第22話 無双と向後

 僕は、久しぶりに「僕」の後ろにいた。

 ああ、精霊が発動した。しかし相手は5隻。どうするつもりだ?

 すると、僕は横のゲラルト大尉から、レバーを奪っていた。


「な、なんだ!?」


 あまりに久しぶりに僕の異常行動を目の当たりにしたため、戸惑うゲラルト大尉。


「カールハインツ大尉! バリア展開!」


 そんなゲラルト大尉に構わず、叫ぶ僕。いや、あれは僕ではなく、精霊が叫んでるんだけど……

 砲撃長がカールハインツ大尉を見て、何やら合図を送る。この状況を察したようだ。

 直後、5本のビームが飛び込んできた。

 だが、ぎりぎりそれを避ける。1本だけは、バリアの表面をギギギギッと音を立ててかすめる。

 なんと、5本のビームの一番薄いの部分に艦を動かした。なんてことだ。こいつ、レーダー画面も照準器も見ないで、あのビームを読みやがった。


「……僕が合図したら、バリアを解いてください! 一隻、沈めます!」

「お、おう! 分かった!」

「今です! バリア解除!」


 主砲はすでに装填済みだ。その瞬間、主砲を撃つ。

 狙った敵は、ちょうど主砲を撃つためにバリアを解いたところだったらしい。その敵艦が主砲を撃つ前に、こちらが先制攻撃をかけた。

 あっという間に、こちらを狙う5隻のうち1隻が沈む。再び、バリアを展開する7767号艦。その後、主砲を装填させながらしばらくの間艦を操り、4本のビームの薄い場所をピンポイントに艦を動かす僕、ではなく、精霊。


「バリア解除!」


 また精霊が叫んだ。砲撃長なんて御構い無しだ。カールハインツ大尉は精霊の叫びに合わせてバリアを解く。その直後に砲撃を加える僕。なんと、よく見ると3バルブ、つまり、通常攻撃の3倍分ものエネルギーを装填していた。

 90秒近く逃げ回っていたが、そのおかげで3倍ものエネルギーを装填できた。このエネルギー量では、たとえ相手がバリアをしていても、それを貫いてしまう。それくらいの威力の砲火となる。

 バリアを展開中の敵艦を、それで撃ち抜く。こいつ、照準器も覗かずに、正確に敵艦のど真ん中に当てやがった。艦橋から、敵艦消滅の報が伝えられる。


「目標6650、消滅!」


 だが、まだ攻撃の手を緩めない。操艦レバーと砲撃用の引き金を握り、照準器も覗かないまま、勘だけで撃つ僕の身体。

 しかし、また当たる。続けざまに3隻目。バリアを解いた瞬間にど真ん中を撃ち込まれ、影も形も残らない敵艦。

 なんだこれ、すげぇ……もはや、神業だ。


「す、すげぇ……なんだこいつ、神がかってるぞ……」


 砲撃管制室の他の要員も、僕と同じことを思っているようだ。まあ、身体を乗っ取られた本人もそう思っているくらいだし。

 そして4隻目も沈め、最後の5隻目を狙う。

まだやるつもりか、僕はなかなか元に戻らない。相変わらず2人分の仕事を1人でこなしている僕の身体。

 そしてついに、照準器も覗かず、その最後の一隻も撃ち抜いてしまった。

 我が艦を沈めようとした5隻が、逆に全滅してしまった。


「おい……まさか、連続して5隻も沈めたのか!?」


 恐ろしいことだ。この艦に集中砲火を浴びせようとしたがために、精霊を敵に回した。その結果が、これだ。

 最初の1隻と合わせると、なんと戦闘開始後20分で、いきなり6隻も沈めたことになる。そのうち5隻は、わずか7分の出来事だ。

 さすがに敵にも動揺が走る。こんな短時間で、しかも5隻の集中砲火を回避した上で、その5隻を全滅させるという離れ技をやってのけた。それを見た敵が、動揺しないわけがない。

 しかも、照準器もレーダー画面も使わずに、である。

 それを見たこの管制室の人間も、動揺しないわけがない。

 敵は突然、後退を始める。もしかしたら、敵はこの艦を新兵器だと思ったに違いない。だが、こんな芸当ができるのは我が艦隊でもこの艦だけ。しかも、精霊発動時だけという限定付きだ。

 追撃戦に入ったところで、急に僕の意識は身体に帰ってきた。って、おい、精霊よ、急に返すんじゃない。操艦と砲撃レバーを2本も握ったまま返されても、非常に困るんだが。


「うわぁっ! ランドルフ大尉、異常行動終了です!意識戻りました! 操艦レバーをゲラルト大尉に、指揮権を砲撃長にお返しします!」


 早く宣言しておかないと、このまま管制室内に頼られたままだと大変なことになる。まだ、敵の砲撃は続いている。このまま僕がずっと戦ってくれると思っていられたら困る。


「了解、ご苦労。これより、当管制室は通常体制に移行、ランドルフ大尉の準備が整うまで、バリアを展開!」


 僕はいそいそと席に座る。ゲラルト大尉が、僕に言う。


「なんだよ、このままあの無双状態を続けてくれればよかったのに。」

「じょ、冗談はよしてくれ! 元に戻ったら、あんな芸当、僕ができるわけないだろう!」

「できるわけないって……ついさっきまでやってたじゃないか。」

「いや、そうだけど、あれは僕であって僕じゃないんだから!」

「おい! そこの2人! まだ戦闘は終わっていない!直ちに砲撃体制に戻れ!」

「りょ、了解!」


 砲撃長に怒られてしまう。僕は照準器を覗き、装填レバーを引く。照準器には目標が映る。


「主砲装填完了!」

「よーし、バリア解除! 撃てーっ!」


 タイミングを合わせて、僕は発砲する。敵の状態を確認する前に、すぐに次弾を装填して待機する。

 が、なんとまた目標は消滅していた。どうやら、7隻目を沈めてしまったようだ。

 ええと、精霊が5隻で、僕が2隻。この2隻撃沈という戦果も、実はかなりいい成績なのだが、精霊分の戦果も加わり、わずか1時間ほどの間に、かつてない撃沈数を記録してしまった。たった1隻が、1時間ほどの戦闘で7隻も撃沈。これは、とてつもない快挙だ。

 だが、せっかく2隻沈めたと言うのに、精霊のおかげで「僕本人」の手柄が霞んで見えるのはとても不満だ。

 いや、そんなことを言ってる場合ではないな。

 僕が砲撃をしたおかげで、少なくとも700人もの人命を奪ったことになる。冷静に考えれば、これは恐ろしいことだ。

 おかげで、この艦の照準の先はパニック状態に陥っているようだ。1万隻の艦隊のほんの一角だが、陣形が乱れている。皆、この艦に撃たれまいと尋常ではない回避運動をした結果のようだ。

 なにせ、一度の戦いの中で7隻も沈めてしまった艦だ。もしそういう艦が敵にいて、我々の目の前にいたら、我々も同じように大混乱に陥るだろう。

 その後、30分の追撃戦の後に、こちらも後退を開始する。敵艦隊はそのまま離れ、この宙域を去っていった……。


 ……そんなことが、わずか3日前に起きた。振り返ると、恐ろしいことだ。


「どうした、ランドルフ。何を呆然としてるのか?」

「ああ、いや、考え事をしていたんだ。ちょっとね」

「なんというやつだ。こんな可愛い妻が、目の前にいると言うのに、考え事とは……」


 自分で言うか、こいつは。もっとも、可愛いのは事実だが。

 するとイーリスのやつ、突然立ち上がって僕の頬に両手を添える。そして、キスをする。

 しばらくの間、口づけが続く。うっとりとした顔で、笑みを浮かべてゆっくりと顔を離すイーリス。


「……あの、イーリスさん、まじないはさっき、やりましたよ?」

「バカか! 今のは普通のキスだ!」

「ええーっ! そ、そうだったの!? し、しまった……てっきりまじないかと……」

「妻のことを忘れそうになった時に、キスで迫ると良いと、とあるドラマでやっていた。それをしたまでだ!」


 呪術師シャーマンを妻にすると、ややこしいことになる。頼むから、キスをするときは儀式か感情表現か、宣言してからにして欲しい。


「まあいい、久しぶりに一緒に風呂に入るぞ!!」


 もう2年半も経っていると言うのに、まだお風呂には一緒に入りたがる妻、イーリス。

 そんなイーリスに引っ張られ、風呂場へと向かう僕。実に5日ぶりの一緒のお風呂だ。

 髪と身体を洗い、シャワーで洗い流した後、一緒に湯船に浸かるイーリスと僕。


「そういえばさ、マレーナさんの娘さん、どうなの?」


 なんとなく、僕はイーリスに聞いてみた。


「おお、昨日マレーナと会ったが、娘は可愛くなっとったぞ。パパが大好きだと言っておったから、今頃、パパにべったりしとる頃じゃないか?」

「そうか……姉のノーラさんもそういえば、もうあと3か月で産まれるんだっけ?」

「ああ、ノーラのところは男の子の予定だったな。ようやく妹に追いつけると言っとったぞ」

「そうか……しかしこうしてみると、2年半のうちに、随分と賑やかになったものだよな」


 この2年の間に、イーリスは「イリジアス王国女子会」なるものを立ち上げて、イリジアス王国の元貴族嬢らを集結していた。

 あの奴隷市場にいたイリジアス王国の元貴族令嬢たちは、すべて誰かに買われていた。それを地道に、探し続けた。

 その結果、23人が判明する。内、2人がセントバリ王国の貴族の側室となっており、それ以外はこの宇宙港の街の中の誰かの妻になっている。

 イリジアス王国滅亡時に捕まった貴族嬢は全部で27人。内、2人はセントバリ王国にたどり着く前に亡くなり、残りの2人は奴隷市場での生活に耐えきれず死んだ。

 なんとか生き残った23人は、皆それぞれの人生を歩んでいた。

 なお、セントバリ王国貴族に買われた2人だが、思いの外、丁重に扱われているらしい。どうやら、この2人を買った貴族はいずれも正室の間に嫡男に恵まれず、嫡男誕生を願われて、側室として買われたそうで、どちらも男の子を産んだため、大事にされているということだ。


 亡くなってしまった4人、そして、イリジアス王国の貴族らの多くは不幸な死を迎えたが、イーリスが言うように、振り返っても彼らが生き返るわけではない。

 それよりも、前に向かって生きる。それが、彼らへの手向けとなると、イーリスは常日頃から言っている。


「ところでランドルフ。マレーナやノーラの子供の話をするということは……もしかして、そろそろ子供が欲しいのか!?」

「へ? あ、いや、そういうわけでは……」

「なんだ、それならそうと言えばいいではないか! しょうがないな! では、今宵は盛大に励むとするか!」


 と言いながら、お風呂の中で素っ裸のまま、僕にのしかかるイーリス。


「いや、イーリス! こんなところで暴れたら……」

「良いではないか! 風呂場で戯れるのは、そんなに嫌か!?」


 といって、僕に胸を押し当て、密着してくるイーリス。

 銀色の髪、真っ白な肌の、まるで天使のような妻が今、僕に抱きついている。

 いや、正確にはうちの妻は呪術師シャーマンだ。それも、駆逐艦5隻をあっという間に沈めてしまうほどの、とびきり最強の精霊を呼び出す、とんでもない呪術師シャーマンなのだ。


 今でも考える。彼女との出会いは偶然だったのか、それとも運命だったのか?いずれにせよ僕は、彼女を大事にしていこうと決めている。2年半経った今も、それは変わってはいない。来年も、そして20年、30年先も、そうでありたいものだ。


 だが、ふと考える。ちょっと待てよ、その頃にはもしかしたら娘がいて、呪術師シャーマンとなった娘を持つことになるかもしれない。

 その時、その娘は誰を伴侶として選ぶのだろうか?当然、まじない相手はその男になるだろう。そいつは一体、どんなやつなんだ? 僕は父親として、そいつとどう接すればいいんだろう? 気弱な士官である僕は、まだ見ぬ娘のことで頭を悩ませる。


 そんな悩みを、抱きついているイーリスに思わず口にする。

 すると、イーリスは応える。


「大丈夫だ、どんな時も『最良な結果』がもたらされるはずだ。案ずるな」


 適当なのか、それとも何もかも見通している上で言っているのか、この呪術師シャーマンの言葉はいつも謎だ。

 そんな謎の多い妻に「精霊」を吹き込まれながら、僕は今も生きている。

 なんだか、気が付けばイーリスのいいようにされているだけのような気もしないでもないが……まあ、いいか。こういう幸せの形もあるのだと、僕は自分に言い聞かせる。

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