第37話 追撃

敵の船は見つかった。そこに、陸戦隊や哨戒機隊がすでに向かっている。で、相手は民間船。


どう考えても、チェックメイトだ。


と思っていたが、思わぬ報告がもたらされた。


「大変です!敵の民間船が、宇宙港を攻撃し、逃走しました!」

「なんだと!?」

「民間船を装った偽装工作艦だったようです!突然中型のビーム砲を発砲し、陸戦隊は半数が壊滅、残りも負傷者多数!」

「哨戒機隊はどうした!」

「敵艦はすでに離陸し、高度4万メートルに達してます!もはや哨戒機では、追撃不能!」

「なんてことだ……敵の侵入を許した上に、逃げられるとは……」


窓の外を見る。いつの間にか宇宙港の一部に火がついている。その混乱に乗じて、敵の船は逃げたようだ。


「直ちに駆逐艦発進!衛星軌道上の味方艦隊にも連絡!敵の偽装艦の逃亡を阻止せよ!」

「はっ!」

「警報発令!非常事態宣言!司令部内の駆逐艦隊も発艦!敵を追撃する!」


とうとう駆逐艦隊まで繰り出すことになった。

……って、あれ?ということは……


「あの、閣下。ということは、僕……いや、小官も出撃でありますか?」

「ああ……そうだったな。そういえば貴官も出撃せねば、駆逐艦が足りないな……止むを得ない。直ちに発進せよ!」

「はっ!」


僕は急いで佐官室に向かう。そこに、僕の着替えがある。

イーリスもついてきた。そうだ。イーリスのことを誰かに託さないと。


「おい!ランドルフ!私も行くぞ!」

「いや、だめだ!イーリスは残れ!」

「何をいうか!ここにはまだ、内通者がいると言っていたではないか!ここにいる方が、危ないぞ!」


僕の手を握りながら訴えるイーリス。ああ、そうだった。よく考えたら今、司令部は混乱状態だ。この混乱に乗じて、内通者がイーリスを連れ出すか、殺してしまうかもしれない。

となれば、イーリスを駆逐艦0256号艦に乗せた方が安全だ。バルナパス少将には後で伝えておこう。


僕とイーリスは、宇宙港に向かって走る。宇宙港の民間船ドックでは、黒煙が上がっているのが見える。くそっ、連盟軍め!なんて事してくれたんだ!

僕とイーリスは0256号艦にたどり着く。直ちに乗り込み、扉を閉める。


「80名の乗員全員の乗艦は完了してます!発進準備、整いました!」


副長の役割も果たすエックハルト大尉が、僕に向かって叫ぶ。艦橋内の一同は皆、持ち場についていた。


「これより緊急発進する!機関始動!100メートル上昇後、機関最大出力!直ちに敵の偽装艦を追撃する!」

「はっ!機関始動!繋留ロック、解除!両舷微速上昇!」


ドックから切り離されて、浮き始める0256号艦。100メートルほど上昇したところですぐに、機関をフル回転させる。

急上昇する駆逐艦0256号艦。あっという間に、大気圏を離脱する。青い星をバックに、衛星軌道を抜けて敵を追撃する。

同様に、10隻の艦が追尾する。だが、レーダー担当がとんでもないことを告げる。


「レーダーに感!前方に艦影多数!数、およそ30!」

「光学観測!艦色識別、赤褐色!連盟艦隊です!」


なんだと!?こちらの3倍の敵艦だって!?いつのまに、そんなにたくさんの敵の艦艇が入り込まれているんだ。

だが、ここは連合の星だ。すぐに周囲から味方の艦艇が現れる。全力で追いかけつつ味方艦艇と合流し、約100隻となった艦隊で敵艦隊と対峙する。

もちろん、敵は逃げる。敵の目的は、とにかく逃げ延びることだ。ここは連合の同盟星、連盟軍にとって、周りは敵だらけだ。振り返って戦闘などしていたら、あっという間に取り囲まれてしまう。


全力で逃げる敵。それを、全力で追う我々。


しかし、連合と連盟には一つ、大きな差がある。それは、連合側には改良型重力子エンジンと呼ばれる機関が備わっていることだ。つまり、我々の艦の機関の方が性能がいい。30分限定だが、従来の3倍まで高出力に上げることができる。我々は機関の出力を上げ、最大戦速で追いかける。その性能差のおかげで、じりじりと距離を縮める。


短距離レーダーを作動する。40万キロ離れた場所にいる30隻の敵艦隊の一つ一つが、鮮明に映し出される。

一隻だけ、小さな点がある。あれが陸戦隊もろとも宇宙港を攻撃し、逃亡した工作艦のようだ。


「もうすぐ追いつくぞ!砲撃戦、用意!」

『砲撃管制室より艦橋!砲撃戦、用意完了!』


敵の背後を撃つのは不本意だが、仕方がない。特にあの工作船だけは、絶対に逃してはいけない気がする。

イーリスは、僕に横でじーっと座って、敵の艦隊が映るレーダー画面を凝視している。一つ間違えていれば、彼女はあそこに乗っていたかもしれない。そんな船を見て、何を思うか?

全力運転の結果、もう間もなく敵は射程内に入る。互いに全力運転だが、こちらの重力子エンジンは改良型。逃げ切れるわけがない。

そしてついに、敵艦艦隊を射程内に捉えた。


「敵艦隊、射程内に入りました!」

「よし!砲撃開始!撃ちーかた始め!」

『主砲、砲撃開始!撃ちーかた始め!』


砲撃長の復唱と共に、キーンという甲高い充填音が数秒鳴り響いく。その後、100隻からほぼ同時に、ビーム砲が発射される。

敵は後ろ向きだ。後部を撃たれ、次々と撃破されていく。残念ながら、後方を防御する術は敵にも味方にもない。

我々の艦も、毎日シミュレーターで訓練を繰り返している。その成果もあって、以前よりは練度が上がっている。初弾は外したものの、2発目を命中させる。

しかし、あまりにもあっさりと沈むものだ。もしや、あれは囮で、敵の別働隊が控えているのではないかと考えてしまうほど、上手くいき過ぎる。

いや、その時は僕の精霊が発動するはずだ。だが、僕の身体はいつも通り。精霊が発動する気配すらない。つまり、敵はこれ以上の策を持たないということに他ならない。ただ、やられるばかりだ。


さすがに敵も、こういう撤退劇は想定していなかったのだろう。予定なら人質を乗せているところだったから、追われていても攻撃されない筈だった。だが今の敵への攻撃を、躊躇する理由は何もない。


そして、砲撃開始からものの5分で、敵艦隊は全滅した。


だが、王都の宇宙港の一部が破壊された。陸戦隊のみならず、一般人も大勢、亡くなったそうだ。また、司令部内に連盟の影が入り込んだという事実も発覚した。なんとも後味の悪い事件だ。


「終わったか……」


横に座るイーリスがつぶやく。僕は応える。


「ああ、終わった……」


と応えたものの、実はまだ終わっていないことがある。

それは、もう1人の内通者だ。ヴォルフ中佐をそそのかし、連盟側に重要情報が漏れるきっかけとなった人物。その人物がまだ、捕まっていない。

敵艦隊を殲滅し、帰路についた時、司令部より電文が入る。

それによると、もう1人の内通者の名前が分かったという。

オレール二等兵曹という、セントバリ王国出身の人物で、5か月前に司令部付きの主計科に配属されたばかりの人物だった。

どうして分かったかといえば、この騒ぎの最中に急にいなくなったためで、不審に思って身元を調べていたら、経歴を詐称していることが判明した。

おそらく、連盟からやってきて、司令部に紛れ込んだ人物なのだと考えられている。今、その人物を追跡しているところだ。

そんな人物が野放しの状態で帰りたくないなぁ……と思っていたら、駆逐艦0256号艦が王都に着く頃には捕まっていた。王都を脱出しようとしていたようで、そこを警察が本気を出して追いかけたらしい。

で、今はヴォルフ中佐共々、司令部内の留置場で尋問を受けているとのことだった。

尋問が終われば、この2人は極刑を受けることは確定済みだ。


気がつけば、この事件に関わった連盟側の人物のうち、無事に生き残ったのは最初に捕まったパイロットだけとなった。

翌日に、そのパイロットの処遇を聞いて、僕は驚く。


「ええ~っ!?閣下!あのパイロットを、捕虜返還で連盟側に返しちゃうんですか!?」

「そうだ。投降してきたあのパイロットは条約上、捕虜ということになる。それが妥当な処遇だ。」

「ちょ、ちょっと待って下さい!王都の宇宙港が破壊される事態にまでなった事件ですよ!なのに、無事帰還させるだなんて……」

「この事件の主犯は、あくまでもヴォルフ中佐だ。その他のこの件に加わった連盟軍人は皆死んだ。そしてあのパイロットの証言は、この事件の全貌を明らかにするのに少なからず貢献した。いくら不愉快でも、法に則った扱いをせねばならない。それにだ。もう一つ、狙いがある。」

「な、何でしょうか、狙いとは?」


バルナパス少将は、僕の顔を見て一息ついたのちに、こう言った。


「貴官と、イーリス殿のためだよ。」

「は?僕とイーリスのため……?」


バルナパス少将のこの意外な言葉に、僕は驚きを通り越して、唖然とする。バルナパス少将は続ける。


「そうだ。あのパイロットに、『今回の銃撃戦の際に、ランドルフ少佐とイーリス殿は流れ弾で死んだ』と伝えておいた。その情報を持って、彼は連盟側に帰還する。つまり、彼が帰れば連盟側では君らは『死んだ』ことになる。」


ああ、狙いって、そういうことですか。確かにこのままでは、また連盟の工作員が入りこんでしまいかねない。


「どれくらいの間、騙せるかは分からないが、少なくともしばらくは大丈夫だろう。そういうことだ。だが、あの捕虜が帰還するまでの間は、念のため、貴官とイーリス殿はどこかに身を潜めた方がいい。」


うう……てことはもしかして、しばらくこの司令部で暮らせってこと?

精霊なんぞを宿らせてしまったおかげで、不穏な人生を歩む羽目になってしまった。ああ、なんということだ。これが、僕にとって「最良」な人生だというのか?


どう考えても、この先が思いやられる。

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