
うーん、落ち着かないなぁ……早いこと子供を作らないと、いつまでもつきまとってくるぞ、この変態メイドは。
ベッドですやすやと寝る2人。その寝顔を見つめながら、僕は考えていた。
明日から、いよいよ仕事に戻る。ヘルヴィさんを、どうしようか?
翌朝、僕はヘルヴィさんとともに司令部に出勤する。
「元気そうだな、ランドルフ少佐。」
「はっ!バルナパスしょ……いや、中将閣下には、ご迷惑をおかけしました!」
そうだ、僕がリーデッジ王国に行っている間に、バルナパス少将は中将に昇進していた。
「で、向こうに行ったついでに2人の娘を家に連れ込んだというではないか。なかなかお盛んだな、少佐も。」
「いえ、成り行きでして……」
耳が早いな、バルナパス中将は。だがカーリン中尉とは違い、中将閣下はわりとこの件は肯定的だ。そりゃそうだ、自身も2人の側室がいるのだから。
中将閣下に挨拶を済ませた後、僕はカーリン中尉を呼んで相談を持ちかける。
「……ということだ。無防備すぎるヘルヴィさんに少し、気をつけてほしい。」
「はっ!艦長殿!要するに、艦長以外の変態を近づけるなということですね!?」
相変わらず一言多いが、こういうことはカーリン中尉が一番頼りになる。さもなければヘルヴィさんは、変な男に引っかかりかねない。
で、万全の策を敷いたのちに、僕はようやく通常任務に戻る。
ところが、戻った翌日にはもう、宇宙に出ることになった。
それはヘルヴィさんにとって初めての宇宙であり、駆逐艦0256号艦にとっては、いや僕にとって最悪の事態を迎えることになる航海となることを、このときはまだ知らない。
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