第44話 もう1人の呪術師

「おい!ヘルヴィ!この男のことは好きか!」


突然、妙なことを口走るイーリス。


「はい!好きです!イーリス様!」


ヘルヴィさんも、ためらうことなく応える。


「あ……あの、ちょっと……イーリスさんに、ヘルヴィさん!?」


そして、いきなり始まったこの意味不明な会話に動揺するエーリク少尉。だがイーリスのやつ、ヘルヴィさんにエーリク少尉のことを尋ねたというのに、当のエーリク少尉のことはそっちのけで、ヘルヴィさんの手を握る。


「ちょっと話がある!こっちに参れ!」

「は、はい!イーリス様!」


というと、イーリスはヘルヴィさんをそのまま奥の部屋へと連れて行ってしまう。


何があったんだろう……イーリスのあんな深刻な顔を見たことがない。そんなに酷いコブだったか?

そういえばイーリスのやつ、ヘルヴィさんに急にエーリク少尉のことを好きかだのと聞いていたな。で、そのままヘルヴィさんを連れ出して……何があったんだ?訳がわからん。


イーリスとヘルヴィさんは、すぐに戻ってくる。


「いいな、ヘルヴィ!言った通りにやるんだぞ!」

「は、はい、イーリス様!」


そういうとヘルヴィさん、エーリク少尉の前に立つと、エーリク少尉を見つめる。


「エーリクさん、ヘルヴィの方、見ていただけますか?」

「あ、はい、ヘルヴィさん。」


互いに向き合う2人。そして、ヘルヴィさんは何かを唱え始める。


「デア シュピリッチ……アイザ ルガゼット マヌ エラ……」


……おい、ちょっと待て。これは、イーリスがまじないの時にいつも唱えてる、あの呪文じゃないのか。

そしてヘルヴィさんは、エーリクさんの頬にそっと手を当てて、顔を引き寄せる。


そして、口づけをする。


不意に唇を奪われたエーリク少尉。彼の顔面は、一気に真っ赤に変わる。


だが、僕には分かる。あれは普通のキスではない。

あれはまさに、まじないの儀式だ。


うっとりとした顔で、エーリク少尉の顔から離れるヘルヴィさん。それを見届けた僕は、イーリスに尋ねる。


「イーリス、まさか今のは……」

「そうだ。まじないだ。」

「どういうこと!?呪術師シャーマンは、イーリスだけじゃないの!?」

「ヘルヴィの額に触れた時、分かった。こいつも呪術師シャーマンだと。」

「はぁ!?呪術師シャーマン!?ヘルヴィさんが!?」


この会話を聞いていたエーリク少尉は、何が起きたのか理解していないようだ。


「あの……さっきからその……ちょっと訳がわからないのですが……なんなのですか、シャーマンだの、まじないだのとは?」


ああ、そうか。エーリク少尉には分かるはずもない。エーリク少尉はイーリスが呪術師シャーマンであることも、精霊がいることも知らない。


「エーリク少尉。」

「は、はい!」

「……貴官は僕が、単身で敵の工作船に乗り込んで、40人もの敵兵を倒したことを知っているだろう。」

「はい、聞いております。」

「常識で考えて、あの行動は普通の人間に可能だと思うか?」

「い、いえ……ですが、艦長はそれをやり遂げられました。さすがは艦長だと思いましたが。」

「いや、あれは僕の仕業ではない。」

「……どういうことです?」

「僕は特殊部隊の訓練も受けていないし、しかも熱源探知スコープもなしに、手榴弾の発した煙の中で正確に相手を撃ち抜いた。そんな芸当、どんなに訓練した人間でもできるわけがない。僕があんな芸当ができたのには、理由がある。」

「なんでしょうか、その理由とは?」

「精霊だ。」

「精霊?なんですか、それ?」


僕はエーリク少尉に、これまで起きた事件や戦闘で、何度も精霊に助けられた話をする。ついでに、イーリスが滅んだイリジアス王国の呪術師シャーマンであり、その国王に守護の精霊を付与する役目をしていたが、国民の困窮を省みなかったその国王が精霊によって殺されてしまったことも話す。


「……つまり、精霊が『最良』だと判断すれば、その宿った主人あるじを助けもするし、殺しもする。僕は今のところ生かされているが、それが精霊にとって『最良』だと判断されているのだろう。ともかく、その精霊のおかげで、僕は今ここにいる。」

「はぁ……そうだったんですね。でもそんな話、簡単に人に話していいものなのですか?」

「いや、あまり広められると困る。軍でも、このことを知っているのは一部の人間だけだ。地球アース187の駆逐艦7767号艦と当艦の一部の乗員、司令部幕僚、そしてバルナパス中将閣下。それくらいだ。」

「ではなぜ、その話を私に!?」

「それはだな……たった今、貴官にもその精霊が宿ったからだ。」

「ええーっ!?そ、それは一体、どういうことですか!?」


いきなり精霊の宿主になってしまったことを知らされるエーリク少尉。そりゃあ驚くだろう。本人にはそんな自覚は、まったくない。


「今さっきヘルヴィさんがやったのが、精霊を宿すためのまじないの儀式だ。つまり今後、貴官はヘルヴィさんの主人あるじということになる。」

「あ……主人あるじ……ですか?」

「精霊は、一度発動するたびに呪術師シャーマンの元に帰る。その度に、ヘルヴィさんからさっきの儀式を受ける必要がある。すると再び、体内に精霊が宿る。」

「は、はあ……」

「それから、精霊は発動すると、宿主本人はまるで幽体離脱をしているように、身体から離れてしまう。その間は、宿主はなにもすることは出来ない。ただ、精霊のなすがままだ。」

「そうなのですか……てことは、まさか私も艦長のように……」

「そうだ。今後、何かをきっかけに常識外れなことをしでかす恐れがある。駆逐艦での戦闘中に精霊が発動すれば、おそらく以前の僕に起きたように、異常行動が出るだろう。その時は艦長として、その行動を追認するつもりだが、そういう場合は僕の精霊も発動しているかもしれないな……まあ、こちらも出来る限りのことをするつもりだ。バルナパス中将閣下の耳にも一応、入れておこう。我が艦の砲撃長にも、そういうことが起こりうることを予め話しておく。」

「はい……分かりました……」


とは言ったものの、本人はまだ何のことだか理解していないようだ。

話している僕自身も、信じられない。なにせエーリク少尉の精霊が発動したところを見ていない。それを目撃しない限りは、僕自身も信じられるはずもない。


いくつかの疑問が浮かぶ。そもそも呪術師シャーマンは、イーリスだけではないのか?どうしてヘルヴィさんが呪術師シャーマンなのか?


「なあ、イーリス。どうしてヘルヴィさんが呪術師シャーマンなんだ?だいたい呪術師シャーマンって、この世界でイーリスだけじゃないのか?」

「いや、そんなことはない。昔は何人もの呪術師シャーマンがいた。ただ、国家公認の呪術師シャーマン以外は廃れてしまい、どこにいるか分からなくなってしまっただけだ。おそらくヘルヴィは、イリジアス王国からリーデッジ王国に渡った、呪術師シャーマンの末裔なのだろう。」

「だ、だけど呪術師シャーマンって、成人になった自分の娘に引き継ぎの儀式をしないと、引き継がれないんじゃあ……」

「いや、呪術師シャーマン本人が亡くなり、その呪術師シャーマンに娘がいれば、勝手に精霊は乗り移る。」

「ええ~っ!?じゃあ、ヘルヴィさんも……」

「おそらく先祖代々、知らず知らずに受け継がれたのであろう。忘れられた、その呪術師シャーマンの力を。」

「ちょっと待って!ヘルヴィさんが呪術師シャーマンって、母親はどうなんだ!?」

「そうか、ランドルフは知らないのか。ヘルヴィの母親はすでに亡くなり、もはやこの世にはいないことを。」

「えっ!?そうだったの!?」


衝撃的な話ばかりが出る。が、僕は連盟兵の前で「精霊使い」は何人もいると言ってしまったが、あれはあながち嘘ではなかったことになる。

少なくともここに、2人の「精霊使い」がいる。

にしても、同じ艦に2人の精霊持ち。なんて贅沢な艦だ。負ける気がしない。

いや、その前に、本当にエーリク少尉に精霊は宿っているのか?


「イーリス、あのさ。」

「なんだ。」

「本当にエーリク少尉に精霊、いるんだよな?」

「いる、間違いない。」


自信満々に言うイーリスだが、そんなイーリスでもついさっきまでは、ヘルヴィさんが呪術師シャーマンだとは気づかなかった。なのにどうして、そんなに自信があるのか?


「と言うことだ、ヘルヴィよ!そなた、この男、エーリクと共に暮らせ!」

「えっ!?」「えっ!?」


ヘルヴィさんとエーリク少尉が、イーリスのこの言葉に驚く。そりゃあそうだろう。出会ってまだ3日のこの2人に、いきなり同棲しろと迫るイーリスもイーリスである。


「あ、あの、イーリスさん。私とヘルヴィさんは、出会ってまだ3日ほどなんですが……」

「それがどうした?」

「いや、ですから、出会ってすぐに一緒に暮らすなんて、さすがにどうかなぁと思いまして……」

「私とランドルフは、出会ったその日から一緒に暮らしているぞ。問題ない。」


そうなんだよな。思えば僕とイーリスは出会って30分で夫婦になり、その2時間後には一緒のベッドで寝ていた。出会いの短さと言うなら、こっちの方が遥かに上だ。


「エーリク少尉。」

「はっ!艦長!」

「一緒に暮らす前に、事務所で入籍手続きを済ませておけ。」

「は?」

「今はこの家の『使用人』ってことにしてあるが、住む場所を変える場合は、使用人にするか、夫婦になるかのいずれかが必要だ。」

「あの……なら、使用人じゃあダメなんですか?」

「貴官はヘルヴィさんから精霊を受け取ってしまったからな……こうなった以上、もう2人は運命を共にするしかないだろう。さもなくば、貴官はヘルヴィさんの精霊に見限られて、死ぬことになるかもしれないぞ。」

「ええーっ!?そ、そんな大変なことになってるんですか、私は!?」


実は結婚は必須ではないのだが、ヘルヴィさんの主人あるじとなってしまった以上、もはやその運命からは避けて通れないだろう。少なくとも、生きている間は。


こういう経緯だが、結局、エーリク少尉がヘルヴィさんを連れて帰ることになった。

一応、ヘルヴィさんの今までの経緯も話しておいた。リーデッジ王国の国王の側室だったことや、宮殿を追い出された経緯、そして、リーデッジ王国そのものも追い出されたこと。


「……そしてあの通り、無防備なところがある。妙な事に巻き込まれぬよう、注意せよ。」

「は、はい、気をつけます。」


まるでペットでも譲渡するかのように、経緯や注意事項を引き継ぐ。にしても、今のヘルヴィさんからは想像もつかないほど、波乱万丈な人生に驚くエーリク少尉。


「ランドルフ様、イーリス様、お世話になりました!」


小さなカバンを抱え、明るく手を振って去っていくヘルヴィさん。出会った時は最悪の表情、最悪の状況だったが、今は笑顔が似合う娘になった。一方で、複雑な表情のエーリク少尉。


笑顔でこの家を去っていったヘルヴィさん。

今にして思えば、ヘルヴィさんにとって「最良」の結果だと言える。これは、ヘルヴィさん自身の精霊のおかげか、それともイーリスの方の精霊の導きか?

というわけで、めでたしめでたしと言いたいところだが、僕には一つ、頭の痛いことが残っていた。


それは、勲章と爵位の授与式に出席することだ。

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