第41話 精霊、不発

「いやあぁぁぁ!フ、フヴェルス ハウトゥ!」

(な、何このうるさい音は!)


初心者お約束の、規定高度の4万メートルからの大気圏離脱時の、全力運転のけたたましい機関音に怯え発狂するヘルヴィさん。


「まったく、この程度のことで、何をうろたえているのですか、この娘は!」


鋭いツッコミを入れるのは、セラフィーナさんだ。が、そういうセラフィーナさんだって最初の頃は、似たようなものだったのだが。この人は、自分のことを棚に上げやすい。


「それにしても艦長様、よろしいのですか?こんな刃物で襲いかかるような娘を、この艦内に入れても。」


ああ、これもセラフィーナさんに言われると、まったく説得力がないな。その点は多分、大丈夫だ。この艦内にはすでに一人、似たような奴がいる。


ここは駆逐艦0256号艦の中。衛星軌道を抜けて、すでに第3宇宙速度で航行中、向かうは小惑星帯アステロイドベルトだ。

ここ最近、この宙域には急に海賊が増えてきたらしい。被害にあう民間船が後を絶たない。そこで地球アース853艦隊司令部は、近辺のパトロールを行うことになった。今回は駆逐艦0256号艦がその当番である。

にしても、ひと月ぶりの仕事だ。いまいち感覚が取り戻せない。いや、元々艦長としての自覚はあまりないのだが。


「ラグランジュ点通過!民間船航路上に乗りました!」

「よし、監視を怠るな!不審な船を見つけ次第、直ちに検問する!」

「了解!」

「両舷前進微速!進路そのまま!」

「前進微速、ヨーソロー!」


つい先日、民間船の皮を被った船に、痛い目にあったばかりだからな。相手が民間船だからといって、バカにはできない。僕は警戒を呼びかける。

小惑星帯アステロイドベルトまで半日かかる。その間に一度、食事を摂らなくてはいけない。出発して3時間ほど経ったところで、僕は食堂へと向かった。

その食堂には、ヘルヴィさんがいた。が、その前の席に、一人の男性が座っている。

なんだ、もう男が引っかかっているのか?だが、よく見るとその男は、エーリク少尉だった。

この艦の砲撃科所属で、以前の僕と同じ砲撃手担当。地球アース187出身だが、軍大学を卒業してこの星に来て早々、いきなり地球アース853艦隊に転籍となった。軍大学の学費をタテにされて、その決定に逆らうことができず、泣く泣くこの艦に乗ることになった人物だ。

だが、彼と話す限り、さほど変な人物ではない。真面目で、ちょっと寡黙で、そして責任感が強い。そんな性格がにじみ出る人物だ。

そんな士官が、ヘルヴィさんと話している。


「はーい、あなた『変態』ね!!」


そこにカーリン中尉が現れる。いきなりエーリク少尉を変態認定している。


「あの、カーリン中尉殿、変態とは誰のことで……」

「あなたよ、あなたっ!!こんな純真な娘にいきなり話しかけるなんて、変態以外の何物でもないわ!」


いや、話しかけただけで変態認定は、さすがに酷すぎるだろう。


「いや、私は別にやましい心をもって話しかけているわけではないですよ。」

「男なんて、やましい心の塊が服を着て歩いているようなものよ!1日に平均19回はやましいことを考えていると言われる生物が、こんな綺麗で純真な娘を見て何も思わないことはないでしょう!」

「はい、それは確かに綺麗な人だなぁと思いました。でも、ついさっき話しかけたばかりですよ?」

「じゃあ聞くけど、あんた、他の女性士官に話しかけたこと、ある?」

「いえ、ないです。」

「じゃあやっぱり、『この娘ならやれる!』と下心を持った上で話しかけたんでしょう!まっったく!だから男なんて信用できないのよ!艦長を含めて!」


うーん、まずいな。ちょっとやりすぎな上に、一言多い。仕方がない、援護に入るか。


「やあ、ヘルヴィさんに、エーリク少尉。」

「あ、ランドルフ様!」

「はっ!ランドルフ艦長!」


呑気に手を振るヘルヴィさんに、敬礼するエーリク少尉。カーリン中尉も一応、僕に向かって敬礼する。僕は返礼し、エーリク少尉に話しかける。


「もうじき、海賊多発地帯に突入する。砲撃科の出番があるかもしれない。早々に食事を済ませておけ。」

「はっ!艦長!」

「……ところで、ヘルヴィさんとはなんの話を?」

「はっ!この艦内では見かけない方だったので、どちらから来たお方か尋ねたのです。すると、遠くリーデッジ王国から来たと言われたので、大変ですねという話を差し上げたところでして……」

「エーリクも、遠くから来たと言ってた!だからヘルヴィとエーリク、似てる!」


いや、ヘルヴィさんよ、それを言ったら僕もカーリン中尉も、エーリク少尉と同じ星から来てるんですよ。そんな理由だけで親近感を持っちゃダメでしょう。

で、それだけのことで和気あいあいとなれるところがさすがというか……この娘、いくらなんでもちょっと、無防備すぎないか?

だが、何というかこの2人、妙に波長があうというか、そんな雰囲気だ。こうしてみると、相性が良いのではないかと思う。

だが、そんな2人の邪魔をするカーリン中尉。


「ああ、もう!そんなしょうもない話で盛り上がってないで、さっさと持ち場に戻る!これから、海賊退治するのよ!砲撃科の人間が、何ぼさっと食事してんのよ!」

「あ、はい、カーリン中尉!」

「ヘルヴィちゃんも、まだ何の仕事もこなせていないんでしょう!?セラフィーナちゃんに聞いて、せめて今回の航海の間に、一つくらいは仕事を覚えなさい!」

「は、はい!」

「まったく、どいつもこいつも……」


結局、カーリン中尉によって食堂を追い出された2人。


「おい、カーリン中尉、いくらなんでもちょっと、やり過ぎじゃないか?」

「はぁ!?私に任せたのは艦長、あなた自身でしょうが!今さらやり過ぎとか、言わないでよね!それに……」

「それに、なんだ?」

「あのくらいで引くようなら、この先も続かないでしょう。私の罵詈雑言ばりぞうごんを乗り越えられるくらいじゃなきゃ、本物じゃないわよ。」


うーん、自ら悪役を演じてる感を出しているカーリン中尉。言うことはごもっともだが、おかげでいろんなところで敵を作ってるのも事実だ。もう少し、柔らかくなれないものか?

いかんいかん、カーリン中尉のペースに乗せられ過ぎだ。というわけで、話題を変える。


「そういえば、カーリン中尉。ピエリックさんとは、どうなったんだ?」

「はぁ!?何いきなり、そんな話するのよ!」


ますます機嫌が悪くなってしまった……考えたら、これくらいしかカーリン中尉と話せる話題がない。だがこの件はもしかして、聞いちゃまずかったか?やっぱりあの時、破局してしまったのか?


「いや、だってこの間は喧嘩してたって聞いたっきりだったから、どうなったのかと思ってさ……」

「ああ、そうだったわね。実はね……」


なんだか、表情が冷たいな。やっぱり、まずいことを聞いてしまったのか?


「……入籍したの。」

「は?」

「何よ!!!私が入籍しちゃ、ダメなの!?」

「いや、いいけどさ……喧嘩の仲直りの話を飛び越して、いきなりそんな話が出てきたから……いや、おめでとう。」

「まあ、要するにそういうことよ!今のところは上手くやってるから、心配しないでちょうだい!じゃあ私、持ち場に戻るから!」


不機嫌なまま、主計科事務室に戻っていくカーリン中尉。なんだ、別に機嫌を悪くする話じゃなかったと思うんだけどなぁ。何というか、あれも一種のツンデレなのだろうか?


僕も食事を済ませて、艦橋に戻る。そろそろ、海賊多発宙域だ。

が、入ったそばからいきなり、不審な船に出会う。


「前方に民間船。識別コードを確認。船籍は地球アース187なのですが……」

「どうした?」

「妙な船です。この識別コードを持つ船は、つい先週にはここから1200光年彼方にある地球アース486にいたことになってます。それがわずか1週間で、ここにいるはずはないのですが……」


確かに妙だな。どう考えてもあれは、不審船だろう。

状況からして、識別コードを丸々コピーした船だと考えられる。これは簡単なようで、かなり難しいことらしい。かなり高度な技術を持った連中の不審船だ。


「よし!あの船を検問する!民間バンドで呼びかけ、停船させる!」

「了解!」


早速通信士が、不審船に向かって停船を呼びかける。


「識別ナンバー、GZ91165432897の民間船、直ちに停船せよ!繰り返す、識別ナンバー、GZ91165432897の民間船……」


民間バンドで呼びかけるが、まるで反応がない。その不審船は航行を続ける。

その間も、不審船に接近しつつ呼び方を続ける。だが、一向に応じる気配はない。

その船の機関は動いている。つまり、その船には人が乗っており、正常に運行されている証拠だ。

だが、まったく我々の呼びかけを無視している。


「これより、あの民間船に接近する。このまま呼びかけに応じないようなら、あの船を拿捕せよ!」

「はっ!」


我が艦は、ゆっくりと不審船に接近する。


ところで通常、民間船にはステルス塗装を識別できるレーダーは搭載されていない。だから、ステルス塗装の施されたこの艦の接近を、民間船が察知することはできない。

海賊船といっても、民間船を改造したものであるから、当然軍用のレーダーなど搭載してるわけではない。だから、我々は察知されていないはずだった。

が、それが油断だった。距離20キロまで接近したところで、突如その不審船は動く。


「エネルギー波、探知!不審船、エネルギー砲を装填中!」

「なんだと!?バリア展開!急げ!」


攻撃を察知したが、僕の号令は間に合わなかった。不審船から一筋のビームが発射される。

放たれたのは、哨戒機などに搭載されている中型のビーム砲だ。この0256号艦に直撃し、ガリガリという鈍い音が艦橋にまで響いてくる。バリアシステムの展開は、間に合わなかったようだ。


「ひ、被害状況を報告せよ!」

「当艦、左側面シールドに被弾!直撃ですが、損傷軽微!」

「ダメージコントロール!エア漏れがないか、直ちに確認せよ!」

「はっ!すでに主計科が、現場に向かってます!」


カーリン中尉か。さすがに行動が早いな。


「これより不審船を拿捕する!バリア展開のまま、不審船後部に回り込め!」

「了解!前進微速!とーりかーじ!」


艦は不審船の後部に向かって動き出す。再び、ビーム砲が発射される。が、駆逐艦のバリアで、不審船のビーム砲はあっけなく弾き飛ばされる。


だが僕はこの時、不審船の攻撃に、違和感を感じていた。


民間船ベースの船でありながら、どうして駆逐艦の接近を察知できたのか?

これは明らかに、ステルス対応レーダーを積んでいる。連合であれ連盟であれ、このレーダーを積んでいるのは軍用艦船のみだ。

いや、それ以上に感じている違和感がある。


なぜ、精霊が発動しない?


いくら中型砲でも、駆逐艦に損害を与えることができる。だが、不審船から攻撃されても、精霊が発動しなかった。どういうことだ?


まさか精霊のやつ、攻撃されることが「最良」だと判断したのではあるまいな?


ともかく、攻撃された以上、あの船を拿捕せねばなるまい。だが、もしかしたら今回は、精霊の守護が期待できないということか?

艦長になって、最大のピンチだ。今までは、命の危機は精霊が守ってくれた。

だが今回、初めて精霊が助けてくれなかった。

しかし、そんなことを部下に悟られるわけにはいかない。僕は不審船に向かって、前進するよう命令する。


「バリアを展開したまま、不審船後方に接近!」


駆逐艦は、逃げる不審船の後ろを追いかける。

駆逐艦に追いつかれる不審船。その不審船の後方噴出口に、駆逐艦が突っ込む。

バリアを展開したまま、不審船の後部に突っ込む。当然、噴出口周辺はバリアに触れて爆発を起こす。噴出口をやられ、前進不能に陥る不審船。


「よし、不審船の動きが止まった!これより、不審船に接続し突入し、拿捕する!」


直ちに攻撃隊が編成される。僕はその隊長として格納庫に向かう。

といっても、この艦にはまだ哨戒機が搭載されていない。格納庫から巨大な管のようなものが、あの船に向かって伸ばされる。その管の先端にはバリアに使われる耐衝撃粒子が散布され、不審船の側面に穴を開ける。

ガガガガッ!という音とともに、不審船の側面が削られる。そしてついに巨大な管は不審船の側面を貫通し、不審船とこの艦は繋がった。

突入隊が、その管の中に入る。そして、その管の先端についた扉が開かれる。緊張の一瞬だ。


で、まさに扉が開こうとした、その時だ。


このタイミングで、あのピーンという音が、耳の奥で鳴り響いた。

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