第45話 授与式

「イーリス!この服装、おかしくないよね!?ね!?」

「まったく……ランドルフよ、うろたえるでない!そなたは精霊を宿した王国、いや、地球アース853で最強の男であるぞ!もっと、しゃきっとせい!」


と、うろたえる僕は、イーリスにケツを叩かれながら授与式に向かう。

軍礼服を着ているが、今日の相手は軍関係ではない。場所はセントバリ王国の王宮、貴族達が整列する中で、僕は勲章と爵位を授与することになっている。

こういう式典というものは、小学生の時に奇跡的に読書感想文で優秀賞を取り、全校集会で表彰されてしまった時以来だ。あの時は本当に緊張した。少佐に昇進した時にも式典はあったが、周りは知った顔ばかりだし、こじんまりとした司令部の会議場内での式典だったから、たいして緊張はしなかった。だから僕にとっては、小学生のあの時以来の緊張状態である。

だがその時と比べると、生徒達が王国貴族に、校長先生が陛下に、賞状と記念品が爵位と勲章になったわけだ。式典の重みが、桁違いに重い。


貴族街の手前で、僕とイーリスは車を降りて、迎えの馬車に乗り換える。

王宮というところは、未だに車での乗り入れは認められていない。伝統的な雰囲気を崩したくないようで、馬車での乗り入れが必須だという。

面倒だなぁ……別にいいじゃないか、車で。でも、それを貴族や王族達に進言する勇気は、僕にはない。


揺られる馬車の中で落ち着かない僕。一方のイーリスは、落ち着いたものだ。

淡い緑色のドレスに身を包み、静かに座っているイーリス。元奴隷とはいえ、元公爵令嬢でもある。いや、そもそもイーリスは動じることがほとんどない。肝が座っているというか、何というか。やはり呪術師シャーマンだからだろうか?

僕はといえば、徐々に見えてくる王宮を見て、緊張で倒れそうになる。大丈夫だろうか、式典終了まで、僕の精神は耐えられるのか?

それにしても、この馬車という乗り物は遅い。さっさと王宮に着いてくれないだろうか?じっと座ってる方が、焦らされているようでかえって気が滅入る。


ようやく馬車は王宮にたどり着く。馬車の扉が開き、僕とイーリスは降りる。

衛兵らが整列し、僕らを出迎える。その間を僕は敬礼しつつ通り抜ける。

ここまでは、我々の儀礼が使える。が、一歩でも王宮の建物に入ると、今度はここのしきたりに従わなくてはならない。

王宮と言っても、建物は一つではない。王都のど真ん中の小高い丘の上の広い敷地に、いくつもの建物が並んでいる。

最も大きいものは、奥にある「寝宮」と呼ばれる建物。名前の通り、国王陛下とその家族が生活する場所である。

で、今向かっているのは、この王宮の数ある建物の一つで「パレ・ティエンヌ宮殿」と呼ばれる宮殿。式典や社交界といった公式行事に使われる宮殿である。

そのパレ・ティエンヌ宮殿の大きな扉が開き、我々は中に入る。


ここから先は、我々の世界ではない。

ここは伝統的なセントバリ王国のしきたりが支配する、まさに中世そのものの世界だ。

だからこの先では、すべての作法をセントバリ王国伝統のものに切り替える必要がある。


出入り口付近で、男爵らしき人物が僕らを出迎える。僕はその男爵に右手を胸に当てて、会釈をする。イーリスはといえば、ドレスのスカートの裾を持ち上げて腰を下げ、頭を下げる。

これが、セントバリ王国貴族流の、貴族同士の礼儀作法だ。

イーリスのやつはその動作を自然にやってのける。そりゃそうだ。元貴族だからな。慣れたものだ。

一方の僕は、なんだかぎこちない。これでも家で練習したんだけどな。

その男爵に率いられて、赤い絨毯の上を歩く。そして、その奥にある大きな扉が開かれる。


うわぁ……なんだここは……き、貴族で、いっぱいだ……


まさにそこは、中世貴族がずらりと並んだ広間だった。きらびやかな礼服に身を包んだ百数十もの貴族達が、中央の赤い絨毯を挟んで並んでいる。


「バーヴァリス準男爵、ランドルフ様!ご入場!」


入り口に立つ衛兵が叫ぶ。僕とイーリスは、その間を歩く。

皆、こっちを見ている。もはや、小学校の集会などと比較している場合ではない。僕にとってはまさに異次元ともいうべき世界、背中に、変な汗が流れているのが分かる。

が、表情一つ変えずに歩く。すぐ後ろをついてくるイーリス。ここではまだ、男尊女卑がまかり通っている世界。女性は後ろに控えめについていくのが礼儀だ。

そして、僕は壇の前にたどり着く。そこで右手を胸に当てつつ、左足をひざまずき頭を下げる。


壇上には国王陛下がおり、その右脇には側近であるヴィルアルドゥアン公爵がいらっしゃる。

そのヴィルアルドゥアン公爵に耳打ちされる陛下。そして左脇に立つ別の貴族が、巻かれた羊皮紙と勲章を公爵閣下に手渡す。

うーん、ますます中世だなぁ、ここは。強いて言えば、この会場を照らしているのが電灯であることが、唯一現代らしいところだ。


そして、壇上からヴィルアルドゥアン公爵が壇から降りて、僕の前に立つ。

そして、手に持った羊皮紙を広げる。


「バーヴァリス準男爵、ランドルフ!」

「はっ!」

「貴殿の戦場での活躍ぶりを称え、陛下より準男爵号、およびティエンヌ第一等勲章を授与する!」

「はっ!謹んで、お受けいたします!」


僕はゆっくりと立ち上がる。立ち上がった僕の胸に、勲章をつける公爵閣下。


「これより先は、そなたは誇りある王国貴族の一人であるぞ。王国貴族の誇りを胸に、精進致せ。」

「はっ!ありがたきお言葉、感謝いたします!」


僕は、再び丸められた準男爵号授与の証である、その羊皮紙を受け取る。

おっと、ここで思わずいつもの敬礼するところだった。羊皮紙を受け取った僕はぎこちなく右手を胸に当てて、深々と頭をさげる。

その瞬間、大きな拍手が起きる。たったこれだけのやりとりだが、なんとかこのイベントを乗り切った。

イーリスは終始、すぐ後ろでひざまずいたまま待機していた。僕はその場で振り返り、イーリスを伴って赤い絨毯の上を歩く。

そして、並び立つ貴族達の末席に立つ。イーリスはその後ろに控える。


「此度の勝利は、まさに国王陛下のご威光の賜物である!我ら王国貴族は……」


ヴィルアルドゥアン公爵が、陛下を讃える言葉を述べられる。うーん、残念ながら今回のあの戦いの勝利は、僕の後ろに立つイーリスのおかげなんだけどなぁ。でもまさかここで「精霊のおかげ」などと言うわけにはいかない。なにごとも、陛下の御威光のおかげ。ここはそういう国だ。


で、式典が終わり、僕とイーリスは宮殿を出ようとする。そこに、一人の貴族から声をかけられる。


「そなたが、あの40人を倒したと言うバーヴァリス準男爵か。」

「はい、左様です、閣下。」


といっても、相手が誰なのかわからない。ここにいる王国貴族は100名以上。たった今、その末席に加わったばかりの僕に、分かるわけがない。

成り上がりの新参者貴族をなじる貴族が現れるというのが、よくある歴史ドラマでの展開だ。僕は思わず身構える。


「私はルテル男爵、ヴァレールと申す。いやあ、勇猛果敢な活躍をされた貴殿に出会えるとは、嬉しい限りだ。」

「はっ!お褒めに預かり、光栄であります!」


……なんだ、意外とフレンドリーだな。てっきりなにか嫌味の一つでも言われるものかと思った。


「我が祖先も、昔は武勇で名を馳せたものだが、いまは時代が変わった。地上から争いがなくなり、戦いの場は宇宙に移ってしまった。我が次男も先日、軍に加わったばかりだ。そやつもかように活躍できると良いのであるがな。」


随分と親しく話しかけるお方だ。ルテル男爵ヴァーレル様、今後のために覚えておこう。

にしてもややこしいな、ここの貴族は。どうして名前が2つもあるんだ?ルテル男爵にしても、「ルテル」という呼び名が姓というわけではない。

聞けば、ルテル男爵のフルネームは「ヴァーレル・バイヤール」というそうだ。「ルテル」という呼び名はあくまでも男爵号の前に着く名前。

僕のフルネームは「ランドルフ・アスペルマイヤー」という名前であり、決して「バーヴァリス」が名字というわけではない。だが、貴族からは「バーヴァリス準男爵」と呼ばれることになっている。なお、イーリスの場合は「イーリス・ユングリアス」で、イリジアス王国での身分はユングリアス公爵家の令嬢。姓がそのまま貴族名になっており、こっちの方がわかりやすい。ちなみに今のイーリスは僕と結婚して「イーリス・アスペルマイヤー」となっている。


おかげで、一人の貴族の名前を覚えるのに、名前と姓と貴族名を覚えないといけない。なんてややこしい風習なんだろうか?バルナパス中将も、このややこしさに嘆いておられた。その気持ちはよく分かる。

で、しばらくルテル男爵と雑談をしたのちに、ようやく僕らは帰路につく。


ああ、やっとあの緊張から解放された。胸には大きな勲章が、そして手には準男爵号の証である羊皮紙を握っている。

貴族街を出たところで、車に乗り換える。王宮から車の乗り場までが20分、そこから自宅までが3分。もう、さっさと車に変えてしまえばいいのに。今ごろはもう、家に着いているだろう。


自宅に帰ると、家の前には2人の人物が立っていた。

それが、エーリク少尉とヘルヴィさんだということは、すぐに分かった。だが、わざわざ自宅の前で待っているのだろうか?


「あ!少佐殿!」


車を降りるや否や、エーリク少尉が僕に声をかける。


「どうした、少尉。」

「はっ!少佐殿に急ぎ、伝えねばならないことがありまして……」


2人とも私服だ。そりゃそうだ、今はあの戦闘後に与えられた、3日間の特別休暇中だ。だが、休み中に僕に用事とは一体、なんだろうか?


「艦長、ついに起こったんですよ!私にも、あの異常現象が!」


それは、突然のことだった。エーリク少尉のあれが、発動したという話が飛び込んできた。

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