第43話 イーリスの動揺

「サン・ティエンヌ宇宙港まで、あと40!」

「高度3000!速力300!」

「両舷減速、赤20、面舵10度!」

「両舷減速、おーもかーじ!」


我が艦は王都上空に差し掛かる。王都はまだ昼間だ。明るいうちに帰還できるのはありがたい。


宇宙港は、平和そのものだ。今回の海賊騒ぎなど、まるでなかったかのようにのどかな空気に包まれている。

手前に、民間船舶が宇宙港へ向かって航行している。あちらは民間用ドックに向かっている。我々はその手前にある、軍用ドックだ。

しかし、民間船だからといって油断できないことは、このところの2度の事件で思い知らされた。目の前を飛んでいる民間船が発砲しないという保証は、どこにもない。心なしか、僕は警戒する。

が、そうそう工作船が紛れ込むはずもなく、何事もなく入港するその民間船。この駆逐艦も無事、入港する。


「高度30……20……10……着地!繋留ロック、接続!」


ガシーンという金属音とともに、駆逐艦は軍用ドックに接続した。


「ギア接地および前後ロックよし!各部センサー、異常なし!」

「よし、機関停止!」


ヒィーン……と徐々に小さくなる機関音。艦内は、静まり返る。

艦橋内の乗員らは立ち上がる。横にいたセラフィーナさん、ヘルヴィさんも出入り口に向かって歩く。


「ああーっ、やっと着いた!さてと、ショッピングモールで魚でも買って帰ろうかな!」


セラフィーナさんがそういうと、ヘルヴィさんが尋ねてくる。


「セラフィーナ様。ショッピングモールって、なんですか?」

「ええーっ!?ちょっとあんた、ショッピングモールを知らないの!?」

「はい、知りません。なんですか、それ?」


ああ、そうだ。そういえば彼女、まだショッピングモールに行ったことがない。

ここについた翌日にはもう司令部に出向き、その翌日には駆逐艦に乗艦している。この街で唯一行った店は、宇宙港内のスイーツのお店だけだ。


「そうなんだ。じゃあ、連れて行ってあげようか?」


と、そこに現れたのは、エーリク少尉だ。

なんで砲撃科の担当が艦橋に……って、どう考えてもヘルヴィさんを誘いにきたのだろう。


「えっ!?本当ですか!?」

「うん、どうせ私も暇だし、教えてあげるよ。」


彼が暇なのは間違いないだろう。この星に来て間もないから知り合いも少ないし、おまけに彼は独身だ。


「では、ヘルヴィさんのことは貴官に任せる。夕方までには、我が家に連れて来てくれ。」

「はっ!」


僕はヘルヴィさんの案内をエーリク少尉に任せることにした。両者にとって、ちょうど良い息抜きになるだろう。互いに敬礼し、エーリク少尉はヘルヴィさんを艦橋から連れ出そうとする。


「ちょっと待った!」


そこに、カーリン中尉が現れる。エーリク少尉とヘルヴィさんの行く手を阻む。


「おい、カーリン中尉。別にこの2人ならば、問題はないだろう。」

「この2人だけならね!だけど、外には男どもがうようよしてるのよ!?か弱いヘルヴィちゃんに変な虫が寄り付いてこないとも限らないわ!エーリク少尉と離れた一瞬の隙に、ヘルヴィちゃんが誰かから声をかけられたらどうするのよ!」


まったく、過度の心配性だなぁ、カーリン中尉は。この街なら、そこまで心配しなくてもいいのに。


「大丈夫だ、カーリン中尉。すでに彼女にはある自衛手段を身につけさせている。」

「は?こんな華奢な娘が自衛手段!?どういうことよ!」

「じゃあ、見せてあげるよ。ヘルヴィさん、知らない人に誘われたら、どうするんだ?」

「はい!アエッテ エグ アファ サヴァラ エ イリジアッシュ!」

(イリジアス語で返事をするんですよね!)

「……ということだ。言葉の通じない相手なら、大抵はそれ以上、話しかけようとはしないだろう。」

「ええっ!?そ、そうなのかしら……」


呆気に取られるカーリン中尉。だが、この街の中ならこれくらいで、十分に防衛策にはなるだろう。


街に向かって歩き出す2人。エーリク少尉も、この星に来て僕の艦に配属された頃は随分と凹んでいたが、今はどうだろうか?ヘルヴィさんと一緒に歩いている姿を見るに、案外この星に来られてよかったと感じ始めているのではないだろうか。


そんな2人を見送り、最後に艦を降りる僕。出入り口にある生体認証パネルでロックするところまでが、僕の仕事だ。

それが終わると、艦内の全記録を保存した指先大のメディアを持ち、司令部へと向かう。

航行、戦闘の記録は全てこれに記録されている。それを持ち帰ると、司令部に保存される。今回は工作船との戦闘……と言っても、僕が乗り込んでほとんど殺っちゃったというアレだけど、あの時の映像や音声記録、その後の尋問記録も含めて全て司令部に保管、分析されることになっている。


「また随分と派手にやったそうじゃないか。」


微笑みながら僕にそう話すのは、バルナパス中将だ。ここは長官室、僕はバルナパス中将に呼び出され、ここにいる。


「いえ、あれは精霊がやったことですから……」

「それはそうだろう。たった1人で敵の工作船に乗り込んで、戦闘体制にある40名もの乗員を拳銃だけで倒せる者など、普通はいないからな。」

「はい、その通りです。」

「だが、その後が良かったぞ。『バーヴァリス』艦長と名乗った上に、精霊使いは他にもいる、と言ってのけたそうじゃないか。」

「あ……いや、申し訳ありません。つい……」

「いや、謝ることじゃない。むしろ、連盟側を撹乱するには好都合だ。」


嬉しそうに語るバルナパス中将。だけどこっちは、今度は「バーヴァリス」として狙われる羽目になるんじゃないかと、かなりビビってるんですけど。


「ということは貴官は今、精霊のいない抜け殻状態なんだな。」

「はい、そういうことになります。」

「すぐにでも帰ってもらい、奥さんに呪術をかけてもらいたいところだが、貴官に大事な用件があり、急ぎ伝えなくてはならないことがある。」


抜け殻扱いした上に、その大事な用事とやらがあるというのに、僕に余計な話をしていたのか、中将閣下は。


「今回の件を、セントバリ王国側に報告したところ、2つの話がきた。」

「えっ!?王国からですか?」

「そうだ。一つは、貴官に対し一等勲章を授与すること、そしてもう一つは、貴官に『準男爵』号を授けると言うものだ。」

「は!?じゅ、準男爵!?」


なんだそれは。貴族……なのかどうかもよく分からない微妙な称号だな。いや、それよりもなぜ、そんな称号が僕に?


「あの、準男爵とは……」

「この国では一応、貴族扱いとなる最下位の称号のようだ。命の危険を顧みず前線に突入し、武勲を挙げた者に贈ることになっている称号らしい。貴官は単身で40名もの敵兵を倒した。まさに貴官にふさわしい称号だと、陛下もおっしゃってるらしいぞ。」

「あの、でも僕は……」

「精霊のおかげだと言いたいのだろうが、多くの国民は精霊のことなど知らない。貴官は、勇猛果敢な艦長と思われている。」

「はあ……」

「で、それに伴う相談がひとつあったのだが……まあ、もう相談するまでもないが。」

「なんでしょうか、相談って?」

「貴族用の名前だよ。」

「は?貴族用の、名前?」


聞けば、貴族用の名前というものをつけないといけないらしい。なんでも、セントバリ王国は本名以外に、王宮内や社交界で用いる貴族用の名前が必要だと言う。なにそのややこしい制度。僕の名前、ランドルフではダメなのか?


「例えば、私は『フランドール男爵』という貴族名がある。貴官もそういう名前を考えておけと言おうと思っていたのだが……その必要はなくなったな。」

「あの、それはどういうことで……」

「貴官、いや、貴殿は『バーヴァリス』準男爵と名乗れ。」

「は?バーヴァリス準男爵!?」

「貴官自ら敵に名乗ったのだろう?名前の響きも貴族らしくて悪くないし、ちょうどいい。それで決まりだ。」

「は、はぁ……」


元々はイリジアス王国の側近の名前だから、貴族っぽさ十分な名前だ。だが、思いつきで言い出した名前を、そんな大事な爵位に対して簡単につけてしまって本当にいいのか?

しかもその名は連盟側に知られちゃった名前。せっかく使った偽名なのに、それが称号用とはいえ僕に付けられた名前だとすれば、結局また連盟に目をつけられる羽目になる。


ありがたいのか、迷惑なのか分からない話を受けた僕は、とぼとぼと家路につく。


「ただいま。」

「お帰りなさいませ、旦那様。」

「おう、やっと帰ったか。待っとったぞ。」


マイニさんとイーリスが出迎えてくれる。


「そういえば、ヘルヴィのやつはどこに行った?」

「ああ、今はエーリク少尉という、うちの若い士官と一緒にショッピングモールへ行っているところだ。」

「なんだ、デートか。ヘルヴィめ、やるじゃないか。」


露骨にいうな、イーリスのやつ。だが、あながち間違いではない。


「ところでイーリス。ちょっと話があるんだけど。」

「なんだ、話とは。」

「いや、実は今回の戦いによる武勲で僕、この王国の準男爵になることになっちゃって……」


いきなり最下位ながら貴族の称号を貰える。さすがのイーリスも驚くだろう。


「おお!すごいではないか。ならば、世継ぎのことを真剣に考えなければならんな!第2夫人はどうする?ヘルヴィを側室に迎えるか?それとも、マイニにするか?」


……どうしてそっちの方向に行くんだ。そんなことをすれば、僕はますますカーリン中尉の餌食になるだけだ。

ていうか、イーリスよ、僕がもう1人奥さんをもらうことには抵抗ないのか?しかもそういう話を、イーリス自身が言い出すのか?


「いや、そういうのはいいから。それよりもイーリス、その……また精霊を発動させちゃったんだよ。」

「ああ、そうであったな。分かった。そこに立て。」


いつものように、イーリスは呪文を唱える。


「デア シュピリッチ……アイザ ルガゼット マヌ エラ……」


そして、口づけをするイーリス。なんか、今日はクッキー臭いな。またあの贈答品店のクッキーを食べてただろう。好きだなぁ、ああいうものが。

にしても、僕もこの呪文の意味が分かるようになった。精霊よ……我が主人を守れ、と言っている。よく聞けば、そのまんまの呪文だ。


で、ちょうどまじないが終わった時、玄関の呼び鈴が鳴る。

ああ、エーリク少尉とヘルヴィさんが帰ってきたようだ。マイニさんが玄関に向かう。


「お帰りなさいませ、ヘルヴィ様。」

「帰ったよ、マイニ!いやあ、ヘルヴィ、楽しかったよ、ショッピングモール!パフェ食べて、映画観て……」


随分とご機嫌なヘルヴィさんだが、エーリク少尉はちょっと表情が暗い。


「あの、ランドルフ艦長、実はですね……」


僕に申し訳なさそうに話すエーリク少尉。なんだ?何かあったのか?


「どうした?」

「はい、ヘルヴィさんなんですけど、ショッピングモールの中で派手に転んじゃいまして……その、頭にコブができちゃってまして……」


なんだって?ほんとか?本人は全くそんな素振りがないぞ?


「あの、ヘルヴィさん?頭にコブがあるって……」

「はっ!そうでした!ヘルヴィ、ショッピングモールで滑って転んじゃいまして、頭を思い切り打ったんです!」


大丈夫か、この娘は。そんなこと、普通忘れるか?こぶがあるなら、現在進行形で痛いだろうに……ちょっとはしゃぎ過ぎなんじゃないのか?


「おお!何をしとるんだ、ヘルヴィよ!」

「あ、イーリス様!でももう痛くないですよ。ヘルヴィ、へっちゃらです!」

「ちょっと見せてみよ。まったく、そなたは……」


ヘルヴィさんの額に触れるイーリス。確かに、小さいながらもコブができていた。

だが、ヘルヴィさんの額に触れたイーリスの顔色が変わる。


「おい……ヘルヴィ、そなた……」


爵位の話にすらほとんど動じなかったイーリスの表情が曇る。あれは、明らかに動揺している。

一体、何が起きたのか?僕はイーリスの顔色に、ただならぬものを感じた。

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