第47話 前哨戦

突如、休暇が1日繰り上げられ、緊急召集がかかる。僕は大急ぎで司令部へと向かう。

どうやら連合と連盟とがブラックホール宙域で交戦し、連合側が大変なことになったらしい。とにかく、司令部へ急行せよとの連絡が、全兵士に出た。

が、着くや否や、今度は駆逐艦へ乗艦せよとの命令。珍しく司令部が混乱しているな。慌てて僕は、駆逐艦0256号艦へと向かう。


『……2日前のこと、連盟軍1万隻が突如押し寄せ、我ら連合軍側が敗走するという事態が起きた。それ以来、ブラックホール宙域の我々の支配領域に、連盟軍が食い込んだ状態が続いている。本作戦において、我々は居座る連盟軍を撃退し排除する。なお、2日前の戦闘では……』


上昇中の艦内で、司令部から詳細を知らされる。司令部より明かされる、ブラックホール宙域で起きたこととは次の通りだ。

2日前に、地球アース187の艦艇1千隻が、ブラックホール宙域の連合側支配域をパトロールしていた。

が、突如、背後から敵艦隊1万隻が現れる。距離は、わずか20万キロ。

背後からの射程内での不意打ち、味方は総崩れとなり30パーセント以上の損害を受けつつ敗走した。これはもう、潰走状態というべき損害率である。

以前、バルナパス閣下が連盟側にとった作戦と同じような戦術を、今回は連合側が受けてしまった。

このため、連合支配域のど真ん中にまるでくさびを打ち込んだように、連盟の支配領域ができてしまった。

このくさびを取り除くというのが、今回の作戦である。


もっとも、地球アース853が発見されるまでは、このブラックホール宙域の大部分は連盟の支配域だった。我々連合は、地球アース853を橋頭堡として支配域を広げた結果、我々の領域となった場所だ。

連盟側としてはこの3年あまりのうちにこの宙域の支配圏を削られてしまい、かなり痛手を被っている。民間船の航行が制限され、これまで以上に交易に不都合が生じていると聞く。

本来、連合側はあまり支配域を広げるようなことはしないのだが、ここが同盟星である地球アース853に近すぎることから、支配領域を広げることになった。


このため、これまでにこの宙域で6度の大規模な艦隊戦が行われた。小、中規模まで合わせると数えきれないほどの戦いが、ここで行われている。

そして、7度目となる一個艦隊同士の戦闘が、まさに始まろうとしていた。


『……そこで本作戦は、地球アース187、853の合同作戦とする。両軍合わせて艦艇11500隻。なお、地球アース853防衛艦隊は本作戦において、地球アース187の指揮下に入るものとする。以上だ。』


地球アース187艦隊司令部からの発表を艦内放送で流したのち、僕は続けて艦内放送で呼びかける。


「……ということだ。当艦は直ちにブラックホール宙域へ向かう。大気圏離脱後、L3ラグランジュ点へと向かい、そこで地球アース853防衛艦隊2500隻が集結、小惑星帯アステロイドベルトにて地球アース187艦隊と合流しつつ、ブラックホール宙域へと向かう。以上だ。」


ところで、手元にある命令書にはここまでしか書かれていない。この先のことは、ブラックホール宙域に到着し次第、展開されるとのことだ。つまり、早い話が、まだ何も決まっていないということのようだ。

こんなことで、本当に勝てるのか?


「はぁ~っ……」

「なに辛気臭いため息ついてんのよ!艦長でしょう!上に立つものがそんなだらしない姿を晒したら、部下が不安になるばかりよ!もっとシャキッとしなさい!」

「んなこといってもさ、向こうに着いたら何をするのか分からないんだよ?不安にならない方がおかしいでしょう。」

「ああもう、イライラするわ!ほんっっとにこいつの中に、あの40人をぶっ殺したという精霊はいるのかしら!?なんだって本体の方は、こんなに軟弱なのよ!」


カーリン中尉はそういうが、今回の相手は40人どころではない。少なくとも1万隻、100万人以上が相手だ。さすがの精霊も、これだけの敵相手には到底敵うまい。

かといって、何もしないでは敵は図に乗って支配領域を広げ、この地球アース853の防衛も危うくなる。我々としては、戦わざるを得ない。

だけど、できれば戦闘はしたくないんだよなぁ……一個艦隊同士の艦隊戦なんて、通常は一生に1、2度経験するのがせいぜいだと言われているのに、ここは少し戦闘密度が高すぎだ。


大気圏を離脱し、L3ポイントに到着した当艦。そこに、続々と駆逐艦が到着する。

味方が集結する間に、7度目の大規模戦闘に備えて艦内ではあらゆる機器の点検が行われていた。いざ戦闘という時に、使い物にならないでは困る。


「じゃあ、次は長距離レーダーの点検に行くわよ!あ、エルマー少尉!あなたは核融合炉の方に行ってちょうだい!あそこも、停船中の今しか点検できないわ!故障しそうな部品があったら、すぐに交換して!」

「了解しました、カーリン主計長殿!」


主計科というところは案外忙しい。他の科は、その名前に応じて明確にすることが決まっている。航海科は艦の操船だし、砲撃科は砲撃、機関科は機関の操作だ。ところが主計科は雑務全般。故障対応に、被弾時のダメージコントロール、食堂や洗濯、風呂の管理まで主計科だ。

艦長以下、艦内のすべての部署が安心して自らの任務を全うできるのは、まさにこの縁の下の力持ちというべき主計科があるからと言えるかもしれない。だが、表立った戦果や功績があげられない後方支援のため、いまひとつ評価が低くされがちなのが難点だ。


艦内を見回り、再び艦橋に戻る。すると、司令部より暗号電文が届いていた。


「艦長、司令部より緊急通信。『全艦、集結を待たず、直ちに発進せよ』、以上です。」

「なんだって!?まだ半分も集結していないんだぞ!?」

「よほど急ぎなのでしょう。小惑星帯アステロイドベルトの友軍も、すでにブラックホール宙域に向けて発進したようです。」


通信士の言う通りだろう。よほど急いでいるんだな。こっちはまだ、各部点検をしているというのに……だが、命令とあれば仕方がない。


「現在集結した約1千隻のみで出発する!総員、発進準備!」


艦内放送で緊急発進を知らせる。ブザーが鳴り響き、艦橋内は慌ただしくなる。そして各部署より、発進体制が整ったことを知らせる連絡が届く。


「各員、発進準備、整いました!」

「よし、では駆逐艦0256号艦、発進せよ!」

「機関出力上昇!両舷前進いっぱーい!」


他の艦はすでに動き始めている。その他の艦の後ろを追従する我が艦。


『ちょっと!まだ点検中なのよ!何いきなり動かしてんのよ!』

「主計長!文句は、艦隊司令部に言ってくれ!こっちは命令通りに動いているだけだ!」


なんだってここで艦長と主計長がタメ口で喧嘩してるんだ、まったく。そんなカーリン中尉からの苦情をかわし、僕は艦を前進させる。カーリン中尉の気持ちはよく分かるが、こっちだって命令には逆らえない。

ともかく、一刻を争う状況のようだ。艦隊集結を待たずに動けという命令は、未だかつて経験がない。

そして、それから10時間後、味方の1千隻と共にブラックホール宙域に到着する。


愕然とした。


なんと、敵の艦隊1万隻が、すでに100万キロのところまで迫っていた。

対する味方は、我々が合流してようやく1万隻に達しようとしていた。

数的には同等。だが我々、地球アース853一千隻はど素人艦隊。とても同等戦力とは言い難い。

もっとも、ついさっきまでは数でも劣る状況だった。あと1時間もしないうちに会敵というこの情勢下、大急ぎで艦艇を呼び集めた理由をようやく理解した。


「総員、砲撃戦用意!砲撃管制室、持ち場につけ!」


戦闘態勢を整えつつ、先行していた地球アース187艦隊に追いつき、戦列に加わる。

こうして、双方1万隻が揃った。一個艦隊同士の大規模会戦が今、まさに始まろうとしている。


『全艦、砲撃戦用意!』


司令部から暗号なしの音声通信での号令が飛んでくる。もはや、暗号など必要ない。敵は目の前だ。距離、31万キロ。

にしても、今までで最も敵の侵入を許してしまった。ここを突破されたら、もう地球アース853は目前だ。

しかし、どうして急に敵はこんなところまで侵入できたのだろうか?

地球アース853を発見して以来、これほどの数の敵艦隊をここまで侵入させたのは初めてだ。むしろこれまでは我々の方が押していた。ここにきて急に敵に押され気味だ。


いや、そんなことを考えている余裕はない。もう敵は目前、まもなく射程内だ。

直後、レーダー手が叫ぶ。


「敵艦隊、射程内に入りました!」

「砲撃管制室!砲撃開始、撃ちーかた始め!」

『主砲装填、撃ちーかた始め!』


キィーンという、いつもの装填音が鳴り響く。その数秒後に、落雷のような音を立てて青白いビームが発射される。

全長300メートル超の駆逐艦の全身を使って撃ち出される高エネルギービーム。

真っ暗な宇宙空間を真っ直ぐ進み、見えない敵艦に向けて撃ち出されていく。

そして、同じものが漆黒の闇の向こう側からも飛んでくる。


いつも通りの艦隊戦が、ここに始まる。


戦端が開かれるともう、数の優劣など関係ない。この宙域にいる全ての艦艇が、死力を尽くして撃ち合う。この先は練度、才能、そして運が、生死を分ける。

戦闘が始まって20分ほどで、ようやく遅れていた1500隻が到着する。連合側11500隻、対する連盟艦隊は1万。我々は、わずかに数が多い。

が、この程度では、優劣をつけられるほどの差にはならない。戦線は膠着する。


「直撃、来ます!」

「砲撃中止!バリア展開!」


僕が叫んだ直後、バリアがビームを弾き返す際の、ギギギギッという不快音が艦橋内に響く。


「ひぃ~っ!」


この音に慣れていないセラフィーナさんは、その場でしゃがみこみ、手に持っていたタブレットを落とす。僕は慣れてるとはいえ、あまり気持ちのいい音ではない。


それにしても、今回は精霊が発動しないな。まだ大丈夫なのようだが、あの音を聞くたびに不安になる。

もっとも、戦闘のたびに精霊が発動するわけではない。過去でも、本当に危ない時だけ発動している。

それに、この艦にはエーリク少尉もいる。どちらかといえば、僕よりも彼の方が発動する可能性は高いだろう。

だが、今のところエーリク少尉の精霊も発動する気配はない。発動すれば、僕の時のように「異常行動」を起こすはずだ。


砲撃戦は続く。すでに開戦から、2時間が経過した。

各員、疲労が見え始めているが、敵はなかなか撤退しない。もちろん我々も、撤退などしない。

このまま膠着した状態が続くかと思われた。が、ここで味方に動きがある。

バルナパス少将が動いた。地球アース853艦隊2500隻の内、1000隻を敵の側面に移動させようというのだ。

数の上ではわずかに多い我が艦隊、その数の優位さを活かし、敵の弱点を突いて撤退に追い込もうというのだ。


『これより我ら別働隊は、敵の側面攻撃を行うため発進する。一旦後退し、2万キロ後退した地点で集結、しかるのちに転進し、敵の左側面に突入する。』


バルナパス中将直々の音声が届く。僕の駆逐艦も、この別働隊に加わることになった。砲撃しつつ後退を開始する。


射程の外に離れ、砲撃を中断する。そこで1千隻は集結、大きく右回りに回り込み、敵の左側面に向けて進撃を開始する。

敵はこちらの動きに気づいた。だが、同数の連合軍が正面にいるため、我々に対処できない。

このままでは不利な敵は、我々が側面に取り付く前に後退を開始した。


「逃すか!敵の側面を攻撃する!全速前進!」

「機関出力上昇!第二ふた戦速!」


逃げる敵に一矢報いるべく、急行する1千隻の艦隊。

だが、敵の側面に取り付く前に、敵が目の前から消える。

敵が消えた理由は、明らかにワープだ。

我々は砲撃を中止、準戦闘態勢に移行する。

だが、敵はどこに消えた?少なくとも、この周辺宙域には見当たらない。

が、哨戒艦からの情報が入る。


「司令部より入電!敵艦隊1万、ブラックホール宙域の連盟側勢力下に出現!さきほどの連盟艦隊と思われるとのこと!以上です!」

「なんだと!?じゃあ、この宙域と敵の支配域のど真ん中とが、ワームホール帯でつながっているというのか!?」

「どうやら、そのようです!」


なんてことだ、連盟の連中め、我々、地球アース853につながるワームホール帯の前に、すぐに来ることができるワープポイントを見つけたようだ。どおりで敵は我々の支配域深く入り込んできたわけだ。


さらに悪い知らせがもたらされる。


「敵艦隊、同宙域にてさらに集結中!」

「なんだと!?数は!」

「現在、確認中とのことですが……少なくとも、2万は超えている模様!」

「なんだって……複数個の敵の艦隊が集結しているというのか!?こっちはせいぜい、11500隻だぞ!?」

「連合司令部より暗号電文!味方艦艇もこの宙域に向けて、多数進軍中!合流し、連盟艦隊を撃つとのことです!」


敵だけではない、味方も集結しつつあるとのことだ。だが、これは……

思えば、さっきまでの1万隻同士の艦隊戦は、単なる前哨戦だった。現在、敵味方ともに、なし崩し的に集結しつつある。

この宙域で、数万隻単位の大規模艦隊戦が、まさに起ころうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る