第30話 混成艦隊

あの奇襲成功から、3か月ほどが経っていた。

あの戦いは確かに地球アース853の艦隊の大勝利だったが、一方で、まさに紙一重の勝利だった。

いつも奇襲がうまくいくとは限らない。大抵の場合は、接近する前に気づかれる。一言で言えば、あの戦いは運が良かった。だが、戦場ではいつでも、運を頼みにするわけにはいかない。


そんな反省から、我が地球アース853防衛艦隊は、地球アース187艦隊との混成で行動することになった。この星は激戦区であるブラックホール宙域のすぐそばに位置する星。いわば、最前線に近い星だ。

それゆえに、遭遇戦が多い。実際、僕がこの星に来てから3年あまり経つが、その間に数百隻単位の小競り合いがすでに30回以上、一個艦隊同士の戦いが6度起きている。

僕自身もこの3年のうちに、何度も戦いを経験している。生涯でこれほどの戦闘を経験することは、他の星系ではありえない。この星ならではだろう。


で、僕の艦は今、地球アース187の艦艇と共に、ブラックホール星域にワープアウトしようとしている。


「ワームホール帯まで、あと7分!」

「各センサー類、および機関良好!」

「よーし、ワープ準備!」

「了解!ワープ準備、整いました!」


ワープアウト後に、敵艦隊との遭遇があるかもしれない。砲撃科はすでに、砲撃準備を整えている。

場合によっては、ワープ直後にいきなり戦闘ということもありうる。


「ワームホール帯に突入します!ワープ、開始!」


艦橋の窓の外は、急に暗くなる。ワームホール帯に突入し、別次元のトンネルをくぐった証拠だ。

すぐにその暗闇から抜ける。


「ワープ完了!」


ここはとんでもない重力源である、ブラックホールが存在する宙域。シュバルツシルト半径は50キロと小さいブラックホールながらも、その小さな半径に太陽の何百倍もの重さを集中させた真っ黒な天体が見える。

が、やはりというか、そこにいたのはブラックホールだけではなかった。


「レーダーに感!艦影多数!およそ300!距離、2000万キロ!」

「光学観測!艦色識別、赤褐色!連盟艦隊です!」


現れたな。敵の小艦隊がいた。だが、思ったより遠くだ。これはいつものように、牽制で終わるだろうか?

が、その日は連盟艦隊が接近を続けてくる。このままでは、遭遇戦に突入する可能性が高い。

うーん、3か月前の敗北を忘れたのだろうか?いや、3か月前があるからむしろ、戦端を開き屈辱を晴らしたいと考えてるかもしれない。ともかく、このままでは戦闘に突入しかねない。


が、800万キロまで接近したところで、敵は反転、離脱を開始する。やれやれ、敵は引いてくれたか。僕は、艦内の臨戦態勢を解く。

が、しばらくするとまた接近を始める。再び接近する敵艦隊に、戦闘準備に入る駆逐艦0256号艦。

しかしまた離れていく敵艦隊。再び、臨戦態勢を解く。


だがその後も、敵は接近と離脱を何度も繰り返す。その度に臨戦態勢に入ったり、解いたりの繰り返し。


「あーっ!もう!イラつく!」


敵が再び離れたので、その合間に僕は食堂に来ていた。そこで主計長のカーリン中尉が、なにやらイラついているのに出くわす。


「何を荒れているんだ?別に主計科は、敵の動きとは直接関係ないだろう。」

「何言ってんの!大ありよ!敵が接近するたびに船外服を出したり、戦闘食を準備したりと、後方支援といえども忙しいのよ!それをさっきから、何度やってると思ってるの!」


そうだったのか。案外、主計科も忙しいんだな。

にしても、ちょっとイライラし過ぎだろう。少し違和感がある。僕はカーリン中尉に尋ねる。


「そういえばカーリン主計長。」

「なに!」


……一応、僕は上官なんだけどな。なんだってオフの時の彼女は、いつも僕にきついんだろう。特に今日は酷い。


「ええと……ピエリックさんとは、上手くいってるの?」


話題を変えようと、僕は何気なく尋ねたこの一言で、カーリン中尉は激怒する。


「はあ!?こんなところで、なんて事聞くのよ!」

「いや、イライラした時はさ、気分を変えた方がいいって、よくイーリスが言うからさ。」

「変わる方向がまずいでしょう!もうちょっと気を遣いなさいよ!」


と、怒るカーリン中尉。だが、しばらく荒れた後に突然、シュンとしてしまう。


「……でも、実は、ちょっと上手くいってないの……」

「は?なんで?先日会った時は、とてもいい感じだったじゃないか。」

「いやね、実は出港前に、喧嘩しちゃってね。で、そのままここに来ちゃったから、それっきりなのよ。」


ああ、なるほど、イライラの本当の原因はこれか。


「でも、もしこのまま私が戦闘で死んじゃったとしても、喧嘩別れしてる方が、ピエリックも新しい人を探せるかなあ、なんて思ってるのよ。こんなキツい女、やっぱり、彼には合わないかなぁって。」


いつになく投げやりなことを言い出すカーリン中尉。らしくないな。上官だろうが、自分の気になることはずけずけと文句を言うカーリン中尉らしくない。


「いや、死なないよ!」


僕は、カーリン中尉に向かって叫ぶ。


「な……」


何か言おうとするカーリン中尉。だが、それを遮るように僕は言った。


「僕の艦は、沈まないよ。僕が軍規に則り、自分の職務を遂行する限り、そしてそれが最良だと精霊が考える限り、この艦は沈まない。だから、絶対に帰れる。死ぬことなんて、考えられないな。」


それを聞いたカーリン中尉は、なぜか目をうるうるさせる。


「ちょ……ちょっと、じゃあ私は、どうすればいいのよ……」


なんだ、ちょっと今日のカーリン中尉は投げやり過ぎだ。さっきの言動も、要するに現実逃避していたのだろうと思うが、僕の一言がその逃げ道を塞いでしまった。

いつになく気弱になった彼女に、僕は続ける。


「じゃあ、帰ってからすぐに、謝ればいいんじゃないか?僕だって時々イーリスと喧嘩するけど、しばらく経ってイーリスも僕も、お互いに謝ることにしてる。そうすれば、何事もうまく行く。これは、イーリスの信念だけどね。」


すると、カーリン中尉は小声で話す。


「……わ、分かったわ。意地を張っても、仕方ないと言いたいのよね。イーリスちゃんがそう言うのならば、帰ったら私、謝ることにする。その代わり艦長殿、ちゃんと私を生きてあの星に返してよね!」


少し、カーリン中尉らしさが戻ったかな。少なくとも、さっきのように投げやりなことを言うのは、やっぱり彼女らしくはない。


「にしてもあんた、さっきからイーリスちゃんの言うことばっかり!もうちょっとさ、自分の意思ってものがないの!?」

「いやあ、そうは言うけど、イーリスっていうことがいちいちもっともらしくて、つい……」


などとカーリン中尉と話している、まさにその時だ。

僕の耳の奥で、あのピーンという音が鳴り響いた。

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