第42話 銃撃
僕は、僕の後ろに立っていた。精霊が発動した時の、いつもの現象が起こる。そして、不審船を貫通した管の先にある扉が開く。
と、その瞬間、僕は叫ぶ。
「伏せろ!」
僕が叫んだ瞬間、扉の向こうから、こぶし大のものが飛んでくる。
それを掴む僕、そして、そのまま扉の向こうに投げ返す。その後、その場に伏せる僕。
次の瞬間、強烈な閃光とともに、爆発音が響く。
な、なんだ?もしかして今のは、手榴弾だったのか!?
僕自身はその場で立ったままだが、こっちは魂だけだから、爆風は全く効かない。精霊の操る僕の身体の方はといえば、伏せていて無事だ。
だが伏せている僕の身体は、すでに銃を構えている。
立ち昇る煙の奥に向かって、数発撃ち込む。煙で何も見えないが、多分、何かいるのだろう。百万キロ先の敵が見える精霊だ、煙の向こうにいる兵士など、見えないはずがない。
そのまま僕は立ち上がる。そして、煙の中に歩いていく。
僕の魂はその身体と連動して動く。何も見えない煙の中に、身体と共に突入していく。
煙の向こうに、うっすらと僕の身体が見える。周辺は真っ白で、何も見えない。
だが、そんな真っ白な煙の中を平然と歩く僕。そして時々、なにかを見つけたように銃を撃つ。その度に、煙の向こう側から叫び声が聞こえる。多分、この不審船の乗員に向かって撃っているのだろう。
だが、まだ海賊と決まったわけでもないのに、容赦無く相手を撃つなんて……と言いたいところだが、いきなり手榴弾を投げつけてくるあたり、海賊以上にたちの悪い船だ。
煙が晴れぬまま、数発撃つ。そして、銃のエネルギーパックを入れ替える。入れ替えが終わるや、また煙の向こうに向かって撃つ。
煙の奥に向かってずんずんと歩く僕の身体。足元を見ると、倒れた人物が現れる。
一人や二人ではない。通路越しに何人も横たわっている。皆、銃を持っているが、それ以上にその服装を見て僕は驚愕する。
この服は、連盟軍の軍服だ。つまりこの船は、連盟軍の船だということになる。どうやら、民間船を装った強襲船のようだ。
それを見て分かった。こいつら、連盟の指示のもと、民間船を襲って
真っ白な煙の中から正確に狙いを定め撃ち抜く精霊に、連盟軍の連中はまったく歯が立たない。この攻撃に恐怖して、一斉に銃を撃ってくるが、それを巧みにかわしつつ、攻撃する僕の身体。
相変わらず、どこに目がついているのか分からない動きをする。しかし一体、どこに向かうつもりだ?すでに煙は晴れて、通路の先まで見える。
その通路上には、何体もの兵士が撃ち抜かれて血まみれで倒れている。通路の奥には、数人の兵士が走ってくるのが見える。
だが、精霊はそれを正確に撃ち抜く。そして、さらに前へ進む。
まったく……無茶しやがる。ここで僕が身体に戻されたら、僕はあの敵に囲まれ確実に死ぬ。
しかし、まだ精霊の戦いは続く。次々と現れる敵兵を各個撃破しつつ奥へと進む。エネルギーパックにも限りがあるが、こいつは1発も外さないから、たくさん倒したわりに残量が減らない。
とはいえ、すでに3パック使っている。残り2パック。後ろから味方がついてきてはいるが、敵が現れるや否や精霊のやつが一発で仕留めるため、味方の出番がない。
そのまま通路を進み、ついに僕の身体は
血しぶきが飛び散る。僕の身体にもそのしぶきがかかる。だが、僕の身体は構わず前進する。
次々と船橋内で発砲する僕、なすすべもなく倒れるこの船の乗員。
が、数発撃ったところで、弾が尽きた。
最後のエネルギーパックを入れ替えて……という間も無く、船橋に駆け込んできた他の兵士が一斉に銃を向ける。おい、このままじゃ撃たれちまうぞ、どうするつもりだ、精霊よ。
と、精霊のやつ、なんとその兵士の1人の懐に飛び込む。そのまま銃で殴りかかり、あっという間に気絶させる。
と、その気絶した1人を抱えて、別の兵士に投げつける。
他の兵士が一斉に銃を撃つ。が、僕は気絶した兵士を盾にしてその銃撃を避ける。盾に使った兵士の返り血を浴びるが、構わず別の兵士にその兵士を投げつけて、怯んだところを飛び込んで殴りつける。
これを3度ほど繰り返すと、兵士は残り1人となった。
で、最後の兵士に突進する。相手は銃で撃ってくる。が、ギリギリ交わしながら飛び込み、その最後の1人に殴りかかる。
殴られて倒れたその相手の目の前で、最後のエネルギーパックに入れ替える。
そして、その敵兵に向けて撃った。その敵兵の返り血を浴びる。
ここで、僕は僕に戻る。
うわぁ……なにこれ。凄惨な船橋内で、返り血を浴びて立つ自分。ああ、なんてことだ、艦長自ら単身で敵の工作船に突入して、敵を全滅してしまった。
ただ、この船橋には数名生き残った敵兵がいるようだ。殴りつけて気絶しただけの者、しかしそれも全部で3人といったところか。
味方がようやく船橋内に突入してくる。僕は彼らに命じる。
「数名の生き残りがいる。武器を取り上げ、拘束せよ!」
やってきた味方はすぐに船橋内の乗員を調べ始める。やはり生きていたのは3人だけ。味方の乗員らは、その3人を抱えて連れ出していく。
そして、拿捕のためにつないだ連結通路の扉を閉める。そのまま、貫通している管をその工作船から引き抜く。
工作船内は、管を突っ込んだ際にできた穴から空気が漏れていることだろう。だが、すでに生きている者のいない船。ステルスレーダーの搭載や、各種軍用センサーの搭載も確認された。明らかにあの船は、連盟軍の差し向けたものであると断定される。
そして、この船に向けて、1発の砲撃が加えられる。砲撃を受け、たちまち消滅する工作船。
約40名。僕が、いや精霊が倒した敵兵の数だ。皆、連盟の軍籍証を所持していたことも確認された。
このところ出没していたとされる海賊とは、連盟軍の工作船だった。なんてことだ、軍が民間船を装い、民間船を襲っていたことになる。これは、重大な戦時条約違反だ。
我々連合と敵である連盟との間には、戦時下とはいえいくつか取り決めがある。その一つが、互いの民間船舶を攻撃しないこと。これをやり出したら、どちらの陣営も物流が滞り、大混乱に陥る。そこで、自陣営の航路上を航行する民間船への攻撃を禁じる条約が、双方の間で結ばれている。
今回の行為は、それを破る行為だ。しかも軍が海賊行為を働くなど、言語道断だ。しかし連盟側は時々、こういうことをしているらしい。その度に連合側は抗議するが、一向になくならない。
が、今回の一件で、思い直して欲しいものだ。条約違反には、悲惨な結末が待っている、と。
だが、悲惨な目に会ったのは、どちらかというと味方だった。
「きゃあああぁ!な、なんて格好してんのよ、あんたは!?」
血まみれの僕を見て、絶叫しているのはカーリン中尉だ。他の乗員とともに艦内に戻るや、いきなりこれである。僕はカーリン中尉に言った。
「主計長、替えの制服を用意してくれ。すぐに風呂に入ってくる。」
黙ってうなずくカーリン中尉。この姿を見たら、さすがのカーリン中尉もこれ以上、文句を言う気が失せたようだ。
この制服は、どう考えても処分だな。こんなものを洗ったら、洗濯機が悲惨なことになる。風呂場の脱衣所で、用意された袋にその血まみれの制服を入れる。
で、風呂場にて、自動身体洗いロボットに洗ってもらう僕。足元には、赤いものが滴り落ちる。
身体を洗われながら僕は、今日の一連の出来事を振り返っていた。
最初の不審船からの攻撃でも精霊が発動しなかったのは、明らかにこの工作船内での戦闘に備えてのことだろう。
にしてもだ。よく考えたら、どうしてわざわざ工作船に乗り込んで戦う必要があったのか?冷静に考えたら、あんな脆弱な船、砲撃一発で終わらせてしまえばよかったのではないか?
ましてや、艦長自ら乗り込んで、単身で銃を撃ち放つなど……まったく、指揮官にあるまじき行動だ。加えて、なぜ、僕は突入隊の指揮を執ろうと思ったのか?
精霊に乗っ取られる前の行動からして、自分らしくないことに気づく僕。一体、どうしてこうなった?
そこであの時のことをよく思い出してみる。あの時の僕は、自身の油断で駆逐艦に直撃を受けてしまったことに責任を感じていた。それで、陣頭指揮を執ろうと考えた。
ということは精霊のやつ、あの直撃騒ぎで、僕があの船に乗り込むことも計算していたというのか?
精霊って、どんだけ先の未来が見えているのか?
考えれば考えるほど、気味が悪い。
ということは、その先に一体、どんな未来が……
などと考えていたら、もうロボットアームは身体を洗い終えていた。僕は湯船に浸かる。
うう……にしても、また嫌なものを見ちゃったなぁ……精霊に撃たれ、通路に横たわる、大勢の連盟兵達の変わり果てた姿。おそらく、今夜の夢に出てきそうだ。しかも今回は40人も殺っちゃったらしい。おかげで前回よりも凄惨な場面をたくさん見る羽目になった。こんなトラウマに悩まされるのも、精霊が「最良」と考えた結果なのか?
そこまで未来が見えているのなら、少しは配慮して欲しいよなぁ、精霊よ。せっかく休暇で落ち着いたばかりだっていうのに、これじゃまた元通りじゃないか。
ところで、僕の憂鬱はまだ終わらない。艦長として、やらなきゃいけないことがある。
それは、生き残ったあの3人の尋問だ。
海賊船、いや、連盟の工作船となればなおさら、艦長による尋問を行わなくてはならない。
あの工作船による海賊行為が連盟の指示によるものかどうかは重要だ。それによって、連盟側に対する抗議をするべきかどうかが決まる。
だが一つ、困ったことがある。それは、僕は連盟側では「死んだ」ことになっている人間だということだ。
だから、本名を名乗るわけにはいかない。名乗った瞬間、イーリス共に健在だとバレてしまう。また工作員に怯える日々に戻ってしまいかねない。
というわけで、艦内にも3人の捕虜がいる間は、僕の名前を使わないように箝口令を敷いておく。代わりに僕が名乗ったのは、「バーヴァリス」という名だ。
イリジアス王国の側近の名で、国王陛下がお忍びで出かける際に使った名でもあると、イーリスが何気なく話した会話を思い出し、とっさにその名をつけた。僕は「バーヴァリス艦長」として、3人の前に出る。
机の上にひじをつき、顔の前で手を組む。念のため、伊達メガネもしておいた。
が、3人にはあっさりと、あの時に船内で無双していた人物だとバレる。恐怖で顔が真っ青になっている。
それを見ているこっちもおっかない。まずいな……せっかく伊達メガネまでつけてるというのに、バレバレじゃないか。
かと言って
「いやあ、ちょっと殺り過ぎちゃったよ!ごめんね!」
……などと言える雰囲気でもない。僕は腕を組んだまま、黙って彼らをにらみつけるしかない。
暫し静寂が続いた後、僕は口を開く。
「……では、尋問を始める。ぼ……私がここの艦長、ラ……バーヴァリスだ。」
口癖と名前だけは、急には慣れないな。帰ったら今後に備えて、練習しておこう。
「貴官らに問う。貴官らは連盟の兵士であり、にも関わらず戦時条約に反して民間船に偽装し、海賊行為を行った。そうだな!?」
3人は黙っている。が、ついているひじが痛くなったので、僕はその腕を下ろす。するとその動作に驚いたのか、突然一人が叫び出す。
「ま、間違いございません!バーヴァリス艦長殿!」
あれ、もしかして、今の些細な動作でビビっちゃった?考えてみれば、一人で40人も殺っちゃったやつから、直接尋問されているんだ。恐怖以外の何ものでもないだろう。
「で、ですが艦長殿!さっきのあれは、『精霊』というやつの仕業ではありませんか!?」
ギクッ。こいつ、精霊のことを知ってるのか?だとしたら、僕のことを勘ぐっているかもしれない。
ますますまずいな……このままでは「ランドルフ」だとバレてしまう。どうしようか?
「……そうだ。精霊の仕業だ。」
僕は、とっさに応える。
「そんな……確か、精霊使いはすでに死んだと報告が……」
「この星には、何人もの精霊使いがいる。一人二人倒したところでムダだ。それに……」
僕はその場で伊達メガネを外し、3人を睨む。
「この星にちょっかいを出す輩は、その精霊使いらによって、全て排除される運命である!肝に銘じておくんだな!」
などと叫んで、さらに3人をにらみつける僕。震え上がる連盟兵の3人。だが、この場で最も震えたいのは、どちらかといえば僕の方だ。
ああ~っ!思わず、ハッタリをかましてしまった。あんな
だけど、イーリスと僕以外にもいることにしておかないと、話が矛盾してしまう。それに、たくさんいると思わせた方が、もしかしたら抑止力になるかもしれないと思い、僕はそう応えてしまった。
それから僕は、普通に尋問を続ける。連盟軍の関与を裏付ける言質を引き出した後、その3人は捕虜返還のために
返還とは言いつつも、今回の条約違反について、やつらに強く抗議する狙いもあるようだ。3人はまさに連盟側の指示だと応えたし、生き証人を連れていき、連盟側への抗議に臨むようだ。
それ以上に、彼らは連盟に戻って、その精霊の恐怖体験を伝えることだろう。この星の精霊に逆らうとどんな目に遭うか、ということを。
「あんた、随分と適当なこと言ったわね。」
あの銃撃戦から3日が経った。
「仕方ないだろう。まさかイーリスも僕も生きているとは言えないし、あれを生身の人間のせいだと言っても信じないだろうし。」
「馬鹿ねぇ!そんなのは『軍事機密』だと言っておけば良かったのに!わざわざそんな作り話を話さなくても良かったじゃない!」
あ、そうか、そういう切り抜け方もあったか。しまったな、カーリン中尉の言う通りだ。
「でもまあ、今さらどうしようもないわね。それに、他にも精霊がいると思わせた方が抑止力になるかもしれないから、別に悪い判断とは言えないわね。」
うーん、カーリン中尉って、結構いろいろ考えてるんだな。正直、主計科にはもったいない人材かもしれない。
「ところで、カーリン中尉。」
「何よ!」
一応、僕は上官なんだけどな……精霊よりも怖いな、彼女は。
「いいのか、あの2人をほっといても。」
「よくはないけど、もう諦めたわ。私くらいじゃだめね、あの2人を引き離すのは。」
その2人とは、向こうのテーブルで仲良く食事しているエーリク少尉とヘルヴィさんのことだ。
「あの雰囲気なら、単なる変態ってわけじゃなさそうよ、エーリク少尉は。まあ、案外お似合いなんじゃないかしら、あの2人は。」
投げやり気味なカーリン中尉をよそに、笑顔で話しているエーリク少尉とヘルヴィさん。
「ほんとですよ!私よりも後に来ておいて、なんだってあんなに幸せそうなんですか!」
と、そこにもう1人、元王族まで現れた。
「なんだ、セラフィーナさんだって、よく男性士官と話しているじゃないか。」
「あそこまでべったり話してくれる人はいませんよ!もっとも、ここには私に釣り合う人物もいないんですけどね。」
こう言ってはなんだが、セラフィーナさんよりもヘルヴィさんの方が、男としては惹かれやすいな。あの無防備なところが、かえっていいのかもしれない。その点、セラフィーナさんは処世術を身につけていて、どこかたくましい雰囲気がある。
確かに、よく男性士官からは声をかけられるんだけどな、セラフィーナさんも。だが、なかなか生涯の伴侶と呼べる相性のいい人物には出会わない。
トラウマを抱えた艦長に、いい話し相手を得た2人、それをみて呆れる主計長と元王族、そんな人々を乗せて、駆逐艦0256号艦は
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